大相撲のコメント部屋

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応援コメント一覧 全2,793件

  1. #156306 | 幸夫 |
    貴景勝コメント素晴らしい。
  2. #156305 | KON |
    琴櫻…… どうにもこうにも、勝つには勝ってるけど、土俵際の逆転勝ちが目立つ琴櫻。 たしかに陥落はしてないが、途中休場したふた場所を除いた皆勤13場所では、8勝7敗で終えた場所が半分以上の7度。 北の富士さんたちの時代に「クンロク大関」とあだ名され二桁勝てない大関と嘲笑されていた北の富士さんたち。 そして奮起した北の富士さんは2場所連続優勝して横綱になりましてが、そのあとも、11勝どまりで優勝争いどころではない場所が4場所も続き、「イレブン横綱」とあだ名されてしまってました。 それでも北の富士さんは再奮起して、そここら全勝優勝すること3度。15戦全勝優勝を3度!というのは、双葉山と大鵬に並ぶ大記録でした。 北の富士さんの現役時代を見てなかった方々へ…………いつも謙遜してご自身の大記録の話になると煙に巻いてしまう北の富士さんでしたが、実は凄かったんですよぉ
  3. #156297 | KON |
    大の里の相撲を観る 立ち合いで頭から行くことがないく、胸や肩で当たっている。 派手な音はするものの、見た目よりも当たりが弱い。 →それは踏み込みが足らないから上体だけで当たっていて相手に威力が伝わり切ってない。 →だから強く当たってくる高安や熱海富士らには当たり負けし →右を差せれば形になるがそうでなければ、我慢できずに引く。 →引いて、はたこうとするから体が浮く。→浮くから相撲が軽くなりジャンプしてしまう…………悪循環。 大の里自身が一番わかっているはずですが、体に染み付いてしまっているはたき癖。 トーナメントの1発勝負ばかりで負けたら終わりの大会で育ってきた学生相撲出身者の悪癖の最たるもの! 強く当たること、決して引かないことを強く意識しなければ同じような相撲が今後も続く。 根本的に稽古が少ない、少な過ぎる感じがする。 それも稽古をしても、自分が押し勝ってる相手とばかり稽古してる様な感じは否定できない。 師匠稀勢の里の師匠だった鳴戸親方=元横綱 隆の里は本当に不器用な力士だったので “出稽古して自分が研究する以上に自分の相撲を研究されるのを嫌ったという” 稀な力士で、自身の個室に籠もって、対千代の富士のことだけイメージしてVHSのビデオを擦りきれるまで見て研究しイメージトレーニングしていたそうで、自身の弟子の萩原(のちの稀勢の里)にも出稽古禁止としていた。 出稽古を禁止されてなければ稀勢の里はもっと早くに初優勝し、横綱にも上がっていたことでしょう。 二所ノ関親方となった稀勢の里は、 いつまでも「出稽古禁止」を継承してないで、大の里に命じて、彼の苦手なタイプの力士を求めて出稽古出稽古に暮れる日々を送らせるべき。 先ずは押されても我慢する、その押される相手と稽古しなければ、立ち合いもそうだし残された際の「二の矢」となる当たりが為ってない。当たりが緩すぎるから相手にとっては脅威でも何でもない。 あの引き癖を直すのは本場所では直らない、 稽古、稽古しかない。 「巡業で誰よりも番数(ばんかず)取っていた……」という情報は 安青錦・藤ノ川・霧島・宇良については巡業部長である親方が名前を挙げてましたからニュースとして報じられたことが何度もありますが「大の里が1番多く稽古をした……」は聞いたことがない。
  4. #156282 | 砂かぶり |
    四日目で、ちと早いが優勝争いの単独トップに立った琴櫻。 忘れちゃいけない、大関3人の中で陥落してないのが琴櫻だけ。このまま場所を引っ張り存在感を出したい所。
  5. #156263 | 匿名 |
    熱海富士の化粧まわし熱海プリンだって。
  6. #156259 | KON |
    イケメン英国人力士が初白星 名古屋場所で初土俵を踏み、英国出身3人目の力士となった東序ノ口18枚目の栄誠(えいせい)(17)=本名ニコラス・タラセンコ、湊=が初白星を挙げた。 前相撲を除いた本場所で勝利を収めた英国出身力士は90年初場所の英ノ国 以来。 東序ノ口15枚目の本多(錣山)にもろ差しになり、そのまま一気に寄りきった。 「教習所で(本多の)相撲を見ていたから分かる。どこが悪いのかもわかっていた」と分析はしていた。 一番相撲で敗れており「一つ勝ってうれしい」と喜んだ。 先場所より体重が10キロ増えて130キロに。 場内アナウンスでは「えいせい、イングランド出身 、みなと部屋」とのアナウンスが新鮮ですね 国技館まではJR京浜東北線の蕨駅から通うが「全然大丈夫。駅には英語もあるし、番号も振られている」と適応している。36年間 勝ちがなかった英国出身力士の白星。 栄誠が第一歩を踏みしめた。 ◇英国出身の力士 1987年に当時英連邦だった香港出身の勢鴻(せいこう)が伊勢ケ浜部屋から初土俵。番付に載ったのは88年九州場所が最後。 英国本土からは89年秋場所に英ノ国が当時の東関部屋から初土俵。
  7. #156258 | KON |
    錦島親方(元小結千代鳳)、三役呼び出しの重夫が館内で行なったトークショー 2 北の富士さんとの思い出 ともに九重部屋。重夫は入門を導かれた元横綱、北の富士勝昭さんとの思い出、呼び上げの際に苦労する関取とその理由を語った。。。 2024年に82歳で死去した北の富士さん。45年前、滋賀で中学3年生だった 呼出 重夫は、体の大きな同級生がスカウトを受けると聞き、当日に同級生の家に遊びに行った。。。 元々相撲好きで、北の富士さんに積極的に話しかけたという。 「同級生は全く(力士に)なる気がなかった。俺は相撲好きだからいろいろ質問すると、『キミ面白いな』から始まって、同級生そっちのけで、『君、呼び出しにならないか』っていうのが最初でした。 片田舎の家にベンツを横付けされて『おいで』と誘われました」 後年は名解説でNHK相撲中継の名物となった北の富士さん。 「天然なところもあった」と重夫は語る。北の富士さんが日本相撲協会を退職後に行なわれた北海道巡業で、久しぶりに再会したときのことだ。 「俺の肩を抱いて『オマエ、こんなに小さかったか』と聞くんです。いやいや、変わらないですよ、と答えたのですが、親方は和服を着ていたので下駄を履いていました。下駄を履いてるからじゃないですか?と言うと『おお、そうかそうか」みたいな。 結構、天然で可愛いとこがありました」 先代の九重親方(元横綱千代の富士)とも歩みをともにして、60歳となった重夫。三役格呼び出しとして、幕内後半戦や巡業の呼び上げを行なう際、呼び上げが難しい力士を観客から質問され、答えた。 「最近なら藤青雲ですね。『うん』というのが大きい声を出せないので、『ん』の前が『う』なのもね。あとは獅司ですね。『し』は口を大きく開くことができない。特に『西の獅司』だと “にいーしー、しぃーし、しぃーしー”と『し』が続く。他には、皆が言うのは『錦木』ですね。錦木も『西の錦木』だと(子音が)『い』ばかりになる」 子音「い」の発声は一般的にも難しいとされる。重夫は「楽なのは『豪ノ山』とか口が大きく開けられるもの。四股名に山、川がつくとやりやすいですね」と語っていた。 補足してトークショー後、早口言葉のようで読むのが難しいという声が多い「若隆景」に関して質問。重夫は「自分は けっこう やりやすいですよ。大きな声でゆっくり、口も大きく開けられるので」と話していました。
  8. #156257 | KON |
    “小よく大を制す ” 六代目藤ノ川…………  初土俵から所要22場所での新三役は、歴代10位のスピード出世(1958年の6場所制以降、幕下付け出しを除く)。京都出身の三役は1828年の緋縅(ひおどし)以来198年ぶり、伊勢ノ海部屋から新関脇が誕生したのは2016年の勢(現・春日山親方)以来10年ぶり。 伊勢ノ海部屋の歴史では、先代・伊勢ノ海親方(元関脇・四代目藤ノ川)以降、土佐ノ海(現・立川親方)、勢(現・春日山親方)に並ぶ最高位。 先代・伊勢ノ海親方は、四代目・藤ノ川。 明治から続く伊勢ノ海部屋伝統の四股名で、現在の藤ノ川で六代目。 江戸川区春江町にあった移転前の伊勢ノ海部屋で、幼い頃から弟と一緒に土俵で相撲を取っていた六代目藤ノ川(本名 齋藤成剛)は 三兄弟の長男。甲山親方(元幕内の大碇)が男手ひとつで3人を育ててきた。 祖父が横綱・柏戸の大ファンで、父・甲山親方は「柏戸剛(つよし)」から「剛」の名をもらった。 その一字を、成剛、次男の忠剛(ちゅうごう/幕下・碇潟)、三男の夕剛(ゆうごう/埼玉栄高2年)が受け継いでいる。  高校卒業後、父からの「早いほうがいい」という勧めもあって大学には進まず、すぐに入門した。2025年の名古屋場所での新入幕を機に、「若碇」から改名して「藤ノ川」を名乗ったという…… 藤ノ川の相撲の特徴は、"立ち合いの速さ"にある。先に両手をつき、相手が手をついた瞬間に当たる。先場所=2026年名古屋場所で金星を飾った両横綱戦は、どちらも突き落としで決めた……  同じ関脇の熱海富士は 197kg。70kg以上の差を、藤ノ川は動きで補う。 自分よりも大きな相手に正面から当たる以上、ケガの危険はつきまとう。  先に手をつくスタイルはいつ出来上がったのか? 「昔から、小学生の頃からっすね。気づいた時にはそうなっていました」 ……  立ち合いは教わったわけではないという。相手を待つ間は、ただ「手をつくのを待っている」という。。。……  父の甲山親方は「先に手をついたほうが、相手がパッとついた瞬間、コンマ何秒か早く当たれる」と話す。 もともとは、少年時代のアマチュア相撲で身につけた作法だという。 “絶対に相手より手を先につくことを しない主義”の豊昇龍、熱海富士、伯乃富士、尊富士ら 本人たちと親方たちは、よく反省して貰いたい。
  9. #156256 | KON |
    亡き千代の富士の思い出を語る元千代鳳 錦島親方(元小結千代鳳)と 三役呼び出しの重夫が館内でトークショーを行なった。 ともに九重部屋に所属。トークショーでは2016年に61歳で死去した先代九重親方の元横綱千代の富士、秋元貢さんの思い出を語った。 錦島親方は年子の兄、千代丸が中3で入門を決めた場に同席し、「自分も行きます」と宣言したことを回想。 「年子だったので兄というより、友達のような感覚だった」と振り返った。 現在は部屋付き親方として、後進の指導にあたる錦島親方。「自分は立ち合いで ぶちかまして前に出ることを心掛けていた。指導でも前に出ろと、いつも声をかけるようにしています」と語った。 持ち味だった突き押しは、先代師匠に叩き込まれた。 「現役の時の千代の富士さんは四つ相撲で、突き押し相撲の相手が やりにくかったんだと思うんです。それで自分たちには『ぶちかまして一発でもっていったら、お前、横綱にも勝てるよ』と教えてもらいましたね」と述懐した。 稽古場で褒められることは ほぼなかった。 (先代)親方は「全部を指導するのではなく『少し教えて、あとは自分で気づきなさい』という教え方でした。で、それができると褒めるんですよ。『それだ!』と言ってくれる。テンションが上がるので、もっと稽古しよう!って思いました。普段はたくさん(ダメ出しを)言われるので、褒められると『ウッシャぁ!!』ってなる。そういう“弟子をその気にさせてくれる”のが上手でしたね」と思い返していた。 今年引退して若者頭に転身した兄の千代丸は、来年1月31日に国技館で断髪式を控える。 「ぜひ皆さん来て下さい」と来場者に呼び掛けていた。 ・・・・ 千代の富士さんが親方時代に九重部屋でのちゃんこ昼飯の様子がテレビで放送され、当時幕内を席巻し “九重部屋ブーム”だった関取衆(千代大海・千代鳳・千代丸・千代の国ら)とちゃんこ鍋を囲み、冗談を言い合ってる様子を、上座で箸を動かす九重親方(千代の富士さん)が、“微笑ましい……”って感じの笑顔で弟子たちの会話に混じって、時に ツッコミを入れ、お調子者の千代丸と千代鳳たちが恐る恐る言い返すと、親方が笑いながら「そうか、そうか、」と目を細めてました。。。 現役時代の土俵上で見る厳しいウルフの目つきとはまるで違う、温かく優しい視線を弟子たちに送ってましたね。
  10. #156216 | 砂かぶり |
    三日目、向こう正面に甲山親方でした。耳心地の良さと私情がでない解説でした。 藤ノ川は、京都出身力士ではなんと198年ぶりの三役。 だが、12日放送の大相撲どすこい研で丁度、若碇(藤ノ川)の新序出世披露が映されていて、東京都出身と場内アナウンスされていた。 藤ノ川曰く、親方が知らぬ間に変更していた(笑) との事。

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