大相撲のコメント部屋

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応援コメント一覧 全2,698件

  1. #155003 | KON |
    第52代横綱の北の富士勝昭さん 53代横綱の琴櫻とは48度も対戦して29勝19敗。。 学生横綱からデビューし彗星のように番付を駆け上がった天才輪島(=54代横綱)にも壁となって立ち塞がり 7勝5敗。 55代横綱となった北の湖は当時の数々の最年少記録を塗り替えた北の湖。 この北の湖に対しても4勝2敗とダブルスコアで勝ち越しました。 57代横綱となった三重ノ海には14勝2敗と圧倒! 絶大な人気を誇ったプリンス貴ノ花には13勝5敗。 大関清國とは37勝15敗と圧勝してました。 ほぼ同年代のクセ者大関大麒麟とは27勝15敗。、 後に大関となった大受とは12勝3敗。。 とにかく後輩力士に強かった北の富士さんでした。。。 この項 おわり
  2. #155002 | KON |
    「上には弱いが 下位力士には あまり負けなかった」北の富士さん 同郷北海道の大横綱大鵬には4勝16敗。 柏戸には幾分抵抗できたがそれでも10勝14敗。 北の富士さんが 出羽ノ海一門だった頃(のちに師匠千代の山について行って九重部屋として独立)の先輩佐田の山や栃光や栃ノ海には “くらい負け ” “ 先輩負け ”したのか 佐田の山に2勝4敗、栃ノ海にも2勝4敗、栃光に3勝4敗 同郷(同じ北海道出身)の先輩力士で吊りが得意だった “人間起重機” 明武谷に12勝14敗と苦戦、先輩大関の北葉山にも7勝7敗でした。 一方、ライバル玉の海とは22勝21敗、学生相撲出身の初代豊山とは14勝12敗、 そして 同期生の龍虎には幕内では13勝3敗と圧倒しました。 特に 北の富士さんの凄かったのは、ぐいぐいと伸びてきた “後の横綱たち ” に立ちはだかる壁として 強さを発揮したこと! それは…… つづく
  3. #155001 | KON |
    北の富士さんを回顧 一般社会では「下に強く、上に弱い」というのが多く見られます。 学校内でも会社内でも、ママ友のグループでも近所付き合いでも、力のある者や発言力・影響力のある者には逆らえないでいることがありますね。 政治の世界は尚更のようで、熊本県議たちの上納金もどきのカツアゲ疑惑が取り沙汰されて、恥ずかしくも情けない事実が露呈してきている。。 一方、大相撲の世界では 『上に強いが下には弱い』という例が散見され、横綱や大関をなぎ倒して旋風を巻き起こしながら同等及び格下の番付の力士たちに負けが嵩み、その場所を負け越してしまって殊勲賞を逃すという例をよく見かけます。 先場所(名古屋場所)の藤ノ川は、危うくその例にあたりそうになったが千秋楽に素晴らしい相撲で勝ち越しを決め殊勲賞受賞、安堵したものです。 その反対に 「上には弱いが下には強い」という力士がいます。 大関時代に“最強横綱”が君臨していて、その横綱になかなか勝てないという力士は少なくなかった。 白鵬や朝青龍が “1強”として君臨していたの大関たち、貴乃花・曙がしのぎを削っていた頃の大関たちや、 “最強の関脇”と言われた琴錦も「上には強いが下位力士に不覚をとる」ことが多かったし、千代の富士1強時代の大関たちもその例に洩れず、自身の横綱昇進が叶わなかった。 初代旭富士も“千代の富士に勝ててないから連続優勝出来てない”という理由で3場所39勝しても40勝しても横綱昇進を見送られ続けました。。。 そして昭和40年代はじめの頃の「上には弱いが下には負けない力士」の代表格が 北の富士さんでした。。 つづく
  4. #154996 | 砂かぶり |
    明日、23:25 BS101スポーツ×ヒューマン“角界の鉄人“玉鷲が、放送されます、お見逃しなく。
  5. #154972 | SAI |
    相撲で8月と言えば東北巡業の朝稽古ですが 青森県三本木農業出身の錦富士が休場は 東北のファンにとって寂しいと思います! この東北巡業でいい稽古をした力士が 残暑厳しい9月の秋場所でいい成績に なると思います? これからも頑張って下さい♪
  6. #154920 | KON |
    北の富士さんの記録 『休まず勝ち越しし続けた記録』 通算(幕内)連続勝ち越し記録: 26場所連続 =現在は歴代7位タイ、 1967年9月秋場所 〜1971年11月九州場所 年2場所時代から年6場所時代へ移行し、柏鵬時代となりましたが、柏戸だけでなく大鵬も怪我や病気に悩まされました。 大鵬の連続勝ち越しの最長は25場所、柏戸は21場所連続勝ち越しが最長でした。 北の富士さんが26場所連続勝ち越しを達成した時点では、大鵬を抜き、歴代1位の盟友玉の海正洋の連続27場所に次ぎ、玉錦と並んで、昭和以降、歴代2位タイの記録でした。 玉の海が北の富士さんよりも少し前の1967年5月夏場所 - 1971年9月秋場所で27場所連続を達成していたので、あまりメディアで騒がれることはありませんでした。
  7. #154902 | 裁着け袴 |
    日本相撲協会は4日、幕内・錦富士(30=伊勢ケ浜部屋)が心房細動のため夏巡業を休場したと発表。  巡業先の甲府で取材に応じた高田川巡業部長(元関脇・安芸乃島)によると名古屋場所後に入院し、2日から始まった巡業の直前に師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱・照ノ富士)から「巡業に出られない」と報告を受けたという。先場所は2日目から6連勝するなど、幕内では23年春場所以来となる2桁勝利。さらなる活躍が期待される秋場所(9月13日初日、両国国技館)へ暗雲が垂れ込めました。
  8. #154894 | KON |
    「新横綱から なかなか金星を奪われなかった横綱」 金星初配給までの所要取組数初金星 相手力士 所要取組数 1位 輪島大士 1973昭和48年7月場所 横綱5場所目の3日目 金星を献上してしまった相手は長谷川勝敏で 横綱輪島 61番目でした 2位 北勝海信芳 1987昭和62年7月場所 横綱4場所目の二日目 対花乃湖健 47番目 3位 北の富士勝昭 1970年3月場所 横綱3場所目の五日目 対若浪順 35番目 4位 千代の山雅信 1951年9月場所 横綱3場所目の初日 対二瀬山勝語 31番目 5位 双葉山定次 1938昭和13年1月場所 横綱3場所目の四日目 対安藝ノ海節男 30番目 我らが北の富士さん 記録の話になると『記録なんて俺の時代は大鵬さん、そして北の湖とか千代の富士、で貴乃花でしょ、それに朝青龍と白鵬。記録はみんな彼らが上ですよ』 と謙遜して否定してばかりでしたが どうしてどうして立派な記録がありました。 師匠九重親方(=元横綱千代の山)や双葉山をも上回り、 白鵬や朝青龍、若貴兄弟&曙・武蔵丸、千代の富士や北の湖、大鵬&柏戸らをも上回る 「平幕に負けない横綱」だったんですねえ
  9. #154892 | KON |
    義ノ富士と尊富士が同居? 尊富士は昨年から伊勢ケ浜部屋を出て、弟弟子の新小結義ノ富士(25)とマンションを借りて共同生活を送っている。NHKでラジオ解説を務めた舞の海秀平氏(58)が「義ノ富士と尊富士が一緒に住んでると。どうしてかなと思って。珍しいパターンだなと思ってたんですけど分かりました。2人で住めば家賃半分で済みますもんね」と指摘すると、実況の齋藤舜介アナウンサーは「聞いた話によると、名義は尊富士らしいですけど。家賃の分配まではすいません、取材ができておりませんが」とコメント。 義ノ富士は「(尊富士は)場所がないときも家にトレーナーの方を呼ばれて治療されたり、インナーマッスルとか鍛えてる。隣で自分はソファーに座ってテレビを見ながら(トレーニングを)されてるので、そういう努力が自分にも必要だなと感じましたね。優勝されてるので優勝するには優勝した人の近くにいて勉強させてもらってます」と明かしていた。 同じ伊勢ヶ濱部屋の関取同士。元々は白鵬の宮城野部屋からの移籍組とあって息が合うのでしょうが、立ち合いを相手より先に綺麗に両手をついている義ノ富士が、伯乃富士と同様に相手を焦らす立ち合いをしている尊富士に影響されて焦らす立ち合いをするような力士にならなければいいのですが。
  10. #154887 | KON |
    夏巡業 日本相撲協会は7月30日、8月2日~30日にかけて予定される夏巡業の休場力士を発表。ここにある力士が入っていなかったことにファンの心配が………… 今回発表されたのは東横綱・豊昇龍、東関脇・若隆景、幕内の欧勝馬・高安・翔猿・若ノ勝・獅司・朝紅龍、十両・友風の9名。 豊昇龍、若隆景、若ノ勝の3名は名古屋場所を休場(豊昇龍、若ノ勝は途中休場)していたが、その他6名も千秋楽まで戦ったダメージが大きかったようだ。 一方、ファンの注目が集まっているのは、名古屋場所で大関特例復帰、およびに優勝を果たした西関脇・安青錦が名を連ねていないこと。。 同場所では先場所前に痛めた左足首に加え、八日目には左足親指も爪が剥がれてしまう怪我をするなど満身創痍だったが、本人は優勝一夜明け会見の中で夏巡業への参加意向を示していた。。。 ただ、SNS上には「安青錦さん…巡業行くの? あなたは休みなさいよ…」、 「足は大丈夫なのかな、心配」、 「皆勤負け越しが恥ずかしいからと敵前逃亡のズル休みをした豊昇龍が夏の巡業を休んでゆっくり静養するというのに安青錦は出るの?」 「お休みして足の治療に専念した方がいいって」、 「どこまでストイックなの…」といった心配の声が寄せられている。 今回の巡業は中盤までは主に東北を回るが、最後の一週間は関東近郊で行なわれる。移動距離や負担を総合的に判断した結果、これなら大丈夫と判断した可能性は考えられる。 また、名古屋場所の優勝インタビューでは最後に「安青錦らしく我慢強く相撲とって、また一番上の番付を目指していきます」と、今年春場所で一度挑戦した綱取りへの意欲を口にしている。目標を達成するため、他部屋力士との貴重な調整の場である巡業を休んでる場合ではないという思いなのかもしれない。

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