TheNews(ザ・ニュース) > コメント部屋 > 大相撲のコメント部屋大相撲のコメント部屋 ※コメントを投稿する際は「コメントのルール」を一読ください。 ※誹謗中傷、なりすまし、野球に直接関係ないコメントは「NGコメント」、以上の行為を繰り返すと「NGユーザー」の対象となります。 ※2019年7月1日からコメントの確認・サイト掲載時間は9時~18時の間のみです。またコメント反映までは1時間程度を目安としてください。 ※フィーチャーフォン(ガラケー)の投稿機能に関しましては、動作を保証するものではありませんのでご了承ください。
舌好調 北の富士さん 今日の一番で大関貴景勝に挑む王鵬へ過激なエール 『十四日目は貴景勝戦だが、稽古場では十分に胸を借りているはず。相手は大関だ。立ち合いの変化はないだろうから、頭が割れてもいいから当たり負けしないように。それからは顔を張ろうが噛みつこうが、何でもやってみればいい。どうせ勝てっこないのだから悔いは残してはいけない。』 ・・・マイク・タイソンじゃあるまいし、言語道断! 噛みつきは反則です。大相撲の長い歴史でも力士が土俵上で相手力士に噛みついたなんて 聞いたことがありませんよ、北の富士さん。 そして、『頭が割れてもいいから当たり負けしないように……』って、ご自分の現役時代には “顔に傷がつくのが嫌で” 頭から当たらずに済む「突っ張り」を磨いてましたよね。 まあ、国会中継のため、テレビ解説の時間が減らされてしまい 正味55分間しかなかったので、無手勝流の北の富士さんらしい奔放なコメントで私達を楽しませてくれてるんですね。 今日の十四日目はお休みのようですが、高級うなぎ2人前を平らげて元気印復活、千秋楽はまたまた舌好調な解説を期待しています。
正代負け越しで遂に大関から陥落。 来場所は1横綱1大関という由々しき事態となります。 豊昇龍は来場所大関挑戦ということになるのでしょうがこの体たらくじゃ照ノ富士は引退したくてもさせてもらえないでしょう。
高安、勝ちましたねえ。 あとは、花道などで、NHKのアナウンサーやスポーツ紙の記者たちから、「悲願の初優勝が目前ですね」などと、“ガラスの心臓”の高安をさらに固くさせるような質問を控えてくれれば 高安初優勝となりそうですが……
また、また 朝乃山が1敗したので幕下優勝はなくなってしまいました 来年の初場所は十両に上がると思っていたのに残念です 阿炎や竜電のようにパパッと優勝して幕内に戻ってくると思ってましたが。 朝乃山は 元大関だったという立場を気にし過ぎているのでしょうか? 自分で自分にプレッシャーを掛けて緊張してるのでしょうか? 朝乃山って、繊細な性格なのでしょうか? 割り切って、開き直っての相撲が取れないのかなと思っています
今日の大相撲中継 テレビ解説が北の富士さんですが 国会中継のせいで17時から。 北の富士さんの解説は、幕内前半(16~17時)が特に面白いのに……。 今日の注目の一番は 高安vs王鵬(初顔合わせ)、そして結びの貴景勝vs豊昇龍。
北の富士さん 舌好調 今朝の定例投稿でも『まずお目当ての大一番。豊昇龍と王鵬の一番。十一日目、阿炎にいいところなく敗れた王鵬に対し、かなり辛辣に批判したものですから、読者の皆さんに合わせる顔もありませんが、私の予想は外れやすくなっています。「夜明けのふんどし」みたいなものです。……』 ベテランの落語家さんが昔よく用いていた昭和の頃の“下ネタ比喩”ですが、便秘で苦しんだ先週末とは打って変わって、大腸・直腸などの体調も宜しいみたいで、投稿終盤では『力士諸君、残る3日間頑張ろう。そうだ、この日から外出が許されるらしい。夜の街に出て、うんと美味しい物を食べることだ。私も今夜は外出したい気分ではある。それでは、ごきげんよう。 』と締めくくりました。 夜の中洲へお出ましですね?
訃報 名行司庄之助 逝く 36代木村庄之助の山崎敏廣さんが23日午後11時1分、肺がんのため東京都江戸川区の自宅で死去した。日本相撲協会が24日、発表した。74歳だった。6月から体調を崩して入退院を繰り返し、今月17日に本人の希望で病院から自宅に戻っていた。 山崎さんは1948年昭和23年5月16日、鹿児島県生まれ。鹿児島・枕崎中卒業後、相撲界に入り、1964年に初土俵を踏んだ。 9代式守与之吉、10代式守勘太夫をへて、2008年夏場所から立行司の38代式守伊之助、2011年九州場所から36代木村庄之助を襲名した。立行司を務めてから5年間、差し違えは1番のみという名行司だった。 相撲字の腕もすぐれ、2000年春場所から2007年秋場所までは戦後6人目となる番付の書き手を務めた。2013年4月には、JR枕崎駅が新駅舎になった際、駅名の看板を揮毫(きごう)した。 2013年夏場所で定年。同年12月には文科相からスポーツ功労者顕彰を贈られていた。 今の伊之助さんや玉治郎よりも、動きも数段機敏で力士にぶつかることなどありませんてした。 ご冥福をお祈りします
『 大相撲のコメント部屋 へのコメント 4,719件 』
舌好調 北の富士さん
今日の一番で大関貴景勝に挑む王鵬へ過激なエール
『十四日目は貴景勝戦だが、稽古場では十分に胸を借りているはず。相手は大関だ。立ち合いの変化はないだろうから、頭が割れてもいいから当たり負けしないように。それからは顔を張ろうが噛みつこうが、何でもやってみればいい。どうせ勝てっこないのだから悔いは残してはいけない。』
・・・マイク・タイソンじゃあるまいし、言語道断! 噛みつきは反則です。大相撲の長い歴史でも力士が土俵上で相手力士に噛みついたなんて 聞いたことがありませんよ、北の富士さん。
そして、『頭が割れてもいいから当たり負けしないように……』って、ご自分の現役時代には “顔に傷がつくのが嫌で” 頭から当たらずに済む「突っ張り」を磨いてましたよね。
まあ、国会中継のため、テレビ解説の時間が減らされてしまい 正味55分間しかなかったので、無手勝流の北の富士さんらしい奔放なコメントで私達を楽しませてくれてるんですね。
今日の十四日目はお休みのようですが、高級うなぎ2人前を平らげて元気印復活、千秋楽はまたまた舌好調な解説を期待しています。
正代負け越しで遂に大関から陥落。
来場所は1横綱1大関という由々しき事態となります。
豊昇龍は来場所大関挑戦ということになるのでしょうがこの体たらくじゃ照ノ富士は引退したくてもさせてもらえないでしょう。
今場所は高安に優勝どうぞ場所だな。
取組相手も圧倒的に有利だよな!
高安、勝ちましたねえ。
あとは、花道などで、NHKのアナウンサーやスポーツ紙の記者たちから、「悲願の初優勝が目前ですね」などと、“ガラスの心臓”の高安をさらに固くさせるような質問を控えてくれれば
高安初優勝となりそうですが……
今日は着物の北の富士さん、髪型もきまっていて更に!かっこいいね。
勿論取組は楽しみだけど、それ以上に北の富士さん楽しみ。
最近写るのが少なすぎるよ!
NHKケチだね、もっと写してよ。
また、また
朝乃山が1敗したので幕下優勝はなくなってしまいました
来年の初場所は十両に上がると思っていたのに残念です
阿炎や竜電のようにパパッと優勝して幕内に戻ってくると思ってましたが。
朝乃山は
元大関だったという立場を気にし過ぎているのでしょうか?
自分で自分にプレッシャーを掛けて緊張してるのでしょうか?
朝乃山って、繊細な性格なのでしょうか?
割り切って、開き直っての相撲が取れないのかなと思っています
今日の大相撲中継 テレビ解説が北の富士さんですが
国会中継のせいで17時から。
北の富士さんの解説は、幕内前半(16~17時)が特に面白いのに……。
今日の注目の一番は
高安vs王鵬(初顔合わせ)、そして結びの貴景勝vs豊昇龍。
北の富士さん 舌好調
今朝の定例投稿でも『まずお目当ての大一番。豊昇龍と王鵬の一番。十一日目、阿炎にいいところなく敗れた王鵬に対し、かなり辛辣に批判したものですから、読者の皆さんに合わせる顔もありませんが、私の予想は外れやすくなっています。「夜明けのふんどし」みたいなものです。……』
ベテランの落語家さんが昔よく用いていた昭和の頃の“下ネタ比喩”ですが、便秘で苦しんだ先週末とは打って変わって、大腸・直腸などの体調も宜しいみたいで、投稿終盤では『力士諸君、残る3日間頑張ろう。そうだ、この日から外出が許されるらしい。夜の街に出て、うんと美味しい物を食べることだ。私も今夜は外出したい気分ではある。それでは、ごきげんよう。 』と締めくくりました。
夜の中洲へお出ましですね?
やりました!
ザ・番狂わせ!
王鵬が豊昇龍を下しました。
誰しも豊昇龍の勝ちと思ってた中で、立ち合いでの当たり勝ち!
花道でのインタビューで
『楽しかったです』
と、驚きのコメントでした。
訃報
名行司庄之助 逝く
36代木村庄之助の山崎敏廣さんが23日午後11時1分、肺がんのため東京都江戸川区の自宅で死去した。日本相撲協会が24日、発表した。74歳だった。6月から体調を崩して入退院を繰り返し、今月17日に本人の希望で病院から自宅に戻っていた。 山崎さんは1948年昭和23年5月16日、鹿児島県生まれ。鹿児島・枕崎中卒業後、相撲界に入り、1964年に初土俵を踏んだ。
9代式守与之吉、10代式守勘太夫をへて、2008年夏場所から立行司の38代式守伊之助、2011年九州場所から36代木村庄之助を襲名した。立行司を務めてから5年間、差し違えは1番のみという名行司だった。 相撲字の腕もすぐれ、2000年春場所から2007年秋場所までは戦後6人目となる番付の書き手を務めた。2013年4月には、JR枕崎駅が新駅舎になった際、駅名の看板を揮毫(きごう)した。 2013年夏場所で定年。同年12月には文科相からスポーツ功労者顕彰を贈られていた。
今の伊之助さんや玉治郎よりも、動きも数段機敏で力士にぶつかることなどありませんてした。
ご冥福をお祈りします