大相撲のコメント部屋

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応援コメント一覧 全2,434件

  1. #149682 | KON |
    横綱が見せた〝立ち合いでの変化〟の是非は…。 元NHKアナウンサーで大相撲中継のエースとして活躍した藤井康生氏が、自身のYouTubeチャンネル「藤井康生のうっちゃり大相撲」で、横綱豊昇龍(26=立浪)の注文相撲について言及。  9月の秋場所十四日目、豊昇龍は関脇若隆景(荒汐)戦の立ち合いで変化をして白星。 ファンの間では賛否両論が巻き起こった。 藤井氏は「横綱があんなことしていいの? という意見もあったようです。難しいところですね。ルール上は全く問題ないということと、彼が何としても千秋楽までは(大の里に)優勝を決めさせてはいけないという気持ちも当然あったと思います。同じ横綱として」と一定の理解を示す。  一方で 「私自身の意見を言いますと、横綱だから……という昔ながらの考えでいくと、立ち合いに変化をしてしまって、それで勝ったことはいいんですよ。でも、そこで負けてしまった時の批判の大きさ。それを考えたら、ちょっと難しい。(変化は)できないかなという気もします。堂々と行って負けた部分の批判と比べればね」と本音をのぞかせた。  その上で 「ただ、難しいのは、横綱は批判を背負って戦っているようなもので、時代とともに横綱というものの矜持が変わってきていて。 辞め方にしてもそうですよね。潔さという言葉がありますが、横綱らしくというね。 かつての……例えば栃錦、ずっと優勝か準優勝かというのを続けていて、急にパッと辞めてしまう横綱もいましたし、佐田の山も2場所連続優勝の後、その次の場所で2勝3敗で調子が悪くて引退ですよ。 そういう時代と今は全く変わりましたから。 みなさん、それぞれが大相撲というものを考えていただいて…」と指摘した
  2. #149681 | SAI |
    逆に手遅れなコメントですが 10月11日の土曜日テレビ東京で 18時30分から20時55分まで オラが地元のヒーロー(スポーツ選手) ベスト10という番組が放送しました! 相撲だと稀勢の里(茨城県1位) 千代の富士(北海道2位) 大の里・輪島大士さん(石川県2位・3位) 他は具志堅用高さん(沖縄県1位)などです 細かい事は番組を調べて下さい? これからも頑張って下さい♪
  3. #149679 | KON |
    力士が出演するテレビ番組 今週末の土曜日夕方 フジテレビ ジャンクスポーツ 17時~ 大の里に続け! 未来の横綱・大関候補の力士が大集合! どすこい! 新世代オールスター! ▼驚愕の食トレ事情や私生活の苦労など、相撲界にまつわる驚きのエピソードが明らかに 10月18日 土曜 17:00 -17:30 フジテレビ
  4. #149675 | 匿名 |
    イギリス国内のラグビーチームのフォワード特にプロップ、フッカーの皆さん、力士相手にスクラムの練習はいかがでしょうか。実際に以前アメフトのプロチームのスタッフが「スナップ出来る力士はいないか。○○○○ドル用意するから」って(笑) センターはクォーターバックに球を渡してからブロックに入る重要なポジションだからセンターが押してくれたらランナーは楽に前へついて行けるからね。力士の皆さんコンディショニングだけは大事に。
  5. #149659 | KON |
    大相撲で34年ぶりに開催されるロンドン公演(15~19日、ロイヤル・アルバート・ホール)に向けて横綱豊昇龍(立浪)、春日野事業部長(元関脇栃乃和歌)ら 60人が東京・羽田空港から出発しました。 海外公演は2013年のインドネシア・ジャカルタ以来。 当時を玉鷲とともに経験している高安は「新鮮な感じです。ジャカルタの時より搭乗時間が長いので大変だと思いますけれど」と穏やかに語った。 ロンドンのイメージを「とても気品があるというか、素晴らしい街だと思いますね。楽しみたいですね。現地の人にも相撲の文化を知ってもらって喜んでいただきたい」と語った。 14時間のフライトは体への負担が大きそうだが「エコノミー症候群にならないように。立ったり座ったり、運動は したい」と笑い飛ばした。 飛行機は横綱大関、日本相撲協会の理事はファーストクラスを利用だそうで、関脇以下の幕内力士、立行司ら役職の高い行司と床山はビジネスクラス。付け人、他の日本相撲協会員はエコノミークラスとなっているそうです。 横綱大の里、八角理事長(元横綱北勝海)ら第1班の60人は前日に出発し、ロンドンに到着しています。 ・・・・ 機内で運動⁉️ くれぐれも四股を踏まないように! 摺り足も駄目! 鉄砲も駄目! まあ、膝の屈伸=スクワットぐらいなら問題ないとは思いますが、何十人かで同時にスクワットというのは、飛行に影響しそうですね
  6. #149656 | Y |
    徹子さんの番組録画していたのでさっきみました。 千代関かっこいいですよね。 裕次郎さんもステキでした。 徹子の部屋に北の富士さんも出ていたので言ってほしかったなと勝手に!思ってしまいました。 平尾さんもステキでしたね。男ぽくてステキでした。 今は大谷さんと藤井風さんの大ファンです。 お相撲でも夢中になれる力士さんが今はいないのが寂しいです。 この連休は試合がないのでお客様へお手紙書いたり相方さんとジム行ったりしてゆっくり体休めます。
  7. #149642 | KON |
    黒柳徹子さんが9日放送のテレビ朝日系特番「徹子の部屋50周年突入 伝説映像今夜解禁SP」で吐露した 「最もメロメロになったアスリート」を明かした場面 50年目に突入した同番組。今回は放送12,630回の中からの特別お宝映像を紹介し 1981年の放送回に当時横綱の千代の富士貢さん(当時25歳)が出演した際の映像が紹介され、黒柳さんが口数の少ない千代の富士さんに「私はものすごく前から、お相撲は分からないんですけど、あなたのファンでしてね。まだ、皆さんがウルフって呼んでらっしゃらない前からね。私はジャングルボーイって呼んでました」と一方的に話しかけ、千代の富士さんはニコニコしてるだけという場面が流された。 当時の千代の富士さんのポスターが紹介されると「この体がね…」と、ため息をつきながら振り返った黒柳さん。「機敏でね。機敏以外の何者でもない」と熱く たたみかけた黒柳さん。 さらに続けて、こちらもファンだったという寺尾常史さん(当時38 歳)の2001年の同番組出演時の映像が流されました。 “イケメン好き ” そのものですね
  8. #149634 | KON |
    ウクライナ出身初の三役力士となった小結安青錦(21)=本名・ヤブグシシン・ダニーロ、安治川部屋=が9日、東京・丸の内の日本外国特派員協会で記者会見し、日本国籍取得の意向を持っていることを明かしました。 将来的に日本国籍取得の可能性を質問された21歳は、「相撲が好きなので、できれば指導もしたい。 親方になるには国籍を変えないといけない。将来の話だが、親方になれるんだったらなりたい」と述べました。 現役引退後、親方として日本相撲協会に残る為には日本国籍が必要。 安青錦は新小結として挑んだ9月の秋場所で新入幕から4場所連続で11勝を挙げ “「直近3場所を三役で33勝以上」が目安”とする一部メディアのいう大関昇進の起点をつくった。 11月の九州場所は新関脇昇進が確実。 「次に目指すのは大関。今までやってきたことをやって、さらに上に上がれるように努力したい。 (対戦相手として)勝っていない人もまだいる、それは伸びしろがあるってことじゃないですかね」と言い、「自分の相撲をみて一人でも元気になってくれたらうれしい」と、戦禍に見舞われる母国へ思いを馳せた。
  9. #149633 | KON |
    古式相撲の説明で 「土俵の円は まだない」と記しました。 土俵の円は、戦国時代、それまで見物人たちが人垣で輪を作って そのなかで相撲をしてる力自慢のふたりの侍を声援や冷やかしの声をあげながら……という形式となっていた「野相撲」を、 相撲好きの戦国武将織田信長の前で「上覧相撲=上様の前で行なわれる相撲」として執り行なうにあたり、勝ち負けをハッキリさせる為の方法として、織田信長発案により、地面に円を書いて、その中で相撲を行なうようになり、それが京都・大坂での勧進相撲につながり、江戸へ伝わって、谷風や小野川の登場と雷電為右衛門も加わり、寛政の大相撲として江戸相撲が爆発的人気となり、以来、現在まで大相撲の繁栄と続いています。
  10. #149628 | KON |
    古式相撲 平安時代に天皇や公家など宮廷の要職者だけが観覧していたのでその形式を模したものでしたね。 ただし土俵の円はありませんでした。 奈良時代から農村で神事として行なわれていた奉納相撲を 宮廷儀式に採り入れた形と発展し宮廷儀式となった為、素朴な催しというわけにいかず、 格式を重んじた豪華絢爛な儀式「すまひのせちえ」への変化し、聖武天皇朝の天平6年7月7日(太陽暦734年8月10日)に初の「すまひのせちえ=相撲節会」が催されました。 会場の設営なども次第に大掛かりに変貌。 場所は紫宸殿(ししんでん)南庭、 威儀を正した関係者たちが300人を超える隊列を組んで入場し、 音楽が演奏され、左右に分かれて相撲が開始されましたが、この頃には土俵となる円はなく、勝負がつくのは力任せに投げ捨てて地面に手や体がついたら勝負あり!となったそうです。 天皇、皇太子、親王たちと参議以上の高官が観客で、 それ以外の人は観覧が禁じられていて、これは、戦国時代~江戸時代までの上覧相撲(殿様=上様の御前で行なわれた相撲大会)も同形式。 上位力士と下位力士の控え処は大きな幕で仕切られ、上位力士だけが幕の内側で控えていて上様を拝顔することができた。…(これが幕内と幕下の名称の起源) とのことです。

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