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今夜、これから 有吉ゼミ▼グルメすぎる相撲部屋!ギャル曽根×伝説のちゃんこ長…爆食SP[字] 6月30日(月) 19:00〜20:00 訪問するのは高安がいる田子ノ浦部屋 グルメすぎる相撲部屋】 ギャル曽根も爆食!グルメすぎる相撲部屋は田子ノ浦部屋に初密着! 角界最年長!レジェンドちゃんこ長が登場! 総重量60kg超の絶品料理を力士と爆食! 檀れい絶賛!絶品スペアリブ&エビの(秘)甘酢がけ伝説のちゃんこ長自慢の牛すじ味噌炊きちゃんこ&ハヤシライス さらに!高砂部屋の朝乃山復帰お祝いパーティーに潜入 時短の達人が大慌て…新弟子たちと90分で6品の絶品グルメを!
先場所6勝9敗の高安がなんと小結残留。15日制で初のケースとなった。琴櫻が一人大関になったがあまりにも存在感が薄くなった感が否めない。名古屋場所の新会場こけら落としの目玉はやっぱり新横綱大の里だな。猛暑のなかどうコンディションを整えるか。
新横綱の大の里(25=二所ノ関部屋)は 横綱が大関を兼ねる「横綱大関」と記載されました。 夏場所では大関が2人でしたが、大の里が昇進し名古屋場所では琴櫻1人になったための措置。 江戸時代(谷風や小野川が活躍して “寛政の相撲ブーム”がまき起きるずっと前)から 大関、関脇、小結の「三役」は東西に揃うことが番付の大原則中の大原則で、今場所は 西横綱大の里が空位の西大関をも兼ねることになりました。 新横綱場所での「横綱大関」は 1981昭和56年秋場所の千代の富士以来44年ぶり。 この場所は 前の場所で ひとり大関だった千代の富士が14勝して優勝、3場所38勝の好成績で横綱昇進を果たし、3人いた関脇たちも大関昇進になるような成績ではなかった為、秋場所では 東西二人とも大関が不在となってしまい、東横綱・北の湖、西横綱・千代の富士がともに「横綱大関」と記載されました。 (この大関不在状態は、千代の富士新横綱場所の昭和56年9月場所にて関脇琴風が初優勝し直近3場所31勝ながら 大関不在状態を解消させる為、琴風の大関昇進となり、翌年1月の初場所で関脇隆の里が12勝=直近3場所で33勝で大関昇進を決め、大関不足による「横綱大関」は解消しました。) 新しく出来た名古屋IGアリーナのこけら落としに相応しい両横綱揃い踏み。 Yさんは、新・名古屋場所へ観戦に出掛けるご予定ですかね?
新装オープンした新しい会場での名古屋場所 大相撲名古屋場所(7月13日初日、愛知・IGアリーナ)の新番付を発表。草野(伊勢ケ浜)、若碇改め藤ノ川(伊勢ノ海)、琴栄峰(佐渡ケ嶽)が新入幕を果たした。 草野は春場所で新十両の初日からの連勝記録を塗り替えるなど、14勝1敗。夏場所は西同筆頭で2場所連続の優勝を飾り、2場所で十両を通過した。伊勢ケ浜部屋からは今月9日に現師匠(元横綱・照ノ富士)が継承してから初めて。熊本県出身では2016年初場所の正代以来、戦後21人目。日大からは尊富士以来、43人目の新入幕で、東前頭14枚目に位置した。 (栃木県) たった10名程度の”家族葬” – 後日届いた請求額はこちら (栃木県) たった10名程度の”家族葬” – 後日届いた請求額はこちら リスト | Red Gobo 若碇改め藤ノ川は先場所で12勝3敗。伊勢ノ海部屋からは錦木以来。 京都府出身では1998年九州場所の父・大碇(現甲山親方)以来、戦後4人目の新入幕。20歳という年齢は現在の幕内で最年少。 先場所11勝4敗の琴栄峰は、琴勝峰(佐渡ケ嶽)と兄弟同時に幕内力士となった。 再入幕は元大関・御嶽海(出羽海)、英乃海(木瀬)の2人。 錦木(伊勢ノ海)、竜電(高田川)、湘南乃海(高田川)、玉正鳳(片男波)、栃大海(春日野)の5人が十両に転落となりました。 藤ノ川は 明治2年に初代藤ノ川が番付に載り、幕内上位で10年以上活躍した藤ノ川忠之助(後に柏戸宗五郎へ改名)が初代で、戦後の柏鵬時代に『今牛若丸』とアダ名され人気力士だった藤ノ川が四代目。学生相撲から角界入りした服部が五代藤ノ川を名乗りましたので、今回の若碇が襲名した藤ノ川は六代目。
番付発表 新番付で先場所6勝9敗だった高安が小結に残留❗ 名古屋場所の新番付を発表、夏場所東小結で 6勝9敗と負け越した高安が西小結に回って三役に残留となりました。 日本相撲協会によると、小結で6勝止まりだった力士が翌場所も小結だったのは15日制度導入された昭和14年5月場所以降で初めてのケース。 夏場所の三役は関脇2人が勝ち越し。 小結は西の若隆景が12勝を挙げ、今場所は関脇に復帰。 東小結で6勝の高安は平幕に転落しても妥当な成績だが、平幕の上位は東西5枚目までが全て負け越し。 東6枚目で10勝の欧勝馬が東の小結に昇進したが、東9枚目で11勝の安青錦を上げず、高安を6番しか勝ってなくても東から西に回す形となった。 番付編成においては、勝ち越した分だけ上昇し、負け越した分だけ降下するのが原則ですが「番付は生き物」とも言われるように、成績のバランスが伴わず計算通りにいかないこともある。 三役などは全員が勝ち越してしまえば、平幕以下が勝ち越しても据え置かれることもありますが、本来なら3点負け越して 3枚は降下する三役が 0.5枚しか落ちなかった異例の“番付運の良さ”となった。 優勝運には見放されてる高安ですが 番付運はあるようです。 ここで気を良くして、悲願の初優勝を遂げて欲しいものです
北の富士流 (村松友視 著) 粋な着物姿 現代における男の着物姿という「和のテイストの継承者」という観点からも北の富士さんの着物姿は見甲斐のある風景と言える。かつて、力士は渋い着物を粋に着こなし浴衣姿等には夏の風物詩的な魅力を感じたものだったが、最近の若手力士ときたらピンクや黄色・オレンジ色、蛍光色か?と見紛う明るいグリーンなどのド派手な着物姿ばかりで、バラエティ番組やCMでは愛嬌を放つものの、街を歩いて行き交う人の目を惹く “力士独特の粋な姿”とは程遠い格好が目立つようになった。 そんな情けない風潮の中で、むしろ渋めの色を選びながら、そこに組み合わせる半襟や羽織の紐、帯や扇子の色合い風合い、それをゆったりと着こなしたテレビ画面の北の富士さんの着物姿を見ることがファンには毎場所の楽しみになっていた。 夏の銀鼠や紗織りの着こなし等からは相撲だけでなく現代日本から絶滅の危機に瀕してる「懐かしい日本男児の特権的な和の雰囲気」が伝わってくる。 その着物姿に新しい相撲ファンとして参入してきたスー女たちが目をつけるのは当然だ。彼女達は自分らの日常では けっして目のあたりにしない “日本人らしい男の格好よさ ”を北の富士さんの着物姿に感じて眺め、「男の粋」というものに生まれて初めて触れることができてワクワクしているそうだ。
増位山さんを偲ぶ サンスポ塚沢健太郎 大相撲を見始めた昭和55年。初めて使者を迎えての「昇進」を知ったのは、大関になった増位山さんだった。それから20年、新聞記者として相撲担当になると、増位山さんは三保ケ関親方として審判部副部長に就いていたため、幸いにして毎日のように取材する機会に恵まれ、こちらの意図する答えをしてくれるなど、ずいぶん助けてもらった。 歌手としてミリオンヒットを出していただけあって、物言いの際に審判長の場内アナウンスでは館内によく通る美声で、さすが違うなと感心したもの。ところが、なぜか際どい相撲、〝誤審だ〟とファンが騒ぐような騒動になる一番、平成15年名古屋場所で横綱朝青龍が旭鷲山のマゲを引っ張り反則負けになったときなど、トラブルが起こるときの審判長は必ず増位山さんだった。 「また三保さんかよ」と言いながら取材のために審判室へ走ったことが何度もあったが、それでも誠実な人柄の増位山さんは、少ししどろもどろになりながらも、丁寧に質問に答えてくれた。 エストニア出身の把瑠都が三保ケ関部屋に入門し、新弟子検査を受けたときには、「俺もこれからガンバルト」とノリノリで、ユーモアあふれるサービス精神もあった。親方らしくない普通の感覚を持っていたからこそ、芸能界でもやっていけたのだと思う。 ・・口が重い親方には苦労するそうで、記者たちから大人気の親方というのは 弁舌さわやか、訊きたいことを的確に、さらにプラスαの情報もくれたとのこと。特に、元栃錦の春日野さん・元北の富士の九重さん、元増位山の三保ヶ関さんは トップスリーだったそうです
昨日は梅雨入り時とは思えない暑さでしたが、頑張ってチャリンコで昼カラオケへ行き、 “増位山太志郎さん追悼”で 『そんな女のひとりごと』『今度逢えたら』『けいこ』『昭和流行歌』『そんな夕子にほれました』を唄ってきました。 DAMの本人映像の画面で気持ちよく唄いましたが、店内のお客さん(全員が中高年)も 増位山さんの思い出話をしていました
『 大相撲のコメント部屋 へのコメント 4,758件 』
相撲協会は白鵬虐め追い出し自分達の酷いゴタゴタはまた蓋してしらんぷり!
保志は定年延長してまだ居座ろうとしてる。
何でこんな酷い事マスゴミ!も追及しないんだ。不思議な話だよ。
今夜、これから
有吉ゼミ▼グルメすぎる相撲部屋!ギャル曽根×伝説のちゃんこ長…爆食SP[字]
6月30日(月)
19:00〜20:00
訪問するのは高安がいる田子ノ浦部屋
グルメすぎる相撲部屋】
ギャル曽根も爆食!グルメすぎる相撲部屋は田子ノ浦部屋に初密着!
角界最年長!レジェンドちゃんこ長が登場!
総重量60kg超の絶品料理を力士と爆食!
檀れい絶賛!絶品スペアリブ&エビの(秘)甘酢がけ伝説のちゃんこ長自慢の牛すじ味噌炊きちゃんこ&ハヤシライス
さらに!高砂部屋の朝乃山復帰お祝いパーティーに潜入
時短の達人が大慌て…新弟子たちと90分で6品の絶品グルメを!
先場所6勝9敗の高安がなんと小結残留。15日制で初のケースとなった。琴櫻が一人大関になったがあまりにも存在感が薄くなった感が否めない。名古屋場所の新会場こけら落としの目玉はやっぱり新横綱大の里だな。猛暑のなかどうコンディションを整えるか。
新横綱の大の里(25=二所ノ関部屋)は
横綱が大関を兼ねる「横綱大関」と記載されました。
夏場所では大関が2人でしたが、大の里が昇進し名古屋場所では琴櫻1人になったための措置。
江戸時代(谷風や小野川が活躍して “寛政の相撲ブーム”がまき起きるずっと前)から
大関、関脇、小結の「三役」は東西に揃うことが番付の大原則中の大原則で、今場所は 西横綱大の里が空位の西大関をも兼ねることになりました。
新横綱場所での「横綱大関」は 1981昭和56年秋場所の千代の富士以来44年ぶり。
この場所は 前の場所で ひとり大関だった千代の富士が14勝して優勝、3場所38勝の好成績で横綱昇進を果たし、3人いた関脇たちも大関昇進になるような成績ではなかった為、秋場所では 東西二人とも大関が不在となってしまい、東横綱・北の湖、西横綱・千代の富士がともに「横綱大関」と記載されました。
(この大関不在状態は、千代の富士新横綱場所の昭和56年9月場所にて関脇琴風が初優勝し直近3場所31勝ながら 大関不在状態を解消させる為、琴風の大関昇進となり、翌年1月の初場所で関脇隆の里が12勝=直近3場所で33勝で大関昇進を決め、大関不足による「横綱大関」は解消しました。)
新しく出来た名古屋IGアリーナのこけら落としに相応しい両横綱揃い踏み。
Yさんは、新・名古屋場所へ観戦に出掛けるご予定ですかね?
新装オープンした新しい会場での名古屋場所
大相撲名古屋場所(7月13日初日、愛知・IGアリーナ)の新番付を発表。草野(伊勢ケ浜)、若碇改め藤ノ川(伊勢ノ海)、琴栄峰(佐渡ケ嶽)が新入幕を果たした。
草野は春場所で新十両の初日からの連勝記録を塗り替えるなど、14勝1敗。夏場所は西同筆頭で2場所連続の優勝を飾り、2場所で十両を通過した。伊勢ケ浜部屋からは今月9日に現師匠(元横綱・照ノ富士)が継承してから初めて。熊本県出身では2016年初場所の正代以来、戦後21人目。日大からは尊富士以来、43人目の新入幕で、東前頭14枚目に位置した。
(栃木県) たった10名程度の”家族葬” – 後日届いた請求額はこちら
(栃木県) たった10名程度の”家族葬” – 後日届いた請求額はこちら
リスト | Red Gobo
若碇改め藤ノ川は先場所で12勝3敗。伊勢ノ海部屋からは錦木以来。
京都府出身では1998年九州場所の父・大碇(現甲山親方)以来、戦後4人目の新入幕。20歳という年齢は現在の幕内で最年少。
先場所11勝4敗の琴栄峰は、琴勝峰(佐渡ケ嶽)と兄弟同時に幕内力士となった。
再入幕は元大関・御嶽海(出羽海)、英乃海(木瀬)の2人。
錦木(伊勢ノ海)、竜電(高田川)、湘南乃海(高田川)、玉正鳳(片男波)、栃大海(春日野)の5人が十両に転落となりました。
藤ノ川は 明治2年に初代藤ノ川が番付に載り、幕内上位で10年以上活躍した藤ノ川忠之助(後に柏戸宗五郎へ改名)が初代で、戦後の柏鵬時代に『今牛若丸』とアダ名され人気力士だった藤ノ川が四代目。学生相撲から角界入りした服部が五代藤ノ川を名乗りましたので、今回の若碇が襲名した藤ノ川は六代目。
番付発表
新番付で先場所6勝9敗だった高安が小結に残留❗
名古屋場所の新番付を発表、夏場所東小結で 6勝9敗と負け越した高安が西小結に回って三役に残留となりました。
日本相撲協会によると、小結で6勝止まりだった力士が翌場所も小結だったのは15日制度導入された昭和14年5月場所以降で初めてのケース。
夏場所の三役は関脇2人が勝ち越し。
小結は西の若隆景が12勝を挙げ、今場所は関脇に復帰。
東小結で6勝の高安は平幕に転落しても妥当な成績だが、平幕の上位は東西5枚目までが全て負け越し。
東6枚目で10勝の欧勝馬が東の小結に昇進したが、東9枚目で11勝の安青錦を上げず、高安を6番しか勝ってなくても東から西に回す形となった。
番付編成においては、勝ち越した分だけ上昇し、負け越した分だけ降下するのが原則ですが「番付は生き物」とも言われるように、成績のバランスが伴わず計算通りにいかないこともある。
三役などは全員が勝ち越してしまえば、平幕以下が勝ち越しても据え置かれることもありますが、本来なら3点負け越して 3枚は降下する三役が 0.5枚しか落ちなかった異例の“番付運の良さ”となった。
優勝運には見放されてる高安ですが 番付運はあるようです。
ここで気を良くして、悲願の初優勝を遂げて欲しいものです
北の富士流 (村松友視 著)
粋な着物姿 現代における男の着物姿という「和のテイストの継承者」という観点からも北の富士さんの着物姿は見甲斐のある風景と言える。かつて、力士は渋い着物を粋に着こなし浴衣姿等には夏の風物詩的な魅力を感じたものだったが、最近の若手力士ときたらピンクや黄色・オレンジ色、蛍光色か?と見紛う明るいグリーンなどのド派手な着物姿ばかりで、バラエティ番組やCMでは愛嬌を放つものの、街を歩いて行き交う人の目を惹く “力士独特の粋な姿”とは程遠い格好が目立つようになった。
そんな情けない風潮の中で、むしろ渋めの色を選びながら、そこに組み合わせる半襟や羽織の紐、帯や扇子の色合い風合い、それをゆったりと着こなしたテレビ画面の北の富士さんの着物姿を見ることがファンには毎場所の楽しみになっていた。
夏の銀鼠や紗織りの着こなし等からは相撲だけでなく現代日本から絶滅の危機に瀕してる「懐かしい日本男児の特権的な和の雰囲気」が伝わってくる。
その着物姿に新しい相撲ファンとして参入してきたスー女たちが目をつけるのは当然だ。彼女達は自分らの日常では けっして目のあたりにしない “日本人らしい男の格好よさ ”を北の富士さんの着物姿に感じて眺め、「男の粋」というものに生まれて初めて触れることができてワクワクしているそうだ。
内掛けと言えば右が増位山さん
早逝した時天空も得意でした!
左が琴ヶ濱さん・舞の海さんですね!
現役だと右が豊昇龍・左が伯桜鵬ですか?
これからも頑張って下さい♪
増位山さんを偲ぶ
サンスポ塚沢健太郎
大相撲を見始めた昭和55年。初めて使者を迎えての「昇進」を知ったのは、大関になった増位山さんだった。それから20年、新聞記者として相撲担当になると、増位山さんは三保ケ関親方として審判部副部長に就いていたため、幸いにして毎日のように取材する機会に恵まれ、こちらの意図する答えをしてくれるなど、ずいぶん助けてもらった。 歌手としてミリオンヒットを出していただけあって、物言いの際に審判長の場内アナウンスでは館内によく通る美声で、さすが違うなと感心したもの。ところが、なぜか際どい相撲、〝誤審だ〟とファンが騒ぐような騒動になる一番、平成15年名古屋場所で横綱朝青龍が旭鷲山のマゲを引っ張り反則負けになったときなど、トラブルが起こるときの審判長は必ず増位山さんだった。
「また三保さんかよ」と言いながら取材のために審判室へ走ったことが何度もあったが、それでも誠実な人柄の増位山さんは、少ししどろもどろになりながらも、丁寧に質問に答えてくれた。 エストニア出身の把瑠都が三保ケ関部屋に入門し、新弟子検査を受けたときには、「俺もこれからガンバルト」とノリノリで、ユーモアあふれるサービス精神もあった。親方らしくない普通の感覚を持っていたからこそ、芸能界でもやっていけたのだと思う。
・・口が重い親方には苦労するそうで、記者たちから大人気の親方というのは 弁舌さわやか、訊きたいことを的確に、さらにプラスαの情報もくれたとのこと。特に、元栃錦の春日野さん・元北の富士の九重さん、元増位山の三保ヶ関さんは トップスリーだったそうです
昨日は梅雨入り時とは思えない暑さでしたが、頑張ってチャリンコで昼カラオケへ行き、
“増位山太志郎さん追悼”で
『そんな女のひとりごと』『今度逢えたら』『けいこ』『昭和流行歌』『そんな夕子にほれました』を唄ってきました。
DAMの本人映像の画面で気持ちよく唄いましたが、店内のお客さん(全員が中高年)も 増位山さんの思い出話をしていました