大相撲のコメント部屋

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応援コメント一覧 全2,755件

  1. #155824 | KON |
    稽古総見……3 さらに、 若貴&曙武蔵の頃の稽古総見 若貴曙(若乃花・貴乃花・曙)が全盛期を迎えていた平成初期の横綱審議委員会による「稽古総見」の申し合いは、現在の基準からは想像もつかないほど「殺気」と「地響き」に満ちた凄絶なものでした。 当時の凄さを物語る、主な要素とエピソードは 横綱・大関が土俵を独占し、エンドレスに続く申し合い現代の稽古総見では各力士が数番ずつバランスよく取ることが多いですが、当時は勝った者が土俵に残り、負けた者が入れ替わる「申し合い(勝ち抜き)」が文字通りの真剣勝負でした。 土俵を譲らない執念: 貴乃花、曙、若乃花に加え、武蔵丸、貴ノ浪といった超強力なライバルたちが土俵の周りをびっしりと取り囲んでいました。 一度土俵に上がったら「絶対に降りない」という執念の塊のような申し合いが何十分も展開されました。 異次元の番数: 貴乃花や曙、武蔵丸らは、一日で40番から50番以上の申し合いを平気でこなす圧倒的な運動量を誇っていました。 おろしたての白いまわしが、その日の稽古が終わる頃には汗と泥、そして擦れた血で真っ黒に変色していたと言われています。 「決闘」と称された、曙と貴乃花の意地のぶつかり合い同期生(花の六三組)であり最大のライバルであった曙と貴乃花の申し合いは、稽古総見や出稽古のたびに「まるで決闘」と報道陣や関係者を戦慄させました。 本場所さながらの殺気: 互いに一切の手抜きを許さず、2メートル超の曙の強烈な突っ張りと、貴乃花の強靭な足腰によるがっぷり四つの攻防が繰り返されました。 血だらけの応酬: 激しいぶつかり合いによって、お互いに顔や体から血を流しながらも、息を切らして「もう一丁!」と睨み合い、どちらかが動けなくなるまで相撲を取り続けました。 若貴の師匠が課した「手をつくな!顔から落ちろ!!」の精神 若乃花と貴乃花の師匠であった藤島親方(元大関・貴ノ花)の教えは「手をつくな、顔から落ちろ」という非常に厳しいものでした。 この精神はライバルである曙にも影響を与えており、稽古総見で投げ飛ばされた際も、ケガを恐れて安全に手を突くのではなく、土俵に顔面から叩きつけられ、鼻血や顔面をすりむき出血しながらそれでも立ち上がり相手に向かっていくのが日常茶飯事でした。 平成時代に大関に上がった正代のように“稽古で怪我しては本末転倒”と稽古場で本気を出さない力士が増えてきていて、とても嘆かわしいことです。 “ 昭和の角聖 ” 双葉山の教え 『本場所は稽古のように、稽古場は本場所のように』という教えは、若貴兄弟&曙武蔵の時代を最後に潰えてしまったようです おわり
  2. #155823 | KON |
    稽古総見……2 ………… 今回の稽古総見のニュースを聞いたら、さぞかし北の富士さんがご機嫌斜めだったことでしょうね 北の富士さんが育てた千代の富士と北勝海が申し合いを始めると「もう、いつ終わるのか?と呆れるほどやってたよ」となります。 主に千代の富士と北勝海の申し合いは九重部屋で行なわれ、50番で終わることなどほとんどなく、時に100番、150番と続いて、昼飯の時刻などは大きく過ぎてしまい、午後1時を過ぎることもありました。ある時は春日野理事長と二子山事業部長が見学に来て感心しきり……ビデオの機械を持ち込んで協会の資料映像に残そうと相談していました。 千代の富士と北勝海は、稽古総見でも当たり前に二人での申し合いを30〜40番を取ってました。 つづく
  3. #155822 | KON |
    稽古総見………… 大相撲秋場所(13日初日・両国国技館)に向けた横綱審議委員会(横審)による稽古総見が4日、東京・両国国技館で行なわれ、横綱昇進に挑む大関霧島は申し合いで横綱大の里らと16番取って10勝6敗でした。 霧島は頭をつけて粘り強い取り口を見せ、大の里とは5勝6敗。 「自分の相撲を取ることを意識した」と話したが、前に出る積極性を欠いた。 横審の大島理森委員長(元衆院議長)は綱とりへの具体的な数字などの言及を避け「ファンの皆さまが納得できる結果を出してほしい」と述べた。 復活を期す大の里は15番で10勝5敗。相手を一気に運ぶ勝ち方はなかったものの、得意の右を差せば強さを発揮した。大関昇進を狙う関脇熱海富士は横綱、大関陣との申し合いにも入って16番。 攻める内容が目立ち、八角理事長(元横綱北勝海)は「馬力があり、強いという印象だ。 もうすぐに上がるということ」と高く評価した。 大関琴櫻は12番。 7月に右膝手術を受けた横綱豊昇龍は準備運動のみ。 先場所の覇者で大関に復帰した安青錦は左足首痛のため、この日は相撲を取らなかった。。。 つづく
  4. #155820 | KON |
    ハワイ旋風の再来 なるか? ? 大相撲の新弟子検査が4日、両国国技館で行なわれ、砂田昌宏ライダー(18)=武蔵川=は身長187cm、体重122kgで体格基準(167cm、67kg)を満たした。東京都江東区出身で、日本人の母と、米ハワイ出身の元十両の砂浜(本名ウイリアム・タイラー・ホプキンス)を父に持つ。 兄弟子に帯の結び方を教わる初々しさはのぞかせつつも、取材は一生懸命に日本語で対応し、目標は「貴乃花さんと私の父」と関取昇進を掲げた。 合否は秋場所(両国国技館)初日の13日。 「昌宏」は母方の祖父から、「ライダー」は父のミドルネームからもらった。 幼少期から父の取組は目にしており、プロの道をハワイの高校を卒業した5月からプロの道を志した。 父からは「頑張れ。腰を落として前にいけ」とエール。 同地出身の武蔵川親方(元横綱武蔵丸)のスカウトに応じ、6月に来日。 学生時代はレスリング最重量級でハワイ高校王者となり、アメフトでも活躍するなど運動能力は高い。 4人が受験したこの日の新弟子検査では、全体トップの背筋力217kgを記録。 入門からは約3カ月だが、押し、四つともに こなしているという。 ハワイの家では目の前が海で、壮大な自然が広がっていただけに「日本は木が少ない。ビルがいっぱい」と驚きは多いが、「日本の食べものは全部好き。中トロ、大トロ、納豆も食べれる」と日本食は合っている様子。 浮いてくる短い茶髪を難度も抑えながら、18歳は「相撲やりたいです」とデビューを心待ちにした。 小錦・曙・武蔵丸………… 昭和の終わりから平成前半にかけて、“ハワイ旋風”を巻き起こし、千代の富士・貴乃花・三代若乃花や魁皇・貴ノ浪・二代琴錦らを苦しめ、「ウルフ(千代の富士)フィーバー」や「若貴ブーム」の名脇役を演じました
  5. #155809 | Y |
    カーショウさんのユーチューブ見ました。とても感銘うけました。 大谷さんの本質を見抜いたカーショウさんもやはり一流ですね。大谷さんがまだエンジェルスの時にグランドのゴミ拾いポケットに入れていたの見てゴミ拾いする大谷さんにびっくりしたり、ひまわりの種はテレビで紙コップ持って殻をコップに入れていたのも見てました。回りの選手は皆ぺっぺとグランドに吐き出していたのに、お水のタンクから皆の水入れておいてあげたりそれもテレビで見ました。すごいなと思ってみてました。 いくら学校で教えられてもやらない人はやりませんから大谷さんの様にスタッフなどにも気配り出来る人は余りいないし、アメリカでそれを実行している大谷さんは誇りに思います。まだまだありますが長くなるし、今心配は腕は相当悪い様ですね。今日から休養とか言われてますが、様子見て選手をセーブするのも監督の役目なのに、デーブさんおそいよ!とか思ってます。 大谷さんのファンだった北の富士さんにもこのユーチューブ見てほしかったです。確かに北の富士さんは飲み方も粋できれい、そして人に好かれた人だったと思います。konさん教えて下さってありがとうございました。
  6. #155808 | KON |
    土俵祭り 開催 一般公開することになったそうです 9月12日(土曜日) 両国国技館にて 入場無料ですか先着順で 入場時間は 午前9時20分〜9時50分 9時50分以降は入場できません
  7. #155794 | KON |
    Yさん オータニさんの話ですが 「カーショーが語る大谷翔平と紙コップ」と検索すると、YouTubeの20分前後の映像を見ることができます。 カーショーらが語る「ショーヘイの一流てる本質は、実は、二刀流とか記録とかの数字や他人が見てるところでの部分ではない。それは……」と熱く語っています。 是非、このYouTubeを視聴してみてください。 “記録とかの数字や他人が見てるところでの部分ではなく…………” は、北の富士さんにも通じるところがあります。 誰かにご馳走になるのが当たり前という角界の “ごっつぁん体質” とは一線を画し、酒を奢られることを良しとせず自腹で飲むことが信条……という お酒の飲み方がとても綺麗な北の富士さん、3度の全勝優勝を含む幕内優勝10回という実績があるのに、けっして自慢はせずに他人の悪口も言わず自身の失敗談で話を盛り上げていた北の富士さん……、 誰からも好かれる人の共通点ですね。
  8. #155779 | KON |
    “小 よく 大を制す” ・・・・ 秋場所の新番付において 藤ノ川(21歳・伊勢ノ海部屋)が「小結」を飛び越えて 一気に 新関脇に昇進しました。。。 初土俵から22場所。。。 177cm.123kgの小兵ながら常に全力で前に出て相撲を取り、相撲勘も良く、先場所は前頭筆頭で横綱の豊昇龍と大の里を二日続けて破り、関脇琴勝峰らにも勝利しました。。。 父親の元前頭 大碇(おおいかり)=現在の甲山親方と同じ京都出身。。。 江戸時代、京都が山城国(やましろのくに)と呼ばれていた頃の1828文政11年10月場所の元大関の緋縅(ひおどし)以来、198年ぶりとなる「京都出身の関脇」誕生です。。。 注 : 緋縅は176cmながら、6代横綱阿武松、7代横綱稲妻と並び「文政の三傑」と呼ばれた怪力力士で江戸幕府11代将軍の徳川家斉による上覧相撲でも活躍した大関でした。
  9. #155751 | KON |
    もっと詳しく北の富士さんのことを…………という場合は 村松友視さんの著書 「北の富士流」 をアマゾンなどネットで入手するか、図書館で借りてみるといいと思います。 村松友視さんの「北の富士流」 目次をご紹介すると 第一章 北の富士前夜、北海道のけしき↵ 第二章 私と相撲の遠距離交際 ↵ 第三章 猛稽古と遊びの方程式 ↵ 第四章 出世みち三歩進んで二歩下がる ↵ 第五章 破門から初優勝への大逆転 ↵ 第六章 ライバル玉の海との出世競争と熱き 友情 ↵ 第七章 「夜の帝王」と「ネオン無情」の極 彩色 ↵ 第八章 横綱時代の万華鏡 ↵ 第九章 二横綱を育てた名伯楽の奥行き ↵ 第十章 北の富士流の試練 ↵ 第十一章 テレビ解説者の粋、華、情 ………… 読みたくなりますよねえ
  10. #155747 | KON |
    北の富士さん 「稽古しないで勝つのが一番格好いいんだ」と自ら言うほど、“努力する姿を見られる”ことが嫌いだった北の富士さん。 そのあたりは長嶋茂雄さんと似てますね。 酒も飲まず早寝早起きと記者たちには言い続けていた長嶋茂雄さんでしたが、自宅の地下室に広いバッティング練習スペースを設けてあって、ノーヒットに終わった試合の夜には夜中まで素振りをしていたという。。。 北の富士さんは、酒席では過去の栄光など誇らず、話題はもっぱら自らの失敗談。 現役時代、知人にもらった拳銃が実弾入りの本物で、慌てて両国橋から隅田川に捨てたんだけど、結局ばれて警察に呼ばれた。 大鵬さんと柏戸さんも同罪なんだけど、有名な二人は新聞記事になったけど “小者(こもの)”の俺は記事にもならなかった……とオチをつけて吐露。 引退相撲で断髪後にタキシードで土俵へあいさつに上がり、歌を披露して協会から叱られた。 ……などなど 山ほどある逸話を、面白おかしく語り、座を盛り上げてから同席していた記者たちに向かって 「俺は絶対に君たちより先に死なないぞ。後で何を書かれるか分からんからな」。と言い放っていた北の富士さん。。。 まあ、何を書いても、雲の上で笑って許してくれそうな顔ですよね この頃、おわり

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