
参議院選挙で自民党の大敗を喫した石破 茂首相の進退が焦点となる中、首相が愛用してきた寝台特急「サンライズエクスプレス」の行方も注目されています。老朽化が進む285系車両の後継について、JR首脳に聞きました。
サンライズ=「人件費を考えても収益は◎」
2025年7月20日投開票の参議院議員選挙を受けて、自由民主党と公明党の与党が参院全体の過半数(125議席)を割り込み、衆議院に続いて少数与党に転落しました。石破 茂首相(自民党総裁)は翌21日の記者会見で「国家、国民の皆様方に対する責任を果たしていかねばならない」と続投する意向を表明したものの、自民党内からも参院選大敗の責任を問うべきだとの声が上がるなど包囲網が狭まっています。
石破氏の進退が取りざたされている中で、選挙区の鳥取県と東京を移動する際に愛用してきた夜行の寝台電車「サンライズエクスプレス」の行方も改めて注目されています。人気列車だけに乗車日の1か月前に「みどりの窓口」へ行き、発売の午前10時に予約を取ってもらうのが定番化しており「利用は好調で、運行にかかる人件費を考えても収益を取れている」(運行するJR首脳)とされます。
しかしながら、使っている直流電化区間用の車両285系が老朽化しており、後継車両についての動向も発表されていないためソーシャルメディア(SNS)などでは「廃止説」もくすぶっています。そこで筆者(大塚圭一郎:共同通信社経済部次長)が運行する複数のJR大手企業首脳に直撃したところ、興味深い事実が明らかになりました。
サンライズエクスプレスは東京―出雲市(島根県出雲市)間の特急「サンライズ出雲」と、東京―高松・琴平(香川県琴平町)を結ぶ特急「サンライズ瀬戸」からなり、国内最後の定期寝台特急として毎日運行されています。通常は1日1往復していますが、5月の大型連休や8月のお盆期間、年末年始には臨時列車を運転しています。運行区間のうち東海道・山陽本線の東京―岡山間はサンライズ出雲・瀬戸を併結運転しており、岡山で下り列車が分割する様子や、上り列車の連結作業は“ヤマ場”の1つとして大勢の利用者らが見守ります。
鉄道ファンを自認する石破氏はもともと、機関車が寝台客車をひいて東京―出雲市・浜田(島根県浜田市)間を結んでいた寝台特急「出雲」のヘビーユーザーでした。「出雲」は石破氏の選挙区(衆議院鳥取第1区)の大票田である鳥取市に乗り入れていたため利便性が高く、2024年9月に「X」で「1000回は乗った」と語りました。
しかし、「出雲」が2006年3月に廃止されたため、その後は伯備線経由で鳥取県内の米子駅(米子市)にも停車するサンライズ出雲にシフトしたそうです。ただ、24年10月の首相就任後は「公務多忙のため乗る機会がないようだ」(運行するJR幹部)と言います。
ほぼ個室サンライズの「使えたら超ラッキー!」な設備とは?
サンライズエクスプレスに使う285系はベージュ色と赤色に塗られており、側面はそれらの色の間に金色の帯を挟んでいます。1編成7両で、サンライズ出雲・瀬戸の連結運転では計14両で走ります。5編成があり、うちJR西日本が3編成、JR東海が2編成をそれぞれ所有しています。
運行区間はJR東日本、東海、西日本、四国の4社にまたがり、所管が変わる際には担当乗務員が交代します。
列車のほとんどを個室が占めており、利用には運賃と特急料金に加え、部屋の種類によって異なる寝台料金が必要。机や洗面台を備えた1人用のA寝台個室「シングルデラックス」、B寝台個室では1人用の「ソロ」と「シングル」、2段寝台にすれば2人で使える「シングルツイン」、ツインベッドを置いた2人用の「サンライズツイン」があります。シングルツインには車いす利用者に対応し、原則として発売ロックがかかった個室も存在します。
それぞれの部屋に自分で4桁の数字を設定して施錠、解錠できる電気錠を備えています。一部の個室はたばこを吸うことが可能で、車内で喫煙できる旅客列車は日本唯一です。
一方、サンライズエクスプレスには“格安料金”で乗れる空間も。カーペット敷きの床面に寝転がることができる「ノビノビ座席」で、運賃と特急料金だけで乗車できます。ただ、仕切りで分けているだけの空間で大きな荷物を置く余裕はなく、貴重品の管理にも十分気を配る必要があります。
列車内で争奪戦となっている設備がシャワールームです。というのも、使うには7両編成に1か所だけある販売機で売られている330円のシャワーカードを買う必要があり、それがわずか「20枚限定」。枚数が限られているのはシャワーにお湯を供給する貯水タンクの容量が限られているためで、始発駅を出発する前に早々と売り切れてしまうこともあります。シャワーが出てくるのは6分間で、シャワールーム内には残り時間が分かる表示器があります。
なお、A寝台個室の乗客がもらえるアメニティーグッズにはシャワーカードが入っており、シャワーを無料で利用できます。
「今のところ引退させる予定はない」
そんなサンライズエクスプレスについて利用者や鉄道愛好家がやきもきしているのは、285系が老朽化してきた中で「いつまで走れるのか」という点です。サンライズ出雲・瀬戸は1998年7月に運行を始めてから約27年が経過し、リニューアル工事があったものの車内外でほころびが見られます。
そこで筆者が運行する複数のJR首脳に尋ねたところ、285系を保有するJR東海、西日本が「次世代車両の開発協議を進めている状況ではない」という事実が分かりました。この反応は、東海道・山陽新幹線の検測専用車両「ドクターイエロー」の次世代車両を開発するかどうかを探っていた時と全く同じでした。
その取材結果に基づき、筆者は勤務先で2023年11月に「『新幹線のお医者さん』のドクターイエロー、現行車両でその活躍にいよいよ幕? 2020年代後半で引退と考える3つの理由」という記事を出稿。報道後の24年6月にJR東海が保有車両での検測を25年1月で終え、残る車両を抱えるJR西日本も27年ごろに引退させることを正式に発表しました。
あるJR首脳はサンライズエクスプレスについて「現在の車両(285系)で問題なく運転できており、今のところ引退させる予定はない」と前置きしながらも、耐用年数は「30年程度になるのではないかと考えている」として登場から30年の2028年ごろが一つの節目になるとの認識を示しました。
今は開発に向けて動き出していなくても、JR東日本が2025年6月に「新たな夜行特急列車」を27年春に導入すると発表したことに触発されて動き出すというシナリオも否定はできません。また、石破氏が首相の座を譲るであろうタイミングと比べれば、285系が第一線を退く時期がだいぶ先になるのは確実な情勢です。
それでもサンライズ出雲・瀬戸を存続させて次世代車両へとスムーズに世代交代するのであれば、残された時間が少なくなってきたのは間違いありません。果たしてサンライズエクスプレスという日はまた昇るのでしょうか。