大相撲のコメント部屋

※コメント投稿の際に名前欄にメールアドレスを記載しないでください。
※コメントを投稿する際は「コメントのルール」を一読ください。
※誹謗中傷、なりすまし、野球に直接関係ないコメントは「NGコメント」、以上の行為を繰り返すと「NGユーザー」の対象となります。

※2019年7月1日からコメントの確認・サイト掲載時間は9時~18時の間のみです。またコメント反映までは1時間程度を目安としてください。
※フィーチャーフォン(ガラケー)の投稿機能に関しましては、動作を保証するものではありませんのでご了承ください。

みんなで応援しよう!

この試合・選手についてのコメントを投稿してください

※ コメントは承認後に表示されます
※ 誤謗中傷や不適切な内容は掲載されません

応援コメント一覧 全2,728件

  1. #155555 | 匿名 |
    KONさん、火曜日の夜に久しぶりにみづえさんの歌みましたよ。やっぱり御主人の若嶋津さんが見たかっただろうね。月曜日の早朝には高安夫人の杜このみが歌うたってたよ。それにしても小さい頃見てた力士が次から次とこの世を去るのはさみしい…………………
  2. #155549 | KON |
    18歳の貴花田に屈し、さがりを叩きつけて悔しがった寺尾。 その寺尾はご存知“寺尾三兄弟の三男”であり、「双差し名人」鶴ヶ嶺の息子。。。 鶴ヶ嶺は昭和28年〜昭和42年まで幕内力士を務め、技能賞10回を含め三賞14回、雷電賞4回。。。 ☆雷電賞は、1955昭和30年3月場所から制定され、1965年11月場所まで続いた公式の表彰。 大相撲の様々な表彰の中で、力士の名を冠したものは雷電賞が唯一。 選考委員会の決議で決まる三賞とは異なり、関脇以下で最高成績をあげた力士が自動的に受賞する。また同成績の場合は決定戦を行なわず番付上位の者が受賞となりました。 最初の受賞者は関脇大内山(1955年3月、13勝2敗)、最後の受賞者は前頭6枚目大豪(1965年11月、12勝3敗)、最多受賞者は時津山・羽黒山・豊山・鶴ヶ嶺の4回。。。 そして、、、 技能賞に関しては 栃錦の9回を抜いて10回受賞した鶴ヶ嶺、その次男坊の逆鉾が4回で、三男の寺尾が1回でしたので、鶴ヶ嶺親子で計15回。。。 これは、初代若乃花1回・弟の貴ノ花満が3回・甥っ子の若花田が6回でその弟の貴花田が4回……で 花田一族としての計14回を上回る、“一族としての最多技能賞”です。。。 なお、栃錦の9回は、入幕してから大関に上がるまで15場所しかなかったのに技能賞を9回も受賞したので、技能賞獲得率としては 60%という異様な高確率でした。
  3. #155526 | KON |
    高安がまたもや怪我!?…… 幕内在位連続90場所、…… 三賞受賞は14回を数えますが、優勝はなし。 準優勝相当が9回…… 12勝3敗で場所を終えたことが8度。…… 12勝以上挙げた場所は 初場所〜夏場所と九州場所。つまり名古屋場所と秋場所では1度も12勝以上を挙げてない。………… これは、、、 たまたま……ではなく、暑さ負けして体調をベストに持っていけてないのかもしれません。…… 過去の成績から見えるジンクスを破って、13勝以上し、悲願の初優勝を遂げて欲しいです
  4. #155508 | KON |
    元NHKアナウンサー、藤井康生氏(69)が22日、ユーチューブチャンネル「藤井康生のうっちゃり大相撲」を更新。アナウンサー人生で思い出に残る一番について語った。 平成3年春場所十一日目、初日から10連勝だった18歳の貴花田(後の横綱貴乃花)との初顔合わせで回転の良い突っ張りで攻め立てた小結寺尾でしたが東の土俵際で残され、それでも再び突き起こして白房下に追い詰めるも、突きの腕の肘を下からあてがわれて残され、激闘の末に敗れた寺尾は、土俵をたたいて悔しがり、西の花道で “ 下がり”を投げつけた。 「自分は入門13年目で、すでに関脇を7場所も務めての三役10場所目。 相手は幕内13枚目、まだ18歳。10歳も年下で初土俵から4年目。自分は今まで何をやっていたんだろうと思って、すごく悔しかった」と支度部屋で語った寺尾。 藤井氏は「今でも相撲内容の素晴らしさも含めて…。あとは終わったあとのドラマというかな、そういうものも含めて一番印象に残っています。だから貴花田-寺尾を挙げるかな、きっと。1991平成3年三月場所です。十一日目。忘れもしません」と明かしていました。 貴花田が大関貴ノ花の息子(次男)なら寺尾も“双差しの名人”の異名を持つ元関脇鶴ヶ嶺の息子(三男) 相当なライバル心があったことでしょう。 後年、現役引退後に一代年寄となった貴乃花が理事選に立候補した際には、一門の談合に逆らって貴乃花親方へ投票した寺尾改め錣山親方でした。
  5. #155488 | SAI |
    最後の全中の相撲がNHK・Eテレで 放送していました! 団体戦も個人戦も開催県の鳥取西中の テムージン選手が2連覇達成しました! 惜しくも個人戦で準優勝の東京都代表・ 小松竜道場の平野選手の動きや技が 良かったです! 彼らの進路はどうなるのでしょうか? これからも頑張って下さい♪
  6. #155461 | KON |
    大横綱大鵬に引導を渡した “角界のプリンス”貴ノ花、その貴ノ花の引退の時………… NHKの実況アナ、杉山邦博さんには彼に対する特別な思い入れがありました。相撲中継の実況アナとして駆け出しの頃、貴ノ花がデビューしたのがほぼ同時期だったから。 常に世間の視線を集め、逃げ場も隠れ場も心の安らぎも何もなかった貴ノ花。。。同時代に「天才輪島」、「怪童北の湖」という偉大な横綱がいたことで、その細い体で精一杯の粘りの相撲を取りながら今一歩のところで綱には及ばず、そのうち怪我や病気が体を蝕んでいき、それとともに衰えが次第に顕著に。 そんな貴ノ花が引退を表明した1981昭和56年初場所七日目の昼下がり、この日の大相撲実況をすることがとうに決まっていた杉山さんは貴ノ花の引退会見を見ながら悩んでいた。果たして自分が平常心で今日の実況に臨めるかどうか全く自信がなく、しかしプロとして恥ずかしい仕事はできない。 が、自分の相撲実況は貴ノ花と共にある。そう思いながら長い間お茶の間の方々に声を届け続けていた。そしてその彼はもう土俵から去る。そして「貴ノ花は昨日限りでの引退を表明しました」という実況をしなければならない。それを平常心で言えるのか。しかし平常心で言うには私にとってあまりにも残酷なことではないか。 そして迷いを振り切れなかった杉山さんはそのままの心持ちで午後4時前、蔵前国技館のNHK放送ブースに解説の玉の海梅吉とともに座してしまった。 一番一番進む取り組み。あと何番、あと何番・・・。杉山さんはどういう実況をしていたのか、よく覚えていない。ただ、「貴ノ花引退」を自分の口で実況しなくてはならない時間が迫ってくることが無性に怖かったという。。。しかし無情にもその時は来てしまった。場内アナウンスが 「大関貴ノ花、引退のため本日より休場、したがって蔵玉錦の不戦勝であります」と告げる。。。 杉山さんは喉の奥に何かが詰まって声が出ない。しかし実況アナとして何か喋らなくてはならない。そうして彼は絞り出すようにしゃべり始めた。 「昨日の一番を最後に・・・、大関貴ノ花は・・・、土俵を去ることになりました。あまりにも偉大な兄の下で大きな苦しみもあったことでしょう。そして首から脊髄にかけてや手首、肘、足首など怪我も多く、一向に太れないあの小さな身体でよくぞここまで土俵を勤め上げたと思います・・・」 そこまで言って一呼吸つくと、杉山さんの胸にはアナウンサーになってから初めて味わう感覚がこみ上げてきた。これは・・・。私はひょっとしてこれから涙するのか・・・? そう思いながら杉山さんはさらに続ける。 「あの小さな身体で・・・・・・、本当に長い間ご苦労様でした・・・・・・。」 そして気がつくとやはり杉山さんの頬には大粒の涙が流れており、絶句してしまった彼は涙で実況すべき土俵を見ることすらできない。。。 まもなく、隣の席でそれを一部始終見ていた解説の玉の海梅吉氏は杉山さんに優しく一瞥。。。杉山さんは『失礼……』と言ってブースを離れる。もちろん視聴者にはわからないように。。。 そして玉の海梅吉氏は10数年前の貴ノ花 満の初土俵からの思い出を次の取り組みが始まるまでゆっくりと、しかし、非常にしっかりとした口調で杉山さんのいないブースで一人、視聴者に語り掛けていたのでした。
  7. #155460 | KON |
    千代の富士に引導を渡した貴花田 その父親、貴ノ花も大鵬に引導を渡した張本人 大鵬と柏戸の対決は「柏鵬時代」と呼ばれ、戦後の相撲史を彩りました。 柏戸は『電車道』とあだ名された爆発的な立ち合いで力強く押し切る「剛」の相撲、大鵬は円い土俵を上手く使い、全体を見渡し相手の力をいなす「柔」の相撲を体現しました。 優勝回数は 32 対 5 と大差がありながら、直接対決は常に緊張感に満ち、糖尿病が悪化した柏戸が痩せ細り始める直前までは対戦成績16勝16敗と全くの五分。毎場所のように国民を熱狂させました。序盤で土がついて優勝争いから遅れをとった柏戸が、大鵬戦では、立ち合いからの右差し左前みつとなるや休まず攻め立て一気に寄り切ったり、前みつを掴めなくてもおっつけながらの怒涛の押しでいっぺんに走り、とたまらず土俵を割る大鵬と一緒に土俵下へ落ちていく柏戸が優勝力士大鵬に一矢(いっし)を報いる、まさに昭和のスポーツドラマそのものでした。 やがて柏戸が去り、北の富士や玉の海の新時代が到来します。 故障を抱えながらも土俵に立ち続けた大鵬は、20 歳の貴ノ花に尻もちをついて敗れてしまった翌日、引退を発表しました。 若い世代に道を譲ることが横綱の最後の務めだという信念を貫いたのです。 勝者となった貴ノ花が支度部屋を訪ね『ありがとうございます』と頭を下げると、大鵬は「頑張れよ」と笑顔で応えました。 貴ノ花の『ありがとうございました』には勿論、“稽古で鍛えて戴きまして、おかげさまでこのように、強くなれました ”の意味が………… 大鵬の「頑張れよ」には『満、あとを頼んだぞ』の意味が……込められていました。 このやり取りに、引き際の美学が凝縮されていますね
  8. #155456 | KON |
    立ち合いの乱れ 御嶽海や正代・横綱豊昇龍など絶対に先には手をつかない力士、相手に合わせようという意識が全くない力士 学生相撲出身者とモンゴル出身者に多く見られる現象ですが、世が世なら、毎日のように土俵下の審判長から怒鳴られてるところでした。。。 ある時、立ち合いで二度の つっかけで “待った ”となった時に、当時の正面審判の伊勢ケ浜審判部長(元横綱旭富士)=から、「ちゃんと合わせるように」と声がかかりました。 するとテレビ解説を務めていた北の富士さん(当時79歳)=元横綱=が、「あんな立ち合いしとったら、昔の柏戸さんだったら怒っただろうね。(土俵)下から『この野郎!!』ってね。それはあんた、怖かったよ!目つきも怖かったしね、怒鳴り声も怖かった、いや本当に」と苦笑い。 伊勢ケ浜親方の対応は「優しい」と強調していた。 柏戸さんが審判部長を務めてる時に北の富士さんは琴櫻さんとともに審判副部長を務めてました。 鏡山審判部長が審判長の時は副部長の北の富士さん(当時、九重審判副部長)は出番でない為、いつも控室で見てて “怒りが収まらず土俵に上がって怒り始めるんじゃないか?” とハラハラしていたそうです。。。 現在解説を担当してる尾車さん(元大関琴風)も証言 現役時代の怖かった審判長について訊かれた尾車さんは、、 「なんといっても鏡山さん!。僕はそんなに立ち合いで突っかけて何回も“待った ”には ならなかったから、怒鳴られたことはないけど、鏡山審判部長は下から、3度も待ったが続いた時には『何やってんだ!この野郎!!』 って怒鳴っちゃって、それはすごかったよ」と明かした。
  9. #155335 | KON |
    ペロッと口を滑らせた北の富士さんが慌てて…… 1953年の入局以来、70年以上にわたって相撲の魅力を伝え続けてきた元NHKアナウンサーの杉山邦博氏。歴史の生き証人ともいえる杉山氏が、相撲ジャーナリストの荒井太郎氏を聞き手に昭和の名場面の数々を振り返る『杉山アナのアンチ巨人、大鵬、卵焼き』(大空出版)より、「大横綱の引き際」について語った章を抜粋 荒井さん、、、 平成3年夏場所初日の千代の富士 対 貴花田の一番は、大相撲史における時代の変わり目となった象徴的な相撲でした。 千代の富士35歳「貴花田18歳に負けて引退」は本当か? 実は違った “最後の対戦相手”…元NHK名物アナが語る大横綱の引き際 杉山邦博氏+荒井太郎氏 杉山さん………… 横綱千代の富士が負けましたけど、1月、3月ごろから千代の富士と貴花田(のちの貴乃花)、両者はいつ当たるんだろう、早く見たいというのはあちこちから望まれていたんですね。 当時の鏡山審判部長(元横綱柏戸)が何日目に対戦させるかというのを、審判部みんなに訊ね、あれこれ詮索していました。そこで最終的に、鏡山さんが、「俺の決断で決めた!」ってことを何度も本人の口から聞いています。「初日しかない! そう思って俺が決めた。どちらかが一つでも黒星がついたり、何かあったりとかそういう状況じゃなくて、まっさらな状況で2人が対戦するほうが綺麗だ」と。 これは鏡山さん、さすがですよ。ほかの審判部長だったらどうか分かりません。それであのタイミングで実現したんですけど、負けた千代の富士はその日には引退しなかったんだよね。 荒井さん………… 慣例でいくと初日の横綱の対戦相手は、違う方屋の小結となるところですね。この場所は4横綱ですが東西の正横綱である北勝海、大乃国が初日から休場なので、西の張出横綱だった千代の富士は東小結の寺尾あたりになるところでしたが、あえて西前頭筆頭の18歳9カ月の貴花田をもってきた。これは鏡山審判部長の大英断です。 結果的にこの一番で、貴花田が今も破られていない史上最年少金星を挙げることになります。 取組前に千代の富士さんは「負けても引退しないよ」と言っていたんですがね(笑)。このとき千代の富士さん 35歳11カ月です。 実は「貴闘力に負けて引退」でしたが… 杉山さん………… 三日目に貴闘力に負けて引退を表明しましたね。ただ、貴乃花に負けて引退したって、みんなそういうふうに書いたり言ったりしています。それでいいんじゃないですか。そっちのほうが時代を象徴しているし、綺麗ですから。 荒井さん………… 僕は実際に千代の富士さんにインタビューしたとき、やはり貴花田に負けて引退を決意したと言っていました。 杉山さん………… それでいいと思いますよ。 貴闘力関のことは、かき消されてしまいましたけどね。 荒井さん………… これも余談ですが、千代の富士の引退表明は師弟とも話して四日目の予定だったらしいですが、三日目の夜に急遽、親方の北の富士さんがマスコミに喋ってしまったんで、このタイミングになったそうです。自宅でテレビを見ていたら、「千代の富士引退」というテロップが出て、千代の富士さん本人が一番驚いたそうです(笑)。それで急いで部屋に駆けつけたとおっしゃっていました。 杉山さん…… マスコミが大挙して部屋に押しかけていましたからね。北の富士さんも収拾がつかずに言ってしまったんでしょう。 ………… ついつい、リップサービスが度を越してしまい、まだ発表すべきでないことなのに口を滑らせてしまうドジャースのロバーツ監督みたいですね
  10. #155322 | KON |
    横綱豊昇龍(27)=立浪=が8月19日、両国国技館内で行なわれた定期健康診断に訪れ、途中休場した名古屋場所後に右膝を手術したことを明かしました。  千秋楽翌日の7月27日に都内の病院を受診し「手術しなければ復帰に1年かかると言われた。こんなひどいとは思わなかった」と語った。 同29日に靱帯を修復する手術を受け、1週間入院した。  名古屋場所は14日目から途中休場。 「蹲踞もできないくらいだった」と明かした。 「早く復帰できるようにしたい。ファンの方には合わす顔がない」と語りました。 秋場所の出場は厳しい見通しだという。

応援コメントを投稿

が付いている欄は必須項目です

※ 不適切な内容は掲載されません
※ 日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)