
戦場での凄惨(せいさん)な体験に伴い、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などを発症した元兵士の問題が注目されている。「戦争トラウマ」と呼ばれ、子煩悩だった父が「抜け殻」のようになるといった例がある。元兵士の家族の証言活動も広がっており、国は実態を初調査し、結果を今年度中に公表する方針だ。
「無気力で、そこにいるかも分からない。まるで抜け殻のようだった」。東京都武蔵村山市の黒井秋夫さん(76)は元陸軍兵の父慶次郎さん(1990年に77歳で死去)について振り返る。
慶次郎さんは20歳で徴兵され、旧満州(中国東北部)などで部下を率いた。復員後は定職に就かず、家計は苦しかった。孫が何度呼んでも返事すらしなかった。
黒井さんは「こんなおやじにはなるまい」と思った。ただ死去から25年後、ベトナム戦争での従軍経験に苦しむ元米海兵隊員の映像を偶然見て、父が負った心の傷を知った。「苦しそうな米兵の顔が父の姿に重なった」
「戦争が父を変えた」との思いに突き動かされた黒井さんは2018年、元兵士の遺族らを支援する団体を設立。「酒に酔い家族に暴力を振るう」「夜中に大声で叫ぶ」などの証言も寄せられた。
黒井さんが開く証言集会に参加する黒川安子さん(74)=東京都杉並区=は、父の佐藤勇蔵さん(93年に76歳で死去)について「家族を含めて他人に関心がないように見えた」と語る。
佐藤さんは敗戦直前に徴兵され、戦後はシベリア抑留を経験。徴兵後に3歳の長男が病死し、長女は1歳で餓死していたことを帰国後に知ったショックもあり、戦時中の体験は語ろうともしなかった。
母からは子どもをおぶって畑に行き、風呂にも入れる「子煩悩な父」と聞いていたが面影はなかった。黒川さんは「戦地での体験と子を失った悲しさで心が壊れたのではないか。話してくれればもっと分かってあげられたのに」と肩を落とす。
こうした実態を受け、厚生労働省は24年度、PTSDなどに苦しんだ兵士やその家族の実態調査に乗り出した。患者のカルテを分析し、結果は26年2月ごろから戦傷病者史料館「しょうけい館」(東京都)で常設展示する。
厚労省は常設展示に先立ち、7月から「心の傷を負った元兵士の歴史」と題したパネル展を開催。担当者は「展示を通じて心の病に苦しんだ元兵士やその家族のことを多くの人に知ってほしい」と話している。
〔写真説明〕元日本兵の父慶次郎さんの写真を手に、父の従軍体験を説明する黒井秋夫さん=4月25日、東京都武蔵村山市
〔写真説明〕元日本兵の父佐藤勇蔵さんについて語る黒川安子さん=4月28日、東京都杉並区