大相撲のコメント部屋

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応援コメント一覧 全2,656件

  1. #154438 | 匿名 |
    北の湖さんの土俵入りはスピードそのものですね。普通せり上がりは土俵上ですり足しながらヒザを伸ばすんですが北の湖さんの場合はすり足してヒョイと立ち上がってましたね(笑)その勝ちっぷりは憎らしかったけどいざ引退のその日を迎えた時は泣きそうになりましたね。泣きそうになったのは北の湖敏満ぐらいでしたね。
  2. #154433 | SAI |
    十両の優勝争いも面白そうです! 湘南乃海と嵐富士が有力ですが 最後の最後までわからない? これからも頑張って下さい♪
  3. #154423 | 匿名 |
    安青錦2敗堅守、獅司は痛恨の3敗目。2人が優勝争いに参加している状況は母国ウクライナ🇺🇦でも報道されているそうです。あれほど長かったモンゴル時代がいつの間にか終焉を過ぎて久しいですが2横綱がだらしないなかでウクライナコンビの健闘ぶりにアッパレあげてくださいねKONさん。
  4. #154420 | KON |
    今、スーパーで 明星カップラーメンやカップうどんの大相撲バージョンを絶賛売り出し中❗️ お店によっては、特にコンビニにおいて BOSSの缶コーヒーの大相撲バージョンも まだまだ売っています
  5. #154404 | 弱いな |
    横綱負け越したら、笑うわ。
  6. #154403 | 匿名 |
    境川親方は前へ出る相撲一筋でしたからね。ただ唯一アラを探せば1987年だったかな。小錦さんに簡単に押し出されてしまって「向こう(小錦)は大砲でコッチは水鉄砲」と。いやいや小錦さんも両国さんもフェアプレー力士でしたよ。
  7. #154401 | KON |
    横綱土俵入りが美しく上手だった横綱トップ10 大相撲の歴史において、横綱土俵入りが非常に美しく、お手本として評価が高かった横綱のトップ5(主に昭和から平成にかけての名横綱)は以下の通りです。 ①大鵬 幸喜(第48代横綱) 「昭和の大横綱」と称され、その土俵入りは「教科書」と呼ばれるほど正確で美しい所作でした。せり上がりの際の背筋の美しさと力強さが際立っていました。 ②柏戸 剛(第47代横綱) 大鵬とともに“柏鵬時代”として戦後の大相撲ブームを形成した“柏鵬時代”の雄。 十分に腰を割っての土俵入り、ひとつひとつの丁寧な所作に続き、せり上がりでのジワリジワリとゆっくり上がっていく際の気迫こもった表情は、今にも電車道で前に突進してきそうな雰囲気を醸し出し、形式だけの「雲龍型の攻め」ではなく、本当に攻めていくんだという形を表現していました。 ③千代の富士 貢(第58代横綱) 「ウルフ」の愛称で親しまれた、彫刻のような筋肉美を持つ 昭和後期の小さな大横綱。引き締まった肉体で披露する雲龍型は、無駄のないキレのある所作で非常に絵になり、四股の際に高く跳ね上げる脚も綺麗に伸びていました。 ④貴乃花 光司(第65代横綱) 平成の大横綱。 精神的な集中力がそのまま所作に表れるような、重厚で隙のない土俵入りを行ないました。一つ一つの動作を極めて丁寧にこなす姿勢が高く評価され、150kgを超える巨体になっても四股でゆっくり高く上げる脚も美しく豪快でした。 ⑤北の湖 敏満(第55代横綱) (当時としては)巨漢・アンコ型でありながら、非常に柔らかく大きな型を見せました。両手を広げた際のスケール感が圧倒的で、観客を魅了する風格があり、四股を踏む時に力強く脚を土俵におろし、土俵を踏み固める見本のような四股で、足を降ろすと『ドシン』と音がしていました。
  8. #154400 | KON |
    横綱土俵入りが上手で美しかった横綱 トップ10 まずは10位〜6位 ⑥北の富士勝昭(第52代横綱) 主に両腕を水平に高く伸ばす「雲龍型」で行われました。ゆったりとした大きな動作と、かしわ手を打つ際に上に伸ばした両腕を停め、さらに降ろした両腕が左肘を曲げたところでしっかり停め……と型がピタリと決まる美しい姿勢が特徴でした。 ⑦玉の海正洋(第51代横綱) 当時継承者が少なかった「不知火型」の横綱土俵入りを行なっていた玉の海。 膝を深く曲げてせり上がる姿が特徴で、脚も綺麗に上がり、ゆったりと美しい型として知られましたが、1971年10月に27歳という若さで急逝するまでの一時期しか見られませんでした。 ⑧栃錦清隆(第44代横綱) 名人横綱として戦後の最初の大相撲ブーム「栃若時代」をけん引した栃錦。「技の博覧会」ともあだ名され技能賞9度。特に上手や下手から繰り出す「出し投げ」や「二枚蹴り」で巨漢揃いの横綱が4人もいた昭和20年代後半での“小よく大を制す”という相撲ぶりは見事でした。 やはり小兵横綱だった師匠春日野(元横綱栃木山)からの『小柄な力士がゆっくり優雅に横綱土俵入りをしても みっともないだけ、きびきびと正確な所作をしなさい』という教えの通り、横綱土俵入りの基本所作を徹底的にやり続けました。 ⑨照ノ富士(第73代横綱) 不知火型で美しい所作で令和の大相撲ファンを魅了しました。せり上がりも白鵬のような両足をガサガサガサと動かすものではなくゆったりとせり上がり、かしわ手を打つ際にも稀勢の里や大の里・豊昇龍のような “ 肘を伸ばし切ったまま ” のかしわ手ではなく、少し肘を曲げてのかしわ手で見応えがありました。 ⑩曙 太郎 (第64代横綱) “四股は古来足を高く上げるものではなく、強く土俵を踏みしめることに注力すべき ” であり “むしろ足を高く上げ、土の付いた足の裏を客に見せるのは不浄である”とする従来的な概念という……昭和初期の横綱玉錦以前の四股に戻ったとも言われ、初代横綱とされる明石志賀之助以来となる身長2メートル超えの大きな横綱としての雄大な土俵入りを魅せました。 つづく
  9. #154396 | は~ま |
    相撲協会さん 昨日の安青錦戦、髷を掴んだように見えたのだが如何
  10. #154395 | は~ま |
    安青錦関、大関復帰おめでとう 副賞は優勝かな

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