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昨日一番の好取組だった翠富士vs豊昇龍戦を、元大関琴風(尾車親方)が分析 苦手意識があったのかもしれない。「どう攻めたらいいのか」という迷いが豊昇龍にあった。両脇を固め、首から背中、腰が一本の矢のようになる本来の立ち合いが影を潜めた。両脇はガラ空き。もろ差しを許して腕をキメながら前に出ても、腰が高いから翠富士に残されてしまった。最後は無理な体勢で寄って、突き落としで逆転された。「どうしても勝ちたい」という気持ちが、全てを中途半端にさせてしまった結果だ。 四日目までは強いという印象を持っていたが、5日目に押し相撲の大栄翔、六日目に小兵力士に負けた。23歳。まだまだ勉強といったところか。負けて学ぶ相撲かな、だ。足元にある苦手を丁寧に克服していかないと先は見えてこない。 翠富士は“令和の鷲羽山”といっていい。小兵ながら鋭い出足があり、けたぐりという小技も持っていた。私も対戦するのが嫌だった。翠富士みたいな力士が幕内上位にいると相撲が楽しい。おもしろい力士が出てきたものだ。(尾車親方=元大関・琴風、スポーツ報知評論家) ・・・“まわり道した苦労人大関”尾車さんらしい分析で非常に分かりやすいですねえ。因みに、琴風vs鷲羽山は対戦成績3勝3敗でした。 どうやら豊昇龍は自分よりも小柄な力士を苦手としてきているようだ。 翠富士たとは昨年の名古屋場所でも秋場所でも翻弄され九州場所も勝つには勝ったが逆転の河津掛けでの辛勝でした。宇良や翔猿も苦手としていますね。
六日目、幕下の土俵で珍事? 『物言いの協議に水入り?』 幕下22枚目・鳴滝(伊勢ノ海)と幕下25枚目・西乃龍(境川)の一番で、土俵際もつれ合うように両者が落下。 物言い協議が終わらず延々と4分ほども続く間、行司の視線は右に左にそわそわ。 その後、取り直しとなったことに動揺したのか、行司が再び土俵に上がる際に足を踏み外す場面も見られた。 最初の取組で激しい突っ張りの応酬となり、土俵内を目まぐるしく動き回った鳴滝と西乃龍。 最後は頭から突っ込む鳴滝と 投げに出ようとする西乃龍がもつれ合い、土俵下へと同時に落下していった。結局、取り直しとなりました。 物言いの協議が長引いた有名な例は 角界では有名な「ヒゲの伊之助事件」。 月刊相撲 の語り部=元日本テレビアナウンサーにして相撲記者クラブ会友の 原 和男氏によると 1958昭和33年秋場所初日、結び前の横綱栃錦と平幕北の洋戦。取り口をサラリと言えば、立ち合い左差しを果たした北の洋が、栃錦を黒房下に寄り立てる。土俵に詰まった栃錦が左に回りながら左から突き落とせば、両者ほとんど同時に落ちた。勝負の流れ的には北の洋有利――と簡単だが、力士の気持ちを含めると、これはかなり深い勝負だった。 持ち前の鋭い立ち合いで踏み込んだ北の洋は、得意の左を差し込むと左四つ充分で激しく寄って出た。一気に寄られた栃錦は大きくのけぞりながらもヒザを深く曲げ、腰を落として必死にこらえつつ、右手で北の洋の首を巻くなどして体勢の挽回を図った。しかし、この機を逃したら勝ち目はないと北の洋も必死に寄って出る。そこで栃錦は土俵際左へ回りながら窮余の左の突き落としを放った。栃錦の体は宙に浮いて右足から飛び出し、北の洋の体は栃錦の左脇の下に泳いで右ヒジから落ちた(北の洋の証言による)。 裁く19代式守伊之助は、北の洋に上げかけていた軍配を、勝負を見届けた瞬間、大きく翻して栃錦に上げた。いわゆる回しウチワである。すかさず正面の春日山(元大関名寄岩)、向正面荒磯(元横綱照國)検査役から物言いがつき、湊川(元幕内十勝岩)、岩友(元幕内神東山)、伊勢ノ海(元幕内柏戸)が加わっての協議の結果、4対1で北の洋の勝ちと判定された。 だが、そこで伊之助が自分の判定を主張する前代未聞の抗議を行ったのだ。まさかの「逆物言い」に半ば唖然とする親方衆。伊之助がトレードマークのヒゲを震わせ、激昂、両手で土俵をたたいて抗議するに至って、蔵前国技館場内は騒然。伊勢ノ海検査役が「いい加減にしろ」と諌める声が土俵マイクからも聞こえる。騒ぎは13分にも及んだ。 このとき、佐渡ケ嶽親方(元小結琴錦)を解説者として実況中継をしていた私は、それほど問題ない勝負と見ていただけに、この大物言いの場面をどうやってつなげばいいか、苦労した。 そうこうしているうちに、「ビックリ写真が出来上がったぞ」というスタッフの声が耳に入った。 当時はもちろんビデオなどなく、土俵上の勝負の映画は相撲協会映画部にのみ撮影が許されていたので、我々はそれよりコマ落ちの分解写真を、放送の参考資料としていたのである。 それを見ると、完全に北の洋の流れで決まったような取り口が、九分九厘九毛来たところでなんと体勢が入れ代わり、勝負が鮮やかに逆転しているではないか。私は伊之助の目の正しさと栃錦相撲の神秘を感じざるを得なかった。しかしこれを説明する暇なく土俵は結びの一番へ。 私は翌日早速、「行司の権限を超えた行動」を取ったとして出場停止となった伊之助の自宅を訪ね、自分の不明を詫びると同時に、行司の置かれたつらい立場に想いを致したのでした。 ・・・貴ノ花vs北の富士も毎場所のように勝負がもつれて物言いばかりでしたね
隠岐の海が引退を決めたようです。 島根県隠岐の島町出身の隠岐の海(37)=八角部屋、本名・福岡歩=が現役引退の意向を固めたことが13日、関係者の話で分かった。 離島出身の名力士が引退へ 初土俵は2005年初場所で、2010年春場所で新入幕。2015年春場所で関脇に昇進した。殊勲賞と敢闘賞を合わせた三賞の獲得は通算5回。 西前頭12枚目で臨んだ初場所では初日から5日目まで全敗。六日目の13日には休場し、このまま再出場しなければ10年秋場所以来の十両転落が決定的となっていた。 隠岐の海関は、既に『年寄 君ヶ濱』を取得していますので、現役引退するのに何の支障もありません。 孫弟子だから……と、あえて散々こき下ろされた北の富士さんも、エールを送ってくれることでしょう。
高安 右脚のスネのあたりの「骨挫傷」とのこと。 首から脛椎……でなかったので 脚の挫傷なら、ゆっくり休めば春場所には出場できるでしょう。 それより、北の富士さんが咳ばかりしてますね。ラジオ解説での、マイクに苦しそうに咳してるのが聞こえ洩れてきてます。
うわー高安休場かい! 相撲みていて休んだ方がいいねと話してはいたけど、今度こそ賜杯抱いてもらいたいと応援してたから、ショックだわ。 なんだか優勝には縁がうすいね。 さてもう一人は調子いいから、応援しているが言うと負けそうだから言わない! あっ誰も興味ないね。
隠岐の海も休場…… 隠岐の海は番付が十両まで落ちてしまうことが必至。 隠岐の海は既に年寄名跡を保有してますが、高安は持っていません。 現役力士で年寄名跡を保有しているのは阿武咲・遠藤・隠岐の海の3名だけらしいので、あちこち故障だらけでも、借り株をしなくては辞めるに辞められない。 いい加減に定年延長して協会に居残ってる方々には本名の苗字を名乗ってもらい、年寄名跡を手離して貰うか、現在105ある年寄名跡の数を5~10ほど増やして欲しい。
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あれ、昨日ラジオ北の富士さんだったんだね。
聞き逃してしまった!残念だな。KONさんラジオはどうして調べるのかい?
新聞かな?
昨日一番の好取組だった翠富士vs豊昇龍戦を、元大関琴風(尾車親方)が分析
苦手意識があったのかもしれない。「どう攻めたらいいのか」という迷いが豊昇龍にあった。両脇を固め、首から背中、腰が一本の矢のようになる本来の立ち合いが影を潜めた。両脇はガラ空き。もろ差しを許して腕をキメながら前に出ても、腰が高いから翠富士に残されてしまった。最後は無理な体勢で寄って、突き落としで逆転された。「どうしても勝ちたい」という気持ちが、全てを中途半端にさせてしまった結果だ。
四日目までは強いという印象を持っていたが、5日目に押し相撲の大栄翔、六日目に小兵力士に負けた。23歳。まだまだ勉強といったところか。負けて学ぶ相撲かな、だ。足元にある苦手を丁寧に克服していかないと先は見えてこない。
翠富士は“令和の鷲羽山”といっていい。小兵ながら鋭い出足があり、けたぐりという小技も持っていた。私も対戦するのが嫌だった。翠富士みたいな力士が幕内上位にいると相撲が楽しい。おもしろい力士が出てきたものだ。(尾車親方=元大関・琴風、スポーツ報知評論家)
・・・“まわり道した苦労人大関”尾車さんらしい分析で非常に分かりやすいですねえ。因みに、琴風vs鷲羽山は対戦成績3勝3敗でした。
どうやら豊昇龍は自分よりも小柄な力士を苦手としてきているようだ。
翠富士たとは昨年の名古屋場所でも秋場所でも翻弄され九州場所も勝つには勝ったが逆転の河津掛けでの辛勝でした。宇良や翔猿も苦手としていますね。
六日目、幕下の土俵で珍事?
『物言いの協議に水入り?』
幕下22枚目・鳴滝(伊勢ノ海)と幕下25枚目・西乃龍(境川)の一番で、土俵際もつれ合うように両者が落下。
物言い協議が終わらず延々と4分ほども続く間、行司の視線は右に左にそわそわ。
その後、取り直しとなったことに動揺したのか、行司が再び土俵に上がる際に足を踏み外す場面も見られた。
最初の取組で激しい突っ張りの応酬となり、土俵内を目まぐるしく動き回った鳴滝と西乃龍。
最後は頭から突っ込む鳴滝と 投げに出ようとする西乃龍がもつれ合い、土俵下へと同時に落下していった。結局、取り直しとなりました。
物言いの協議が長引いた有名な例は
角界では有名な「ヒゲの伊之助事件」。
月刊相撲 の語り部=元日本テレビアナウンサーにして相撲記者クラブ会友の 原 和男氏によると
1958昭和33年秋場所初日、結び前の横綱栃錦と平幕北の洋戦。取り口をサラリと言えば、立ち合い左差しを果たした北の洋が、栃錦を黒房下に寄り立てる。土俵に詰まった栃錦が左に回りながら左から突き落とせば、両者ほとんど同時に落ちた。勝負の流れ的には北の洋有利――と簡単だが、力士の気持ちを含めると、これはかなり深い勝負だった。
持ち前の鋭い立ち合いで踏み込んだ北の洋は、得意の左を差し込むと左四つ充分で激しく寄って出た。一気に寄られた栃錦は大きくのけぞりながらもヒザを深く曲げ、腰を落として必死にこらえつつ、右手で北の洋の首を巻くなどして体勢の挽回を図った。しかし、この機を逃したら勝ち目はないと北の洋も必死に寄って出る。そこで栃錦は土俵際左へ回りながら窮余の左の突き落としを放った。栃錦の体は宙に浮いて右足から飛び出し、北の洋の体は栃錦の左脇の下に泳いで右ヒジから落ちた(北の洋の証言による)。
裁く19代式守伊之助は、北の洋に上げかけていた軍配を、勝負を見届けた瞬間、大きく翻して栃錦に上げた。いわゆる回しウチワである。すかさず正面の春日山(元大関名寄岩)、向正面荒磯(元横綱照國)検査役から物言いがつき、湊川(元幕内十勝岩)、岩友(元幕内神東山)、伊勢ノ海(元幕内柏戸)が加わっての協議の結果、4対1で北の洋の勝ちと判定された。
だが、そこで伊之助が自分の判定を主張する前代未聞の抗議を行ったのだ。まさかの「逆物言い」に半ば唖然とする親方衆。伊之助がトレードマークのヒゲを震わせ、激昂、両手で土俵をたたいて抗議するに至って、蔵前国技館場内は騒然。伊勢ノ海検査役が「いい加減にしろ」と諌める声が土俵マイクからも聞こえる。騒ぎは13分にも及んだ。
このとき、佐渡ケ嶽親方(元小結琴錦)を解説者として実況中継をしていた私は、それほど問題ない勝負と見ていただけに、この大物言いの場面をどうやってつなげばいいか、苦労した。
そうこうしているうちに、「ビックリ写真が出来上がったぞ」というスタッフの声が耳に入った。
当時はもちろんビデオなどなく、土俵上の勝負の映画は相撲協会映画部にのみ撮影が許されていたので、我々はそれよりコマ落ちの分解写真を、放送の参考資料としていたのである。
それを見ると、完全に北の洋の流れで決まったような取り口が、九分九厘九毛来たところでなんと体勢が入れ代わり、勝負が鮮やかに逆転しているではないか。私は伊之助の目の正しさと栃錦相撲の神秘を感じざるを得なかった。しかしこれを説明する暇なく土俵は結びの一番へ。
私は翌日早速、「行司の権限を超えた行動」を取ったとして出場停止となった伊之助の自宅を訪ね、自分の不明を詫びると同時に、行司の置かれたつらい立場に想いを致したのでした。
・・・貴ノ花vs北の富士も毎場所のように勝負がもつれて物言いばかりでしたね
大栄翔も何気に強いですね!
流石は一昨年の初場所の優勝者!
これからも頑張って下さい♪
隠岐の海が引退を決めたようです。
島根県隠岐の島町出身の隠岐の海(37)=八角部屋、本名・福岡歩=が現役引退の意向を固めたことが13日、関係者の話で分かった。
離島出身の名力士が引退へ
初土俵は2005年初場所で、2010年春場所で新入幕。2015年春場所で関脇に昇進した。殊勲賞と敢闘賞を合わせた三賞の獲得は通算5回。
西前頭12枚目で臨んだ初場所では初日から5日目まで全敗。六日目の13日には休場し、このまま再出場しなければ10年秋場所以来の十両転落が決定的となっていた。
隠岐の海関は、既に『年寄 君ヶ濱』を取得していますので、現役引退するのに何の支障もありません。
孫弟子だから……と、あえて散々こき下ろされた北の富士さんも、エールを送ってくれることでしょう。
翠富士戦、取り直しだろう!!
おかしな審判だな!
高安
右脚のスネのあたりの「骨挫傷」とのこと。
首から脛椎……でなかったので
脚の挫傷なら、ゆっくり休めば春場所には出場できるでしょう。
それより、北の富士さんが咳ばかりしてますね。ラジオ解説での、マイクに苦しそうに咳してるのが聞こえ洩れてきてます。
うわー高安休場かい!
相撲みていて休んだ方がいいねと話してはいたけど、今度こそ賜杯抱いてもらいたいと応援してたから、ショックだわ。
なんだか優勝には縁がうすいね。
さてもう一人は調子いいから、応援しているが言うと負けそうだから言わない!
あっ誰も興味ないね。
隠岐の海も休場……
隠岐の海は番付が十両まで落ちてしまうことが必至。
隠岐の海は既に年寄名跡を保有してますが、高安は持っていません。
現役力士で年寄名跡を保有しているのは阿武咲・遠藤・隠岐の海の3名だけらしいので、あちこち故障だらけでも、借り株をしなくては辞めるに辞められない。
いい加減に定年延長して協会に居残ってる方々には本名の苗字を名乗ってもらい、年寄名跡を手離して貰うか、現在105ある年寄名跡の数を5~10ほど増やして欲しい。
高安 休場!
怪我の具合が芳しくないとのこと。
首から脛椎にかけて
そして足首もか?
平幕に逆戻りとなりますが、怪我を治してもう一度這い上がって来て欲しいですねえ。