気が付けば朗朗介護(5)-「床ずれ」は油断ならぬ病気だ-

母は、起きてから寝るまでの時間のほとんどを、車いすに座って過ごしている。立つのは排泄時のわずかな時間だけ。先日のこと。「おしりがものすごくかゆい」と言うので見てみると、猿のように皮膚が真っ赤に腫れていてびっくり!ムムッ、もしや、これは床ずれの症状ではないかと不安になり、すぐに主治医へ連れて行った。

ネットで調べてみると、床ずれは褥瘡(じょくそう)、褥瘡性潰瘍、圧迫潰瘍とも呼ばれ、圧迫により皮膚に血液が十分流れなくなり、その部分が損傷を受けた状態のことをいう。年齢に関係なく、寝たきりの人や車いすが手放せない人、自分では体の向きや位置を変えられない人なら誰でもできるもので、高齢者に比較的多くみられる。骨が突き出ていて皮膚への圧迫が集中しやすい部分、たとえば腰、お尻、かかと、足首、ひじなどは床ずれができやすい場所で、また、ベッド、車いす、ギプス、添え木などの硬い物体から皮膚に圧迫が加わる部位にも生じる。床ずれは、治療をしなかったり、原因となっている病気のために治癒が妨げられている場合には生命に関わることもあるというから、油断ならぬ病気なのである。健常な人は、たとえぐっすり寝込んでいても絶えず体を動かしているので床ずれは生じないのだ。

主治医の提案で、週2回程度、訪問看護士に自宅へ来てもらい、患部の洗浄や薬塗り、さらには車いすの正しい座り方などの指導も受けることになった。

母の体調や生活習慣の変化には常に気を配り、早めに対処をあげなければなあと、あらためて思った。

さて前回の続き。転院するリハビリテーション病院は、隣県の有名な温泉地にあった。医療体制が今ほど充実していない時代にあって、この病院はすこぶる評判がよく、簡単に入院できるところではなかった。そう、あのM先生が何度も病院に掛け合ってくれて、ようやく手に入れたプラチナチケットなのだ。しかし当の本人はご機嫌斜め。2人だったから頑張ったけど1人は不安だ、嫌だ、行きたくないと、駄々っ子みたいなことを言って周囲を困らせる。私は「病気にはなったけど、人生はまだこれから」、「今頑張れば、これからいっぱい楽しいことがある」、「週末には行くから」と何度も説得し、渋々承諾したのだった。

そして迎えた転院の日。M先生はじめお世話になった看護士さんに見送られ、母は泣きながら手を振り、隣県の病院へと向かった。

そして私は普通の高校生へ戻り、母は1人でリハビリに励むことになった。母との約束通り、週末には病院へと通うようにしたが、前の病院からさらに2時間ほどかかるし、病院には泊まれないため、近くの手ごろな温泉旅館に泊まらなければならなかった。

この病院では、日常生活ができることを目標に掲げていた。だから身体機能の回復だけでなく、動く左手だけでの調理の仕方や洗濯物のたたみ方、箸の使い方など細かく訓練カリキュラムが組まれていて、さらに言語回復訓練も行われていた。(続く)

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筆者:渋柿
昭和53年、母38歳で脳溢血。一命をとりとめたものの右半身麻痺、失語症に。
私は17歳から介護生活を開始。38年が過ぎた今も、在宅介護が続いている。
平成28年、母76歳、息子の私55歳。老々介護が間もなく訪れる。
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[写:hu album @fliker]

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