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白鵬が日本国籍を取得したとか。 2020東京オリンピックに現役横綱として参加したい意向が強いようです。 その白鵬が、大相撲史上14名しか達成していない「幕内勝率八割五分」にあと少し。 あと22連勝すれば到達です。 数年前まではもっと高率で、2014年九州場所終了時点で巻くうち勝率.8506だったのですが、この5年間で、66勝12敗12休→62勝13敗15休→56勝9敗→31勝8敗51休→37勝7敗16休 と 勝率を下げ、 現在は.847に甘んじています。 幕内勝率 歴代ランクで 勝率.850以上は14名のみ。 そのうち勝率 9割以上☆は、わずか7名、 <現存する最古の番付表1757宝暦7年以降> ☆3位 .949 谷 風 梶之助 258勝-14敗 (16分-・16預-・5無勝負) ☆5位 .917 小野川 喜三郎 144-13 (4-・9-・3) ☆1位 .962 雷 電 為右衛門 254-10 (2-・14-・5) 14位 .854 勢見山 兵右衛門41-7-70休(10-1-5) 11位 .867 三代 玉垣 額之助 189-29-31休(9-10-11) .813 柏 戸 宗五郎 156-36-54休(9-12-11) .821 四代 玉 垣 額之助119-27-62休(13-1-14) .810 柏 戸 利助 158-37 (7-・5-・16) .822 劔山 谷右エ門143-31-148休(22-6-5) .842 秀ノ山 雷五郎112-21-96休(33-2-0) ☆6位 .909 稲 妻 雷五郎 130-13 (14-・3-・1) ☆4位 .946 陣 幕 久五郎 87-5 (17-・3-・0) .837 境川 浪右衛門118-23-63休(71-5-0) .821 阿武松 緑之助142-31-37休(24-8-1) .842 雷電 震右衛門96-18-96休(15-5-0) <明治以降> 13位 .856 鬼面山谷五郎143-24-63(16-8-0) ☆2位 .951 初代 梅ヶ谷 藤太郎 116-6 (18-・2-・0) .832 小錦八十吉119-24-101休(9-7-0) ☆6位 .909 常陸山 谷右衛門 150-15 (22-・2-・0) 12位 .862 二代 梅ヶ谷 藤太郎 168-27-49休 9位 .87838 太刀山 峰右衛門 195-27 (10-・5-・0) 10位 .87831 栃木山 守也 166-23 (7-・4-・0) 8位 .881 大錦 卯一郎119-16-32休(3-・0-・0) .792 常ノ花 寛市 221-58 (8-・6-・0) 昭和以降では .770 玉 錦 三右衛門 308-92 (3-・0-・0) .802 双葉山 定次 276-68 (1-・0-・0) .773 羽黒山 政司 321-94 (1-・0-・0) .749 照 國 萬蔵 271-91-74休 .716 栃 錦 清隆 513-203 (1-・0-・0) .699 初代 若乃花 幹士 546-235 (4-・0-・0) 年6場所制確立以降 .714 柏 戸 剛 599-240 .838 大 鵬 幸喜 746-144 .680 玉の海 正洋 469-221 .668 北の富士 勝昭 592-294 .744 輪 島 大士 620-213 .765 北の湖 敏満 804-247 .761 千代の富士 貢 807-253 .741 曙 太郎 566-198 .764 貴乃花 光司 701-217 .726 武蔵丸 光洋 706-267 .796 朝青龍 明徳 596-153 .847 ※白 鵬 翔 1038勝187敗140休 あと22連勝で 勝率.850到達
昨日の稽古総見、王貞治さんがいらしたようです。 「大相撲の継承発展を考える有識者会議」のメンバーとして、土俵まわり 東側の特設椅子席に座っていたそうです。 稽古を見届けた王さんは、『いつもはテレビで見ていたけど迫力が違う。両横綱の稽古を見ると、横綱はず抜けているのだとわかった』と語り、午後から開かれた有識者会議では、『限界を超えた稽古が必要だと感じた』と話し、ジャイアンツでの現役時代に荒川コーチから受けた1000本ノックの猛練習を思い出していたそうです。 また、西側の特設椅子席で視察していた北の富士さんは 『貴景勝の復調?うーん…、まだまだ遠いねえ。体がやっぱり…大関に上がった時の、はち切れそうな感じではなく、緩んでいる感じだな。秋場所まであと1週間、ちょっとなあ…もう少し時間が欲しいな、今日の稽古を見た限りでは。ただ、押し相撲は調子に乗ると良くなる。やっぱり大事なのは前半戦でしょう。実際、押し相撲は稽古が足りないと自信もつかないし…なんとも言えないなぁ』 と語って国技館をあとにしたそうです。
昨日の横審稽古総見。 早朝から蒸し暑かったけど、雨も降らず、朝の6時半に両国に着いたのですが既に国技館正面玄関前には1000人以上が列をなしていました。私たちは国技館敷地内の西側通路に誘導されて列に並びましたが、7時半の開場まで、観覧希望の方々がどんどん増えて、3000人は超えていました。 中に入ると、やはりみなさんご存知のようで、正面側の舛席は概ね満員。でも諦めずに正面舛席の11列目をふた舛を確保。向こう正面や東西の舛席も徐々に埋まってきましたが、本場所との大きな違いは、外国人客の少ないこと。4〜50人くらいしか見られませんでした。コアなって相撲ファンっていうか、相撲の核心を好きな日本人相撲ファンで、我々が陣取った舛席の周りにも、「みなさん詳しいなあ」って感心するような会話が聞こえてきました。 幕下力士の稽古が始まり、申し合い稽古・ぶつかり稽古。納谷や豊将龍、富栄、若隆元、元亀、琴手計、ベテランの富士東らが、何度も土俵に上がって、四股名が場内アナウンスでコールされ、汗だくになって稽古していました。 西側舛席最前列の前に置かれた折りたたみ椅子に親方衆が陣取り稽古を観察。九重親方、藤島親方、芝田山親方らがじっくり稽古をみていましたが、その横に座っていた春日野理事と鏡山理事が、土俵にはほとんど目をくれず、何やらずっと話し込んでいました。何かまた悪い相談をしているような・・ 密談に夢中な二人から四席分空いた席に、濃紺の和服に身を包んだ北の富士さんが腕を組みながら稽古観察をされていました。黙って座っているだけで格好いい粋なおじさまでした。 取り的(幕下以下)の黒まわしに代わって、白まわしを締めた関取たちが入場してくると雰囲気は一変。 その、十両力士の稽古が始まる頃には、やや遅れてきた仲間がみな揃って観覧。 三役力士たちの稽古になると、ぶつかりや申し合いに加えて三番稽古も見られました。 その間、白鵬は西側土俵下でストレッチやすり足といった入念な準備運動で汗びっしょり。鶴竜は東側土俵下ですり足と腕立て伏せ100回以上。大関たちにそんな動きは見られない。途中で炎鵬や石浦が何度も白鵬に水をつけ(柄杓で水を汲んで渡して白鵬が飲む。)ていました。 すると、急に白鵬が花道を通って引っ込んでしまいました、そこで、すぐ後ろの舛席にいたおばちゃま二人が、けっこう大きな声で 「あら、白鵬が帰っちゃったわ。土俵に上がらないのかしら?」 『違うわよ、水を飲み過ぎちゃったからオシッコに行ったんじゃないの?』 「そうよねえ、あんなに立て続けに水を飲まされたらねえ」 吹き出してしまった私が振り返ると、楽しそうに笑っていらっしゃいました。 しばらくして膝にサポーターをして戻ってきた白鵬が、準備運動再開。 御嶽海や大関高安、栃ノ心や豪栄道ら大関が土俵に上がり、幕内力士たちに胸を出してのぶつかり稽古。 鶴竜が遠藤を指名して三番稽古。 そして白鵬登場。 初対決で土をつけられた阿炎を指名して三番稽古。さらに、関脇に陥落し、秋場所で復帰を目指す貴景勝を指名して三番稽古。ぶつかりの胸も出して貴景勝を可愛がる。息も絶え絶えの貴景勝、起き上がるのがもたもたしてきたが、白鵬は容赦しない。「貴景勝ぉー!頑張れ!そんなじゃ二桁勝てないぞっ」と声援が飛ぶ。白鵬を押し切れないこと10回以上、ようやく白鵬を土俵の外へ押し切った場面では、館内は拍手喝さい。「やればできるぞ!俺がついてるぞ」と声援も飛びました。 これで稽古総見は終了。時間は午前11時。 3大関の稽古量が少ないのが気になりました。 あとは、勢の姿が見えず、朝乃山もほとんど土俵に上がってない。怪我なら仕方ないけど、ガツガツ稽古しないとねえ。 幕内に上がってきた朝青龍は、土俵を独占、親方衆から、「おい、いい加減に土俵を降りろ!お前だけの稽古場じゃないんだ」と、毎回、たしなめられていました。 稽古終了後、私たちは皆、色紙とマジックを手に、出待ち出来る西側通路や、親方たちが退場する正面玄関前へ、 私ともう一人は、正代や錦木からサインを貰いました。 正面玄関前で待機してた仲間(30代女性)は北の富士さんと握手したらしく、感動して涙目でした。 30〜40分後に相撲博物館で集合。展示されている稀勢の里・隆の里・初代若乃花にまつわる「綱の継承」を観覧。超満員の展示会で、あんなに相撲博物館が混んだのを私は知りません。 すべて終了して、さあ昼ご飯。 両国駅南の串カツ屋さんで2時間半。たっぷり飲食して解散。 楽しかった、暑かった、面白かった、一日でした。
明日の朝、国技館で“横綱審議会稽古総見”を観てきます。 館内の相撲博物館では 「横綱の系譜 ―若乃花(初代)、隆の里、そして稀勢の里―」 . 展示期間 令和元年(2019)8月19日(月)~9月27日(金) 72代横綱・稀勢の里の師匠は59代横綱・隆の里、その師匠が45代横綱・若乃花(初代)にあたります。 平成29年(2017)一月場所で初優勝し、横綱に昇進した稀勢の里。明治神宮で行われた横綱推挙式では、若乃花(初代)が使用した化粧廻しを締めて横綱土俵入りを奉納しました。また、土俵入りの型は若乃花(初代)と同じ雲龍型で、若乃花(初代)に対する特別な思いが感じられます。 いよいよ稀勢の里の断髪式が九月場所後に行われ、改めて力士生活を終えます。今回は稀勢の里につながる横綱の系譜として、若乃花(初代)、隆の里の3横綱に注目します。人気を誇ったそれぞれの時代に思いをはせていただければ幸いです。 45代横綱 若乃花幹士(初代) 1 45代横綱 若乃花幹士(初代) 青森県弘前市出身。179cm、105kg。右上手投げや豪快な呼び戻しを得意とし、昭和33年(1958)1月に2度目の優勝を果たして横綱昇進。栃錦とともに「栃若時代」を築き上げ、戦後の相撲界を盛り上げた。優勝10回。 2 59代横綱 隆の里俊英 青森県青森市(旧浪岡町)出身。182cm、159kg。右四つに組んで両廻しを引きつけての寄り・つりを得意とした。特に千代の富士に相性が良く、土俵を盛り上げた。昭和58年(1983)7月、30歳9ヶ月で横綱昇進。優勝4回。 3 72代横綱 稀勢の里寛 茨城県牛久市出身。188cm、175kg。平成16年(2004)5月、史上2位の若さ(17歳9ヶ月)で関取昇進。平成29年一月場所で初優勝を果たし、約19年ぶりの日本出身横綱となって日本中を湧かせた。優勝2回。 4 若乃花幹士(初代)使用の化粧廻し三つ揃い 金糸で織られた化粧廻しに、獅子頭と花があしらわれる。横綱昇進した稀勢の里は、平成29年1月27日の横綱推挙式で、この化粧廻しを締めて横綱土俵入りを奉納した。 5 若乃花幹士(初代)使用の赤綱 3.7kg。横綱が還暦を迎えると、パーティーなどの場で赤い綱を締めて土俵入りが披露されることがある。昭和63年(1988)4月24日、年寄・二子山(元若乃花(初代))の還暦土俵入りが国技館で行われた。 6 隆の里俊英使用の化粧廻し三つ揃い 隆の里の出身地・浪岡の風景が描かれている。昭和61年(1986)5月31日に国技館で行われた引退相撲でこの化粧廻しを締めた。 7 隆の里俊英使用の不知火型横綱 6.3kg。隆の里の昇進により、北の湖(55代)、千代の富士(58代)に加えて3横綱となった。不知火型土俵入りは、年寄・佐渡ヶ嶽(53代横綱・琴櫻)に指導を受けた。 稀勢の里寛使用の化粧廻し三つ揃い 8 稀勢の里寛使用の化粧廻し三つ揃い 平成29年(2017)5月6日に行われた横綱昇進披露宴で初めて披露されたものの一つ。牛久市の花である菊、市の鳥である鶯(うぐいす)のほか、牛久沼や筑波山がデザインされている。 このほか、若乃花幹士(初代)や隆の里俊英の手形、稀勢の里寛使用の横綱や締込など、約90点の資料を展示。 これもじっくり観てきます。 明日は 我々相撲観覧仲間 30代~60代 男女 6名で楽しんできます。
NHKのサタデースポーツを見ましたが 鶴竜と白鵬がバスケの国際試合のゲストでした♪ 私はその時間はTBSのボクシング世界戦(名古屋) 田中恒成VSゴンザレス(プエルトリコ)を見ました! 7ラウンドで田中がTKOで勝ちました! 7月は鶴竜の裾払い、8月は田中のボディーブロー 名古屋の皆さんには盛り上がった熱い夏です♪
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白鵬が日本国籍を取得したとか。
2020東京オリンピックに現役横綱として参加したい意向が強いようです。
その白鵬が、大相撲史上14名しか達成していない「幕内勝率八割五分」にあと少し。
あと22連勝すれば到達です。
数年前まではもっと高率で、2014年九州場所終了時点で巻くうち勝率.8506だったのですが、この5年間で、66勝12敗12休→62勝13敗15休→56勝9敗→31勝8敗51休→37勝7敗16休 と 勝率を下げ、
現在は.847に甘んじています。
幕内勝率 歴代ランクで 勝率.850以上は14名のみ。 そのうち勝率 9割以上☆は、わずか7名、
<現存する最古の番付表1757宝暦7年以降>
☆3位 .949 谷 風 梶之助 258勝-14敗 (16分-・16預-・5無勝負)
☆5位 .917 小野川 喜三郎 144-13 (4-・9-・3)
☆1位 .962 雷 電 為右衛門 254-10 (2-・14-・5)
14位 .854 勢見山 兵右衛門41-7-70休(10-1-5)
11位 .867 三代 玉垣 額之助 189-29-31休(9-10-11)
.813 柏 戸 宗五郎 156-36-54休(9-12-11)
.821 四代 玉 垣 額之助119-27-62休(13-1-14)
.810 柏 戸 利助 158-37 (7-・5-・16)
.822 劔山 谷右エ門143-31-148休(22-6-5)
.842 秀ノ山 雷五郎112-21-96休(33-2-0)
☆6位 .909 稲 妻 雷五郎 130-13 (14-・3-・1)
☆4位 .946 陣 幕 久五郎 87-5 (17-・3-・0)
.837 境川 浪右衛門118-23-63休(71-5-0)
.821 阿武松 緑之助142-31-37休(24-8-1)
.842 雷電 震右衛門96-18-96休(15-5-0)
<明治以降>
13位 .856 鬼面山谷五郎143-24-63(16-8-0)
☆2位 .951 初代 梅ヶ谷 藤太郎 116-6 (18-・2-・0)
.832 小錦八十吉119-24-101休(9-7-0)
☆6位 .909 常陸山 谷右衛門 150-15 (22-・2-・0)
12位 .862 二代 梅ヶ谷 藤太郎 168-27-49休
9位 .87838 太刀山 峰右衛門 195-27 (10-・5-・0)
10位 .87831 栃木山 守也 166-23 (7-・4-・0)
8位 .881 大錦 卯一郎119-16-32休(3-・0-・0)
.792 常ノ花 寛市 221-58 (8-・6-・0)
昭和以降では
.770 玉 錦 三右衛門 308-92 (3-・0-・0)
.802 双葉山 定次 276-68 (1-・0-・0)
.773 羽黒山 政司 321-94 (1-・0-・0)
.749 照 國 萬蔵 271-91-74休
.716 栃 錦 清隆 513-203 (1-・0-・0)
.699 初代 若乃花 幹士 546-235 (4-・0-・0)
年6場所制確立以降
.714 柏 戸 剛 599-240
.838 大 鵬 幸喜 746-144
.680 玉の海 正洋 469-221
.668 北の富士 勝昭 592-294
.744 輪 島 大士 620-213
.765 北の湖 敏満 804-247
.761 千代の富士 貢 807-253
.741 曙 太郎 566-198
.764 貴乃花 光司 701-217
.726 武蔵丸 光洋 706-267
.796 朝青龍 明徳 596-153
.847 ※白 鵬 翔 1038勝187敗140休 あと22連勝で 勝率.850到達
魁勝は魁皇の内弟子として入門したが、入門時は友綱部屋だった。
従って今場所はかつての兄弟子である旭秀鵬、魁聖、旭大星と対戦する事になる。
豊山関が結婚しましたね
6歳年上の姉さん女房の綺麗な方です
豊山関の一目惚れだったそうです
幕内にまた上がった事だし。
奥さんの為にも奮起して、活躍して欲しいです
昨日の稽古総見、王貞治さんがいらしたようです。
「大相撲の継承発展を考える有識者会議」のメンバーとして、土俵まわり 東側の特設椅子席に座っていたそうです。
稽古を見届けた王さんは、『いつもはテレビで見ていたけど迫力が違う。両横綱の稽古を見ると、横綱はず抜けているのだとわかった』と語り、午後から開かれた有識者会議では、『限界を超えた稽古が必要だと感じた』と話し、ジャイアンツでの現役時代に荒川コーチから受けた1000本ノックの猛練習を思い出していたそうです。
また、西側の特設椅子席で視察していた北の富士さんは
『貴景勝の復調?うーん…、まだまだ遠いねえ。体がやっぱり…大関に上がった時の、はち切れそうな感じではなく、緩んでいる感じだな。秋場所まであと1週間、ちょっとなあ…もう少し時間が欲しいな、今日の稽古を見た限りでは。ただ、押し相撲は調子に乗ると良くなる。やっぱり大事なのは前半戦でしょう。実際、押し相撲は稽古が足りないと自信もつかないし…なんとも言えないなぁ』
と語って国技館をあとにしたそうです。
昨日の横審稽古総見。
早朝から蒸し暑かったけど、雨も降らず、朝の6時半に両国に着いたのですが既に国技館正面玄関前には1000人以上が列をなしていました。私たちは国技館敷地内の西側通路に誘導されて列に並びましたが、7時半の開場まで、観覧希望の方々がどんどん増えて、3000人は超えていました。
中に入ると、やはりみなさんご存知のようで、正面側の舛席は概ね満員。でも諦めずに正面舛席の11列目をふた舛を確保。向こう正面や東西の舛席も徐々に埋まってきましたが、本場所との大きな違いは、外国人客の少ないこと。4〜50人くらいしか見られませんでした。コアなって相撲ファンっていうか、相撲の核心を好きな日本人相撲ファンで、我々が陣取った舛席の周りにも、「みなさん詳しいなあ」って感心するような会話が聞こえてきました。
幕下力士の稽古が始まり、申し合い稽古・ぶつかり稽古。納谷や豊将龍、富栄、若隆元、元亀、琴手計、ベテランの富士東らが、何度も土俵に上がって、四股名が場内アナウンスでコールされ、汗だくになって稽古していました。
西側舛席最前列の前に置かれた折りたたみ椅子に親方衆が陣取り稽古を観察。九重親方、藤島親方、芝田山親方らがじっくり稽古をみていましたが、その横に座っていた春日野理事と鏡山理事が、土俵にはほとんど目をくれず、何やらずっと話し込んでいました。何かまた悪い相談をしているような・・
密談に夢中な二人から四席分空いた席に、濃紺の和服に身を包んだ北の富士さんが腕を組みながら稽古観察をされていました。黙って座っているだけで格好いい粋なおじさまでした。
取り的(幕下以下)の黒まわしに代わって、白まわしを締めた関取たちが入場してくると雰囲気は一変。
その、十両力士の稽古が始まる頃には、やや遅れてきた仲間がみな揃って観覧。
三役力士たちの稽古になると、ぶつかりや申し合いに加えて三番稽古も見られました。
その間、白鵬は西側土俵下でストレッチやすり足といった入念な準備運動で汗びっしょり。鶴竜は東側土俵下ですり足と腕立て伏せ100回以上。大関たちにそんな動きは見られない。途中で炎鵬や石浦が何度も白鵬に水をつけ(柄杓で水を汲んで渡して白鵬が飲む。)ていました。
すると、急に白鵬が花道を通って引っ込んでしまいました、そこで、すぐ後ろの舛席にいたおばちゃま二人が、けっこう大きな声で
「あら、白鵬が帰っちゃったわ。土俵に上がらないのかしら?」
『違うわよ、水を飲み過ぎちゃったからオシッコに行ったんじゃないの?』
「そうよねえ、あんなに立て続けに水を飲まされたらねえ」
吹き出してしまった私が振り返ると、楽しそうに笑っていらっしゃいました。
しばらくして膝にサポーターをして戻ってきた白鵬が、準備運動再開。
御嶽海や大関高安、栃ノ心や豪栄道ら大関が土俵に上がり、幕内力士たちに胸を出してのぶつかり稽古。
鶴竜が遠藤を指名して三番稽古。
そして白鵬登場。
初対決で土をつけられた阿炎を指名して三番稽古。さらに、関脇に陥落し、秋場所で復帰を目指す貴景勝を指名して三番稽古。ぶつかりの胸も出して貴景勝を可愛がる。息も絶え絶えの貴景勝、起き上がるのがもたもたしてきたが、白鵬は容赦しない。「貴景勝ぉー!頑張れ!そんなじゃ二桁勝てないぞっ」と声援が飛ぶ。白鵬を押し切れないこと10回以上、ようやく白鵬を土俵の外へ押し切った場面では、館内は拍手喝さい。「やればできるぞ!俺がついてるぞ」と声援も飛びました。
これで稽古総見は終了。時間は午前11時。
3大関の稽古量が少ないのが気になりました。
あとは、勢の姿が見えず、朝乃山もほとんど土俵に上がってない。怪我なら仕方ないけど、ガツガツ稽古しないとねえ。
幕内に上がってきた朝青龍は、土俵を独占、親方衆から、「おい、いい加減に土俵を降りろ!お前だけの稽古場じゃないんだ」と、毎回、たしなめられていました。
稽古終了後、私たちは皆、色紙とマジックを手に、出待ち出来る西側通路や、親方たちが退場する正面玄関前へ、
私ともう一人は、正代や錦木からサインを貰いました。
正面玄関前で待機してた仲間(30代女性)は北の富士さんと握手したらしく、感動して涙目でした。
30〜40分後に相撲博物館で集合。展示されている稀勢の里・隆の里・初代若乃花にまつわる「綱の継承」を観覧。超満員の展示会で、あんなに相撲博物館が混んだのを私は知りません。
すべて終了して、さあ昼ご飯。
両国駅南の串カツ屋さんで2時間半。たっぷり飲食して解散。
楽しかった、暑かった、面白かった、一日でした。
明日の朝、国技館で“横綱審議会稽古総見”を観てきます。
館内の相撲博物館では
「横綱の系譜 ―若乃花(初代)、隆の里、そして稀勢の里―」 .
展示期間 令和元年(2019)8月19日(月)~9月27日(金)
72代横綱・稀勢の里の師匠は59代横綱・隆の里、その師匠が45代横綱・若乃花(初代)にあたります。
平成29年(2017)一月場所で初優勝し、横綱に昇進した稀勢の里。明治神宮で行われた横綱推挙式では、若乃花(初代)が使用した化粧廻しを締めて横綱土俵入りを奉納しました。また、土俵入りの型は若乃花(初代)と同じ雲龍型で、若乃花(初代)に対する特別な思いが感じられます。
いよいよ稀勢の里の断髪式が九月場所後に行われ、改めて力士生活を終えます。今回は稀勢の里につながる横綱の系譜として、若乃花(初代)、隆の里の3横綱に注目します。人気を誇ったそれぞれの時代に思いをはせていただければ幸いです。
45代横綱 若乃花幹士(初代)
1 45代横綱 若乃花幹士(初代)
青森県弘前市出身。179cm、105kg。右上手投げや豪快な呼び戻しを得意とし、昭和33年(1958)1月に2度目の優勝を果たして横綱昇進。栃錦とともに「栃若時代」を築き上げ、戦後の相撲界を盛り上げた。優勝10回。
2 59代横綱 隆の里俊英
青森県青森市(旧浪岡町)出身。182cm、159kg。右四つに組んで両廻しを引きつけての寄り・つりを得意とした。特に千代の富士に相性が良く、土俵を盛り上げた。昭和58年(1983)7月、30歳9ヶ月で横綱昇進。優勝4回。
3 72代横綱 稀勢の里寛
茨城県牛久市出身。188cm、175kg。平成16年(2004)5月、史上2位の若さ(17歳9ヶ月)で関取昇進。平成29年一月場所で初優勝を果たし、約19年ぶりの日本出身横綱となって日本中を湧かせた。優勝2回。
4 若乃花幹士(初代)使用の化粧廻し三つ揃い
金糸で織られた化粧廻しに、獅子頭と花があしらわれる。横綱昇進した稀勢の里は、平成29年1月27日の横綱推挙式で、この化粧廻しを締めて横綱土俵入りを奉納した。
5 若乃花幹士(初代)使用の赤綱
3.7kg。横綱が還暦を迎えると、パーティーなどの場で赤い綱を締めて土俵入りが披露されることがある。昭和63年(1988)4月24日、年寄・二子山(元若乃花(初代))の還暦土俵入りが国技館で行われた。
6 隆の里俊英使用の化粧廻し三つ揃い
隆の里の出身地・浪岡の風景が描かれている。昭和61年(1986)5月31日に国技館で行われた引退相撲でこの化粧廻しを締めた。
7 隆の里俊英使用の不知火型横綱
6.3kg。隆の里の昇進により、北の湖(55代)、千代の富士(58代)に加えて3横綱となった。不知火型土俵入りは、年寄・佐渡ヶ嶽(53代横綱・琴櫻)に指導を受けた。
稀勢の里寛使用の化粧廻し三つ揃い
8 稀勢の里寛使用の化粧廻し三つ揃い
平成29年(2017)5月6日に行われた横綱昇進披露宴で初めて披露されたものの一つ。牛久市の花である菊、市の鳥である鶯(うぐいす)のほか、牛久沼や筑波山がデザインされている。
このほか、若乃花幹士(初代)や隆の里俊英の手形、稀勢の里寛使用の横綱や締込など、約90点の資料を展示。
これもじっくり観てきます。 明日は 我々相撲観覧仲間 30代~60代 男女 6名で楽しんできます。
柔道選手権見ていたら、鶴竜又いたよ。
しかも照ノ富士と一緒に。
何するのもフリーだが、ちょっと心配になるわ
今夜のテレビ東京「ありえへん世界」18:55〜20:55に貴乃花さんが出演します。
24時間テレビ 今年のゴールは 初めて 両国国技館
今朝、栃ノ心や栃煌山が出演したようですが、
夕方、笑点にも 力士達が出演
ほかに 御嶽海&竜電がダーツの旅へ出演するらしいです。
NHKのサタデースポーツを見ましたが
鶴竜と白鵬がバスケの国際試合のゲストでした♪
私はその時間はTBSのボクシング世界戦(名古屋)
田中恒成VSゴンザレス(プエルトリコ)を見ました!
7ラウンドで田中がTKOで勝ちました!
7月は鶴竜の裾払い、8月は田中のボディーブロー
名古屋の皆さんには盛り上がった熱い夏です♪