大相撲のコメント部屋

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応援コメント一覧 全2,325件

  1. #150439 | KON |
    2代琴櫻の態度 勝ったあとに勝ち名乗りを受け、蹲踞して懸賞金を受け取る時、毎回、行司さんがしゃがんで渡そうとしてる途中で手を出して懸賞を掴み取っていく。 こんな力士は見たことない。 若元春ほど丁寧に受け取れ、、とは言わないけど、行司さんに対してあまりに失礼。 今日の隆の勝戦は完敗しましたが、明日以降、勝ち名乗りを受けることがあったら、注視してみてください。
  2. #150437 | KON |
    金星配給オンパレード⁉️ 今場所も十日目までで3個ずつ金星配給してる両横綱 攻めてる時は圧勝するけども、すぐに引くので重さを感じられない大の里は ここ三日間は攻める際も雑! 前に出る時も後退する時も摺り足になっていない。大柄なアマチュア学生横綱の域を脱してないですね。 豊昇龍は、立ち合いの張り手を辞めなければ現状打破は難しい。体負けするのだから安青錦や先輩横綱日馬富士を見倣って低く頭で強く当たり、しっかりと踏み込んでいかないと、相撲勘の良さと投げ技だけではいつになっても安定した成績は残せない。 昨日(今場所の十日目)終了時点までの 金星配給の一場所平均(昭和以降) 1位 大の里 2.25個(9個/4 場所) 2位 豊昇龍 2.17個(13個/6場所) 3位 栃ノ海 1.94個(33個/17場所) 4位 三代若乃花 1.64個(18個/11場所) 5位 初代琴櫻 1.50個(12個/8場所) 5位 稀勢の里 1.50個(18個/12場所)
  3. #150433 | 赤房下 |
    そんなに肩が痛いんだったら今からでもいいから春場所も休んでリハビリに時間費やしなさい!! 75代横綱の名が泣くぞ。
  4. #150432 | KON |
    元大関琴風の中山浩一さん(68)(元尾車親方、津市出身)は、東前頭筆頭だった1977年11月の九州場所で北の湖をがぶり寄りで破り、初金星を挙げた。平幕が横綱を倒す金星は、力士にとって生涯の思い出にもなるが、「上に勝てば勝ったで、後が怖い」というのもまた、番付社会の「常識」だった。 「琴風関、琴風関。至急土俵まで来てください。北の湖関がお呼びです」 そんなアナウンスが流れたのは、初金星を挙げた九州場所後に開かれた長崎の島原巡業だった。「忘れもしない」という体験だ。 金星で自身初の三賞となる殊勲賞も獲得した。巡業先で北の湖と顔を合わせたくなかった琴風は、会場の体育館裏に締め込みなどが入った明け荷を持って行き、こっそりと支度をしていた。「本土俵に行きたくないなあ……」「(運動場に描いた円の中で相撲を取る)山稽古で汗をかいて終わりにしよう」。そんな逃げ腰でいたら案の定、呼び出しがかかった。 力士はもちろん、会場に響き渡る放送を聞いたお客さんも「何だ、何だ」と稽古場に集まってくる。 仕方なく土俵に顔を出すと早速、北の湖から稽古相手の指名を受けた。「本場所で1番勝てたから、稽古場でも五分で取れるかといったら、大間違い」。横綱と20番取れば全敗か1勝19敗が関の山だ。相撲界独特の「かわいがり」で徹底的にしごかれ、実力の違いをこれでもかと見せつけられた。「金星なんて間違って勝っただけ」という現実を身をもって知り、これが横綱だと教えられた。 荒稽古から早く解放されたいと、力を抜いたらもっと大変だ。稽古場ではほかの横綱や大関も注視している。「ほらあ、琴風! もっと力を出さんか、この野郎!」。激励という名の罵声が四方八方から飛んでくる。仕上げのぶつかり稽古が終わった頃には、汗と砂にまみれた体は、ぼろぞうきんのようだった。 幕内力士といっても当時20歳の若造だ。「上には勝たない方が楽だよなって思ってしまう」。それは無気力でも何でもない。横綱や大関は、新鋭をそういう境地に持っていかせる威厳があった。「だから近寄りがたかったんだ、すべてにおいてね」と、昨日のことのように話した。 稽古後の風呂場やちゃんこ場も厳格だった。 巡業先では銭湯を貸し切りにする。男湯は、横綱と大関の専用だ。関脇や小結の三役以下の力士は皆、女湯を使った。風呂に入った後はちゃんこを囲むが、ここにも掟(おきて)がある。横綱、大関が風呂から上がって箸をつけない限り、料理が出来上がっていてもほかの力士は手をつけられない。髷(まげ)をほどいて頭を洗った時はなかなか戻って来ず、「お預け」が延々と続いた。 一事が万事。それぞれに礼儀や規律が貫かれ、番付は絶対だった。だからこそ稽古に精進し、一つでも上の番付を目指した。 「昭和の時代、『力士は口数が少ない』などと言われていた。だが、それは無口なのではなく、『ぺらぺらしゃべると後が怖い』と誰もが知っていたからだ」 現代の力士はニコニコ顔でよくしゃべる。 「NHK中継の勝利者インタビューでも、下手すれば『作戦通り』ぐらいのことは平気で言うよね。それって、『横綱や大関が平幕の作戦に負けた』って公言しているような話。負けた上位も支度部屋のテレビで見ているからね。そんな大きなことを言ったら『この野郎!』となって、巡業先で束になってかわいがられちゃうよ、昔は(笑)」 中山さんは現在、「琴風浩一」の名でNHK大相撲中継に専属解説者として登場している。昨年11月の九州場所では、千秋楽の優勝決定戦で安青錦に敗れて賜杯を逃すなど、対戦成績で分の悪い横綱豊昇龍に向けてこんな話をした。 「豊昇龍は理屈じゃないですね。とにかく巡業に行ったら毎日、安青錦を土俵に引っ張り上げて稽古をする。その中から勝ちパターンを自分の体でつかみ取る。それしかないですね」 オブラートに包んだ言い方だが、歴代の横綱、大関は皆、そうやって威厳を保ってきた。上位陣には、その権限と責任があると伝えたかったのだろう。 琴風さんの手記から
  5. #150428 | 相撲研究50年 |
    中継序盤で舞の海さんがコメントした通りの展開になってきました。 流石!舞の海さん! 「両横綱、しっかりしてよ」という相撲ファンの思いを代弁してくれてますね。 豊昇龍は昨日の影響か、頭で当たれない? 大の里は左腕に力か入らない!
  6. #150427 | 砂かぶり |
    火曜(三日目)だけ負けてた今場所好調の嘉陽、中日負け二敗目。あの体型は、まるで金魚の様。 天覧相撲で、なんと横綱大関全敗!八角理事長、陛下にどう説明!? 大の里は先場所ケガした左肩が痛そうで大丈夫そうでない。休場か? 朝翠龍は、パッと見(一瞬)炎鵬かと見間違うくらい似てますね。 その炎鵬も、大銀杏結えるとこまで来てます。
  7. #150426 | KON |
    追記 その後、天皇陛下から『もっと近くで見たい』とのご要望があり、1971年(昭和46年)、相撲協会は初場所から、土俵の近くで観戦出来るよう、蔵前国技館の正面桟敷席の最前列に貴賓席を設置したが、宮内庁から警備上の問題で中止の要請があった為、五月場所八日目の天覧相撲では従来の2階貴賓席からの観戦となった。 結局、桟敷席の貴賓席は二度と使われることはなかったそうです。
  8. #150425 | KON |
    読売新聞の記事に大見出しで「横綱・大関 総崩れ  天覧相撲で戦後初」 と書かれてましたが、 戦前までの天覧相撲は 平安時代から宮中で行なわれ、天皇の御前で催されていて、実力上位の者十名ほどが天皇のお顔を拝顔できる位置に座して出番を待ち、その他の力士は幕の外で待機していたそうで、そこから『幕内』『幕下』という呼称が生まれました。 (歌舞伎の幕内弁当の“幕内”とは語源が異なります) で、江戸時代も明治時代も、麻布島津公別館 、 芝延遼館 、 芝三田黒田邸 、 芝公園弥生社 、 上目黒西郷伯別邸 、九段偕行社 、 永田町鍋島邸、皇居内(宮城=きゅうじょう内)覆馬場などで特別な場所で催されていて、一般市民が観覧することなど到底叶わず、薩長の士族だった当時の閣僚など明治政府関係者や華族の方々のみが観戦していました。 戦後、敗戦により焦土と化した東京の復興が進んできた昭和30年 5月 27日 に 蔵前国技館 にて史上初めて昭和天皇が行幸され、一般人とともに大相撲を観覧、一階の正面舛席をかなり割いて貴賓席エリアを誂えて観覧され、この時に昭和天皇は御製の句を残されました 〔ひさしくも みざりし すまひ ひとびとと てをたたきつつ みるがたのしさ〕 (すまひ とは相撲のことです) 翌年の5月27日にも天覧相撲がありましたが、この時から、警護上の理由で貴賓席は2階正面席に誂えられました。 一般人とともに大相撲観戦される天覧相撲としては 昭和天皇天覧 40回 平成天皇天覧 23回 令和天皇天覧 2回 ということで 昨日が65回目でした。
  9. #150420 | KON |
    国技館での天覧相撲 私達も1度大相撲観戦の際に、初場所でしたか 平成天皇が行幸され天覧相撲となったことがありました。 向こう正面の2階席でしたが、吊り天井の大屋根に隠れることもなく、自分たちの席から平成天皇・皇后陛下のお姿を拝顔することができました。 いい思い出です
  10. #150418 | KON |
    今日(八日目)中日は、天皇陛下が観戦される「天覧相撲」になります。 天覧相撲は2020年初場所14日目以来6年ぶりで、令和に入ってから2度目となります。 陛下らがお座りになる国技館2階の貴賓席には、イスが3つ準備された。 国技館入り口ではいつもよりいっそう厳重な手荷物検査が実施され、場内も含め多数の警察官が配置されている。 「本日2Fへのビン・缶持込は禁止となります」との張り紙も場内のあちこちに掲示されました。 陛下が幕内取組の前にご来場された場合は、幕内土俵入りは「御前掛かり土俵入り」となり、土俵で円をつくる形ではなく、正面に向かって4列に並び、蹲踞(そんきょ)の姿勢をとる。 下位力士から1人ずつ四股名を呼ばれ、一礼をして土俵を下りる。 関係者に配布される大入りの袋には「行幸啓記念」の文字が入る。 行幸とは、 天皇がご自身の居所から外出されることを指す敬語で、目的地が複数なら「巡幸(じゅんこう)」とも言います。皇后や皇太子など他の皇族方(皇太子・皇太子妃など)の外出は「行啓(ぎょうけい)」、天皇皇后ご一緒なら「行幸啓(ぎょうこうけい)」と使い分けられ、歴史的には「御幸(ごこう)」として上皇・法皇・女院の外出にも使われました。 天覧相撲といえば 大相撲をこよなく愛された昭和天皇が一番数多く行幸され、初めて行幸された昭和30年以降33年間で蔵前国技館と両国国技館 併せて40度も行幸されました。 平成天皇は 平成31年間で23度行幸されてます。

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