世界に2台だけ!「トヨタ2000GT」オープンカー 映画使用の“定説”覆る可能性も… 実見したら「違うんじゃない?」

ジェームズ・ボンドの活躍を描いた大ヒット映画『007』シリーズの中で、日本車として唯一ボンドカーに選ばれたのがトヨタ「2000GT」です。映画で用いたオープンカー仕様ですが、このクルマの出自や経歴には多くの謎が隠されています。

傑作『007』シリーズで唯一ボンドカーに選ばれた日本車

 イギリスの秘密情報部、通称「MI6(エムアイシックス)」に所属するジェームズ・ボンドの活躍を描いた『007』シリーズは、1962年に第1作『007は殺しの番号』が公開されて以来、今日までに25本の作品が制作された世界的人気のスパイアクション映画です。

 それだけ長く作られている作品のため、主人公のボンド役はショーン・コネリーに始まり、ロジャー・ムーア、ダニエル・クレイグなど、これまでに6人の俳優が演じてきましたが、映画の見所は変わることがなく、派手なアクション、美しいボンドガール、そして主人公が運転するボンドカーに集約されると言えるでしょう。

 ボンドカーというと、MI6の秘密兵器開発主任である「Q」が開発したギミック満載のスポーツカーをイメージする人が多いでしょうが、初期2作のサンビーム「アルパイン」やベントレー「マークIVコンバーチブル」には特殊装備はありませんでした。3作目の『007ゴールドフィンガー』に登場したアストンマーティン「DB5」から、機関銃や可変ナンバープレート、スピナー、せり出し式の装甲板、煙幕&オイル散布装置、イジェクトシートなどが備わるようになっています。

 そのようなボンドカーに使用される車種は、アストンマーティンやロータス「エスプリ」、BMWなどの輸入車が使用されることがほとんどですが、唯一日本車が使用されたのが1967年に公開された5作目の『007は二度死ぬ』です。この映画の舞台は日本で、ボンドカーにはトヨタ「2000GT」を改造したオープンカーが使用されました。

 このクルマが映画に登場した経緯は、監督のルイス・ギルバートとレーサーの福沢幸雄(福沢諭吉のひ孫)が個人的に親しく、「日本が舞台の映画なら日本車を使うべき」との彼の働きかけもあって、トヨタ「2000GT」がボンドカーとして決まったと伝えられています。

長身の主演俳優に合わせてオープンカーに改造

 撮影に使われたトヨタ「2000GT」は、市販化前ということで試作車が使用されることになりました。ところが、ボンド役のショーン・コネリーは188cmもの長身だったことからクーペボディの「2000GT」では狭すぎて乗れないことが撮影前に判明。そこで1966年秋に横浜市港北区の「トヨタ・スポーツ・コーナー(現・TRD)」綱島工場にて、急きょオープンカーに改造されています。

 作業期間はわずか2週間、突貫作業で改造され、グローブボックスに内蔵された携帯型VTR、座席後部の4インチテレビやテープレコーダー、マルチバンドラジオなどの特殊装備もこのときに備えられました。なお、これらの装備品はソニーが提供しています。オープンカーの必需品となる幌は備えられず、トノカバーのみが用意され、オープン化によって形状が変更されたフロントウィンドウは納期の関係からやむなくアクリルで製作されました。

 なお「2000GT」ボンドカーは撮影車と予備車の合計2台が製作されています。どちらも純正色のペガサスホワイトで塗装されましたが、撮影車はフロントウィンドウの上端がラウンドしているのに対し、予備車はこの部分がフラットな形状となっているほか、特殊装備にも若干の違いがあったようです。

 映画の撮影後、残されたトヨタ「2000GT」ボンドカーのうち撮影車とされる車体は、1966年の第13回東京モーターショーに出展されたあと、1967年に北米へ巡回展示に出されたのちに日本へ戻り、1968年5月より富士スピードウェイでマーシャルカーとして使用されます。そして、1970年代前半に再び日本を出て、1970年中盤にハワイにてメタリックブルーで塗装された姿で発見されました。それを1977年にトヨタが買い戻し、日本でレストアしたうえでトヨタ博物館の収蔵車となっています。

世界各地で展示され、一時行方不明に……

 もう1台の予備車のほうは、特殊装備を提供した縁から完成間もない銀座ソニービルにて1966年末に展示されています。その後、ヨーロッパへと渡り、1967年のジュネーブショーを皮切りに欧州各地で開催されるモーターショーで巡回展示され、帰国後はトヨタ自動車販売東京本社(当時)に展示されたのですが、その後は長らく行方不明となっていました。しかし、2010年代後半に日本の好事家がレストアしたうえで大切に保管していることが明らかになりました。

 ただし、トヨタ「2000GT」ボンドカーには謎が残ります。前述したとおり、現在有力な説ではトヨタ博物館が所蔵しているクルマが撮影車とされているのですが、筆者(山崎 龍:乗り物系ライター)が最近見た車体において、その説にそぐわない状況が見て取れたからです。

 というのも、筆者は今年(2025年)3月15日(土)から翌16日(日)にかけて奈良市の薬師寺で開催された「コンコルソ・デレガンツァ・ジャパン2025」にて、トヨタ博物館が展示した「2000GT」ボンドカーを改めて確認したのですが、フロントウィンドウは上端がフラットな形状となっており、その特徴は予備車のものでした。

 一方、2010年台後半に所在が明らかになった個人所有の「2000GT」ボンドカーは、従来は予備車と見られていたものの、上端がラウンドしたフロントウィンドウを備えていました。これは明らかに撮影車の特徴です。

「2000GT」ボンドカーの製造から60年近くが経過し、その間にも改造やレストアなどでオリジナルの部分が失われたこともあって、製作された2台のボンドカーのうち、どちらが撮影車でどちらが予備車なのかということは、製造元のトヨタであってもハッキリ断言することはできないようです。果たしてその真相はいかに。謎は深まるばかりです。

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