大相撲のコメント部屋

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応援コメント一覧 全2,691件

  1. #154894 | KON |
    「新横綱から なかなか金星を奪われなかった横綱」 金星初配給までの所要取組数初金星 相手力士 所要取組数 1位 輪島大士 1973昭和48年7月場所 横綱5場所目の3日目 金星を献上してしまった相手は長谷川勝敏で 横綱輪島 61番目でした 2位 北勝海信芳 1987昭和62年7月場所 横綱4場所目の二日目 対花乃湖健 47番目 3位 北の富士勝昭 1970年3月場所 横綱3場所目の五日目 対若浪順 35番目 4位 千代の山雅信 1951年9月場所 横綱3場所目の初日 対二瀬山勝語 31番目 5位 双葉山定次 1938昭和13年1月場所 横綱3場所目の四日目 対安藝ノ海節男 30番目 我らが北の富士さん 記録の話になると『記録なんて俺の時代は大鵬さん、そして北の湖とか千代の富士、で貴乃花でしょ、それに朝青龍と白鵬。記録はみんな彼らが上ですよ』 と謙遜して否定してばかりでしたが どうしてどうして立派な記録がありました。 師匠九重親方(=元横綱千代の山)や双葉山をも上回り、 白鵬や朝青龍、若貴兄弟&曙・武蔵丸、千代の富士や北の湖、大鵬&柏戸らをも上回る 「平幕に負けない横綱」だったんですねえ
  2. #154892 | KON |
    義ノ富士と尊富士が同居? 尊富士は昨年から伊勢ケ浜部屋を出て、弟弟子の新小結義ノ富士(25)とマンションを借りて共同生活を送っている。NHKでラジオ解説を務めた舞の海秀平氏(58)が「義ノ富士と尊富士が一緒に住んでると。どうしてかなと思って。珍しいパターンだなと思ってたんですけど分かりました。2人で住めば家賃半分で済みますもんね」と指摘すると、実況の齋藤舜介アナウンサーは「聞いた話によると、名義は尊富士らしいですけど。家賃の分配まではすいません、取材ができておりませんが」とコメント。 義ノ富士は「(尊富士は)場所がないときも家にトレーナーの方を呼ばれて治療されたり、インナーマッスルとか鍛えてる。隣で自分はソファーに座ってテレビを見ながら(トレーニングを)されてるので、そういう努力が自分にも必要だなと感じましたね。優勝されてるので優勝するには優勝した人の近くにいて勉強させてもらってます」と明かしていた。 同じ伊勢ヶ濱部屋の関取同士。元々は白鵬の宮城野部屋からの移籍組とあって息が合うのでしょうが、立ち合いを相手より先に綺麗に両手をついている義ノ富士が、伯乃富士と同様に相手を焦らす立ち合いをしている尊富士に影響されて焦らす立ち合いをするような力士にならなければいいのですが。
  3. #154887 | KON |
    夏巡業 日本相撲協会は7月30日、8月2日~30日にかけて予定される夏巡業の休場力士を発表。ここにある力士が入っていなかったことにファンの心配が………… 今回発表されたのは東横綱・豊昇龍、東関脇・若隆景、幕内の欧勝馬・高安・翔猿・若ノ勝・獅司・朝紅龍、十両・友風の9名。 豊昇龍、若隆景、若ノ勝の3名は名古屋場所を休場(豊昇龍、若ノ勝は途中休場)していたが、その他6名も千秋楽まで戦ったダメージが大きかったようだ。 一方、ファンの注目が集まっているのは、名古屋場所で大関特例復帰、およびに優勝を果たした西関脇・安青錦が名を連ねていないこと。。 同場所では先場所前に痛めた左足首に加え、八日目には左足親指も爪が剥がれてしまう怪我をするなど満身創痍だったが、本人は優勝一夜明け会見の中で夏巡業への参加意向を示していた。。。 ただ、SNS上には「安青錦さん…巡業行くの? あなたは休みなさいよ…」、 「足は大丈夫なのかな、心配」、 「皆勤負け越しが恥ずかしいからと敵前逃亡のズル休みをした豊昇龍が夏の巡業を休んでゆっくり静養するというのに安青錦は出るの?」 「お休みして足の治療に専念した方がいいって」、 「どこまでストイックなの…」といった心配の声が寄せられている。 今回の巡業は中盤までは主に東北を回るが、最後の一週間は関東近郊で行なわれる。移動距離や負担を総合的に判断した結果、これなら大丈夫と判断した可能性は考えられる。 また、名古屋場所の優勝インタビューでは最後に「安青錦らしく我慢強く相撲とって、また一番上の番付を目指していきます」と、今年春場所で一度挑戦した綱取りへの意欲を口にしている。目標を達成するため、他部屋力士との貴重な調整の場である巡業を休んでる場合ではないという思いなのかもしれない。
  4. #154854 | KON |
    始まりは短距離走 プライドは負けん気にも通じる。力士たちはみんな、この負けん気が強いが、とりわけ、負けることが大嫌いだったのが横綱朝青龍だった。 2003平成15年12月、九州場所後の九州各地を回る冬巡業中のことだった。宮崎県都城市の巡業会場の隣にあるグラウンドで、若い力士たちが面白半分、遊ぶ半分で30メートル競争を始めた。よくある光景と言っていい。 ただ、この30メートル走がちょっと違った色合いを帯びていたのは、この輪の中に朝青龍、白鵬という大相撲を背負って立つ大物、有望力士が加わっていたことだ。ちなみにこのとき、朝青龍は横綱になって5場所目。直前の九州場所では、惜しくも大関栃東(現玉ノ井親方)との千秋楽相星決戦に敗れて賜盃を逃したが、その前の秋場所には4回目の優勝をしている。年齢は23歳。伸び盛り、働き盛り、もうひとつ付け加えれば生意気盛りだった。 白鵬も、当時はまだ幕下だったが、九州場所、9枚目で6勝1敗の好成績を挙げ、翌場所、番付運に恵まれて18歳9カ月という戦後10番目(当時)の若さで十両昇進を決めている。こちらもやる気満々、上を目指して目をギラギラさせているときだった。 「いいか、行くぞ。それっ」 と番付頭の朝青龍の掛け声で力士たちはいっせいにスタートを切った。人一倍、体の大きな集団のかけっこだから、ドスドス、バタバタとまるで重戦車の総攻撃のような賑やかさだったが、ゴールインしてみると、トップはなんと幕下の白鵬で、言い出しっぺで足にも絶対の自信を持っていた朝青龍は微差の2位だった。 大いにプライドを傷つけられた朝青龍。いつものわがままで、「おかしいな。よし、もう1回やろう」と再戦を所望し、強引に名誉挽回の2回戦に持ち込んだ。ところが、またまた結果は白鵬が1位で、朝青龍はその後塵を拝することに。 「なんだ、つまらねえ」 と朝青龍が機嫌を悪くしたのは言うまでもない。このときから朝青龍の白鵬を見る目が違ってきた、と周辺は話している。のちに大相撲ファンを二分する“青白対決”の始まりだった。 月刊『相撲』平成26年2月号掲載
  5. #154802 | 相撲研究50年 |
    熊本地震 宇土出身の義ノ富士は帰省中の熊本で被災 「死ぬかと思いました」実家は半壊の被害、両親はまだ家に戻れず 熊本県宇土市出身の小結義ノ富士(25=伊勢ケ浜)が、被災した故郷を思いながら夏巡業に参加。 大相撲の夏巡業は2日、岐阜メモリアルセンター で愛ドームで初日を迎えました。 7月28日の熊本地震発生時は帰省中。 大きな揺れに死の恐怖を味わい、実家は半壊状態と大きな被害を受けた。 実家をサポートしつつ、関取として、復興を目指す地元を相撲で元気づけると誓った。 帰省中の故郷で、大きな揺れに襲われた。「死ぬかと思いました」。幸い、自身にも両親にもけがはなかった。 震度6強を観測した熊本県宇土市にある実家は、電気も水も止まった。 壁にはひびが入り、窓は外れて、はめられない。建物も傾いた。トイレも壊れ、コンビニのトイレを利用した。 「実家は半壊したみたいな感じです。墓石も倒れました」。周辺で電車が脱線するなど被害は広がっていた。 揺れの記憶は鮮明だ。 「ドーンって音がしてきて、それでガタガタって。最初縦揺れで…大変でした。久々にびびりました」。 10年前の熊本地震も経験している。 当時は中学3年。「10年前より死ぬと思いました」。 今回の方がはるかに恐怖は大きかった。 父で元競輪選手の草野信一さんが宇城市で営む「焼肉草野」も被害を受けた。電気が通っていた為、一時は寝泊まりする場所にもなった。 とはいえ、店内は皿やグラスが割れて散乱した。「店も当分は営業できないですね」。営業再開には時間がかかる見通しだ。 風呂を借りるため親戚宅へ向かうにも、普段は約30分の道のりが2時間かかった。 休業に追い込まれたガソリンスタンドも少なくなく、知人に頼んで燃料を入れてもらったこともあった。電波も悪く、心配する知人らへすぐに返信できなかった。 復旧作業を手伝った後、1日に岐阜入り。「昨日久々にホテルで安眠できました」と明かした。 実家は電気は復旧したが、水は出ていない。両親はまだ家に戻れていないという。 地元支援について問われると「自分の家がやられちゃったんで」と、まず家族の生活を立て直す現実を口にした。 一方で、地元の人々から「相撲で元気づけるように」と声をかけられた。 「それしかできないので。明るいニュースを届けられたら。10年前は2回大きな地震が来たので、これ以上ないように祈ります」。 故郷に少しでも明るい話題を届けるため、巡業の土俵に立つ。
  6. #154776 | KON |
    宇良関の塩蒔き、 相撲観戦仲間に 翔猿関と親しい人がいるので、宇良関との対戦の時に、60年以上前に話題になっていた『出羽錦vs若秩父』の対戦のように、方や大量の塩蒔き、方やほんのちょっとの塩蒔き……をして名物取組になって欲しいので… と言っても、やたら大量に蒔くのではなく、 往年の水戸泉や旭日松関のように闇雲に大量に蒔くと、旭日松関みたいに自分の蒔いた塩で滑って転んで負けることがあるし怪我する可能性もあるので、そうではなく、 塩を多めに右手で掴んで、 横に!右下から左斜め上に蒔くようにすると、見ていて美しいし、土俵上に蒔かれた塩が盛り上がって滑って危ない…ということも回避できそうです。 これが決まれば、これはこれで話題になって人気の一番となりそうですが 如何でしょう? と、伝えて貰うことにしました。 稀勢の里関の美しい塩蒔きの「下から上へ」と「右下から左斜め上へ」の画像を添付して翔猿関に見てもらうよう依頼しました。 私の要望通りになるか?? 秋場所以降、二人の対戦が楽しみです
  7. #154764 | KON |
    琴奨菊と豪栄道、そして稀勢の里の3親方には、親方として弟子たちを立派に育て上げ、現在の最強勢力である伊勢ヶ濱部屋勢に対抗していって、平成時代前半の二子山部屋勢vs武蔵川部屋勢のように 角界をもっと盛り上げてもらいたいですねえ。
  8. #154753 | 裁着け袴 |
    メジャーリーグのホームラン数のランキングで、アメリカの良識あるデータサイトでは、バリー・ボンズ、マーク・マグワイア、サミー・ソーサ、Aロッドのステロイド4兄弟を除いたランキングを公表しています。 大相撲においても、ガチンコ力士のみでの優勝回数ランキングが別立てで存在します。 それによれば 大鵬32回、北の湖24回、貴乃花22回、輪島14回、※双葉山12回、武蔵丸12回、曙11回、8位タイの10回に ※常ノ花&栃錦&初代若乃花&北の富士&照ノ富士。 ※は 年2場所時代なので、優勝回数を3倍した形が正当とみる向きもある。 注射相撲をすべて否定するわけではないが、別立てのランキングをもっと声を大にして公表すべき。
  9. #154751 | 裁着け袴 |
    2015年場所7日目(16日)の佐田の海戦、立ち合いで左の張り手を見舞うと、間髪入れず右ヒジで相手の顔面を強打。ひるんだ佐田の海を送り出して難なく仕留めた。花道を引き揚げる佐田の海の顔からは鮮血が流れていた。 2018年九州場所14日目の遠藤戦、白鵬の立ち合い一発のエルボー打ちで勝負あった。遠藤の巧みな相撲に期待していたであろうファンたちのため息がテレビ画面からも聞こえてきたものだ。目尻から頬骨にかけて流血していた遠藤の顔を見た桟敷席の女性客は泣き出していた。髷つかみや拳での殴打など、反則負けはいくつかあるが、それらと比較してもエルボー打ちの悪質度はまったく遜色ない。 2019年11月 エルボー・サポーターに疑惑の目がまたもや白鵬に向けられた。大相撲の横綱審議委員会が25日、両国国技館で開かれ、九州場所で歴代最多を更新する43回目の優勝を飾った横綱白鵬(34)がヤリ玉に挙げられた。そもそも傷めているはずの肘に厚手で表面がゴワゴワのサポーターを巻いてそれで肘打ちをしている横綱は なりふり構わない様子で横綱審議会の忠告などは何処吹く風か。 といった具合で、劇画で悪の限りを尽くす横綱播磨灘を彷彿とさせる白鵬だった。
  10. #154729 | KON |
    大相撲……この10年 ③ そして最も発奮したと言えるのが稀勢の里でしょう。 高校を出て入門した琴奨菊・豪栄道の二人と異なり、中学を出て15歳で角界入りした “たたき上げ”。17歳の若さで関取となり、まだ十両の頃から貴乃花親方に『今、上がってきた萩原という力士は強くなりますよ』と言わしめた逸材としてメキメキ台頭。平幕だった 2010平成22年九州場所では白鵬の連勝を63でストップさせる番狂わせを起こすなど早くから期待された存在でしたが、大関に上がってからは何度も何度も優勝争いに顔を出しながら、把瑠都や琴欧洲といった欧州の長身力士に弱く、その後もモンゴル出身力士たちの“モンゴル互助会”に優勝を阻まれ、挙げ句に琴奨菊・豪栄道に先を越されていました。 その稀勢の里が琴奨菊優勝の1年後となる 2017平成29年初場所、ついに30歳にして初の賜盃を抱きました。 表彰式での君が代斉唱の際に涙が溢れ、優勝力士インタビューでは『我慢して腐らずにやってきた。本当によかった!』と感極まり号泣。場所後、連続優勝ではなかったものの2016年の年間最多勝となるなど、ここ1年間を通しての安定感が評価され、場所後に第72代横綱へ昇進となりました。 稀勢の里は新横綱となった翌春場所で、先輩横綱日馬富士の土俵際での駄目押しにより、受け身の取れない格好で土俵下へ落ち、左大胸筋断裂という大怪我を負ってしまいました。 その大怪我を乗り越えて照ノ富士に本割と決定戦で連勝しての逆転優勝は日本中の大相撲ファンの感動を呼ぶ名勝負となりましたが、この怪我が最後まで響き、2年後には土俵を去ることになりました。 しかし、琴奨菊・豪栄道・稀勢の里…… この3人が、長く君臨したモンゴル勢の牙城を崩したことは相撲ファンの記憶に間違いなく刻まれました。 そして、御嶽海や貴景勝・朝乃山や正代という有力日本人力士があとに続くように賜盃を手にし、令和時代の土俵の隆勢につなげたと言えるでしょう。 豊昇龍と大の里が横綱として不甲斐ない成績でいる間に安青錦が台頭してきた今、元大関の高安にも賜盃を抱いて貰いたいが、高安に残された時間は そうながくはない。 おわり

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