大相撲のコメント部屋

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応援コメント一覧 全2,378件

  1. #150677 | KON |
    北の富士さんストーリー5 「西の方屋でね。佐田の山さんに道を譲ろうとしたら、佐田の山さんが『おめでとう』と言ってくれた。あのひと言、佐田の山さんの太くて小さい声だったけど、今も忘れられないねえ。前日の対戦は悪夢だったけど、あの言葉は本当に嬉しかった。そこで、少しジーンときたね」 佐田の山の引退はこの翌年、1968昭和43年三月場所でした。 4日目に高見山、5日目に麒麟児(のちの大関・大麒麟)に敗れ、2勝3敗となったところで引退を決意します。 直前の、1967昭和42年十一月場所、翌1968昭和43年一月場所と連続優勝を果たした横綱です。しかし、次の三月場所で序盤黒星が先行すると、突然の引退です。 当時、私は小学5年生でした。大相撲が大好きで、場所中は放課後の寄り道もせず、一目散に帰宅してテレビにかじりついていました。 三月場所6日目、佐田の山の引退をテレビで知りました。子ども心にも、あまりにもあっけなく信じられない幕引きに映りました。 この仕事を始めて、佐田の山さんと話ができるようになった時に、引退の時の心の内を訊いてみました。 「新聞や雑誌が当時、『4日目に、高見山に負けたことで引退を決意した』というふうに報道していたけど、それは違うんですよ。そうじゃない。もしも、高見山に負けたのが引き金だったら、その日に辞めていますよ。実はね、その1年も前から引退を考えていたんですよ。 1年前の三月場所、出羽海部屋から出て行くことになった北の冨士が優勝したでしょ。その14日目に、本場所で初めて北の冨士と対戦して、取り直しになったけど、結局負けてしまった。そのときですよ、引退が頭に浮かんだのは……。稽古場であれだけ叩きつけた弟弟子に負けてしまった。取り直しも含めて2番取って、どちらもその内容は負けた相撲ですよ。 あのときに『もう終わったな』と思いましたよ。北の富士本人には話したことはないけどね。事情があって、そこで引退とは言えませんでしたがね」 この佐田の山さんの証言を、北の富士さんに話したことがあります。 「えっ。そうなの。知らなかった。初めて聞いた。佐田の山さん本人からも、そんな話は聞いたことがないなあ。 つづく
  2. #150675 | KON |
    北の富士さんストーリー4 「悪夢ですよ。よりによって佐田の山さんと、なぜもう一番取らなきゃならないのか……。運命を恨みましたよ。でも、取り直しと決まってしまった。もう一丁、取るしかない。仕方がないよね。取り直しの仕切りも目を合わせることなくね。そして時間一杯。思いっきりぶつかったらまた左が入った。そして一気に出たんだよ。土俵際、今度も佐田の山さんの突き落としが来た。 でも、もたれ込んだ。土俵下の審判を見たけど、物言いはない。勝ったんだよね。勝てた。勝ち名乗りを受ける時も、茫然って感じだったかな。しかし、不思議なことはあるもんだねえ。稽古場では20番取って2〜3番しか勝てないのにね。そのときばかりは、なぜか勝ってしまうんだからねえ。信じられない気持ちでしたよ。 それよりも何よりも『終わってよかった』。うん、その気持ちのほうが強かったな。だから、はっきり言って、何の喜びも、何の感動もなかったね」 この日、北の冨士と優勝を争っていた大鵬が柏戸に敗れて2敗となります。そして、翌日の千秋楽、北の冨士は柏戸を肩透かしで破り、大関4場所目、破門独立となった最初の場所で幕内初優勝を決めました。 「このとき、結び前に優勝を決めて、勝ち残りで土俵下に腰を下ろすんだけど、喜びが湧いてくるわけでもないんだよね。感激というものがないんですよ。最近のお相撲さんだったらタオルで涙を抑えたりするよね。でも全然、こみ上げてくるものもなかった」 つづく
  3. #150674 | KON |
    北の富士さんストーリー 3 1965 昭和40年に「一門系統別総当たり制」が廃止され、「部屋別総当たり制」となっていました。部屋が異なれば佐田の山と対戦するのは必至です。もっとも、出羽海一門から破門された九重部屋は、この時すでに高砂一門ですから、「一門系統別総当たり制」が続いていても対戦は組まれたはずです。 呼出の声に促されて、西から横綱・佐田の山、東から大関・北の冨士が土俵に上がります。蔵前国技館は、異様な雰囲気に包まれました。 「仕切りを繰り返す最中も、何か上の空って言うのかな、集中できないんだよね。まるで、悪い夢でも見ているような。嫌な気分……うーん、というのとも違うかな。かと言って、いい気分なわけはない。闘志が湧いてくるなんてこともない。『夢だったらいいんだけどなあ』って考えながら、目も合わせず仕切っていたと思うねえ。 でもね、土俵下の呼出に『時間です』って言われた時には、ガッと何か、目が覚めたようにね。本能なのかな。 立合い、思いっきり当たっていったと思うよ。左が入って一気に持って行った。ところが、佐田の山さんにうっちゃられた。土俵際、もつれてね、微妙だった。ちょっと俺に分があるかなと思ったけどね。軍配は俺に上がった。しかし、物言いですよ。審判の協議が始まった。待つ間が長いんだよ。すんなり、そのまま軍配通り終わってくれと願っていたねえ」 その願いもむなしく、協議の結果、取り直しとなります。国技館が揺れるような歓声を耳にしながら、胸中は複雑でした。 つづく
  4. #150673 | KON |
    北の富士さん物語 2 奇跡的な白星もありながら、初日から12連勝として迎えた13日目。11勝1敗で追う大鵬との対戦でした。 「実はね、この場所前に、大鵬さんのところに胸を借りに出稽古に行っているんですよ。そのときに7連勝か8連勝したんだ、うん。で、大鵬さんが途中でね、『おまえどうしたんだ。すごく元気だな。今日のところは、このぐらいで勘弁してくれ』ってね。そもそも、大鵬さんに胸を借りても、10番に1番勝てるかどうかだったんだよ。 大鵬さんが連敗することなんて、稽古場でも見ることはなかったからね。その大鵬さんが『もう勘弁してくれ』なんて普段は言わないですよ。多少、冗談っぽくだったかもしれないけどね。でもねえ、自信はついたよね。それは確かだと思う」 ところが、大鵬の強さを改めて思い知らされます。 「13日目はね、『今回は勝てるかもしれない。いや、絶対に勝てる』って、自分に言い聞かせて臨んだと思うよ。めずらしく自信をもってね。でも、やっぱり全く相撲にならなかった。すぐに左四つに組み止められてね。いつもの『あっさり』ですよ。何もできなかった。 見えない力も、大鵬さんの前では役に立たなかったねえ。『やっぱり大鵬は違う。偉大な横綱だなあ』ってね。改めて感じたよね。他人事みたいにね」 続く14日目、いよいよ運命の日を迎えます。常に胸を借り、稽古をつけてもらった兄弟子、横綱・佐田の山との対戦です。 つづく
  5. #150672 | KON |
    北の富士さん物語 NHKの大相撲中継で実況と解説でコンビを組み、最も尊敬する52代横綱・北の富士勝昭さんについて藤井康生さんが描いた『粋 北の富士勝昭が遺した言葉と時代』。 今回は、北の富士さんが「相撲人生の中で最大の出来事」と何度も口にしていた、1967昭和42年の「出羽海部屋からの独立」後の初優勝の物語を、本書より一部抜粋、再構成してお届けする。 運命の初対戦と初優勝 そんな独立劇を乗り越えて、1967昭和42年三月場所を迎えます。 この15日間にも、北の富士さんが生涯忘れることのできないドラマがありました。 「1966昭和41年の九月場所後、バタバタで大関に昇進してから、俺も世間の目が気になるよね。だって『まさかの大関昇進』ですよ。世の中には『甘すぎる昇進』なんて言う人が大勢いたからね。大関昇進を認められていないような、そんな雰囲気もあった。 しかも、新大関の九月十一月、年が明けて一月、3場所続けて、10勝5敗ですよ。『クンロク(9勝6敗)』とは言われないけど、大関としては最低ラインだよね。 それでもって、またあの頃は大鵬さんが強すぎた。 言ってみれば、大鵬さんの2度目の全盛期ですよ。 ちょうど俺が大関に上がった頃、大鵬さん、6場所連続優勝だったかな。それが大鵬さん自身、2度目の6連覇だった。 優勝回数もあっという間に20回を超えてね。 そこにもってきて、柏戸さん、佐田の山関っているしね。佐田の山さんには、稽古でいつも胸を借りていたから、その強さはわかっているわけでしょ。その佐田の山さんでさえ簡単に優勝できない。そんなところに俺が割り込んでいけるわけがないよね。 ところがね、何だったんだろうね。あの場所は、何か目に見えないような力があったんだよね。火事場の馬鹿力じゃないけど。それはもう、勝った中にも危なっかしい相撲がいくつもあった。負けたと思った相撲でも、奇跡的に土俵際で粘って残してね、なぜか勝つんだよ。『また勝っちゃった』ってね。自分でも信じられないような相撲が何番かあったね。 俺にはそんな粘っこいところはないんですよ。だいたい何にしても淡白な方だからね。(小指を立てながら)これに対してもね。あっさりしているんですよ」 つづく
  6. #150655 | KON |
    今日、NHK福祉大相撲が行なわれ、国技館は賑わい、恒例の「女性歌手たちとのデュエット」で歌自慢の力士たちが笑顔で歌っていたようですね。 高安関が演歌歌手の杜このみさんと結ばれたのは、この福祉大相撲がきっかけだったようですね
  7. #150652 | 砂かぶり |
    去年はテレビ中継出来なかった大相撲トーナメントが明日、フジテレビ系列であります。 ケガを懸念してか、本場所と違いガチンコ80パーくらいの相撲に映りますが、高安連覇なるか! 解説は、湊川親方、北陣親方
  8. #150629 | KON |
    訂正    昭和以降の横綱の勝率 横綱在位中にどれだけ勝ち星を挙げたか?の勝率ランキングで   すみません! 玉錦と白鵬を記載し損ないました。 玉錦の勝率は .754 で全体の3位。 よって 3位と記した大の里が4位へ、 以下、朝青龍・大鵬・北の湖・栃錦・千代の富士がワンランクずつダウン。 そして 白鵬の勝率は .714 で全体の10位。  よって、表の9位だった佐田の山が11位、    以下すべてがワンランクダウンとなり、貴乃花と柏戸はランク外(21位と22位へ)となりました。 以上、昭和以降の横綱の在位中に何勝挙げたか  の勝率ランキングでした。
  9. #150624 | KON |
    横綱とは 本場所に出場し、堂々たる横綱土俵入りをお見せして、そして、横綱として対戦相手に対し “横綱相撲で圧倒する”、土俵への入場から土俵を降りてからの花道を退場し、支度部屋へ戻ってまで………。 すべて本場所に出場した上での所作。 そういった意味で、横綱が在位中にどれだけ勝ち星を挙げるかをカウント 「休場を負けとして、横綱在位中に何勝したか」すると意外な勝率ランキング・トップ20が現れました。 1 玉の海 .867 2 双葉山 .797 3 大の里 .750 4 朝青龍 .735 5 大 鵬 .722 6 北の湖 .719 7 栃 錦 .7157 8 千代の富士 .7151 9 佐田の山 .681 10 初代若乃花 .679 11 輪 島 .672   12 北の富士 .640 13 二代若乃花 .633 14 鏡 里 .632 15 双羽黒 .617 16 日馬富士 .613 17  曙   .600 18 豊昇龍  .589 19 貴乃花  .588 20 柏 戸  .586
  10. #150616 | KON |
    幕内土俵入りでの所作について 学生相撲からの角界入りだと、 大相撲の慣わし等の古くからの“意味のある所作”や 立ち合いで相手に合わせること・勝った後も相手に敬意を表すこと、勝って花道を下がる際に付け人に迎えられても笑顔など見せない……などよりも 勝負に勝つことを何より優先してきた相撲部出身者たちが多い。 根は深い問題です。 特に右利きが多い日本人力士の一部は、幕内土俵入りで東から土俵に上がる際に、右手で化粧まわしを持ち上げてしまい正面から撮っている全国放送のカメラでフンドシの前袋がまる見え……… というのが散見されます。 天覧相撲として天皇陛下が着座されてるのは確かに稀れなことですが、 正面側=北側のは方向には、地図にて まっすぐに北へ伸ばして辿っていくと、徳川家康公が祀られてる日光東照宮があります。 旧両國國技館が建てられた時から、真北から若干東へ寄った東照宮へ向けて土俵は造られています。 つまり、陛下がご臨場されてなくても家康公が見てる……という意味があります。 「太閤秀吉が好きだ…」とか「信長様が一番」とか…それぞれの好みはありましょうが、260年余りの天下安泰を形づくったおかげで、江戸時代の庶民が戦なき時代を楽しめ、京都相撲や大坂相撲を凌いで江戸の大相撲が繁栄し現在に至っているのも事実。 大相撲は徳川家康公のおかげで繁栄している。 だからこそ、家康公の御前での相撲…という意味であり、行司さんも向こう正面側に立ち、必ず正面を向いています。家康公のほうを向いていて、勝負の最中もほとんど正面に背を向けないことを強く意識されてます。 それ故、力士の動きの邪魔になることもしばしばありますが、正面に背や尻を向けないことに徹しています。 今日、相撲観戦仲間が翔猿関らとの宴席に同席するそうなので、翔猿関へ「幕内土俵入りの所作について」を話して貰い、所作が改善されるようお願いしました。

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