
2023年3月7日、打ち上げに失敗したH3ロケット1号機は遠隔操作で破壊されました。なぜ、このようなことが必要だったのか、「指令破壊」に至るプロセスと、そのやり方について解説します。
「H3」1号機の指令破壊
JAXA(宇宙航空研究開発機構)が、2023年3月7日(火)に鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げたH3ロケット試験機1号機は、発射から約10分後に「ミッションを達成する見込みがない」との判断により地上から破壊信号が送られ、空中で破壊され、打ち上げは失敗に終わりました。 これは「指令破壊」と呼ばれるものですが、どのようなときに、どのような手順で行われるのか見てみましょう。
そもそも「指令破壊」は、ロケット発射に関して成功の見込みがなくなった際に、地上からの電波による「指令」で、機体を「破壊」し、安全確実に落とすための仕組みです。 ロケットは大きく分類すると液体燃料式と固体燃料式の2種類に分かれます。日本のロケットで言えば、H3やH-IIAが液体燃料式、「イプシロン」が固体燃料式です。方式は異なっても、大きく重い物体を大量の燃料を燃やして飛ばしている、という点では同じです。飛行中、故障などで機体が制御不能になって万一地上に落ちてしまうと、落下地点によっては大きな被害が出ることが予想されます。 これを防ぐため、あらかじめ設定した安全区域の中に落とそうと、飛行を強制的に終わらせるための措置が指令破壊です。ロケット本体や積荷の人工衛星などと引き替えに地上の安全を確保する、ひいては地上の生命と財産を守るための、究極の安全対策だと言えるでしょう。
指令破壊の判断に至る3ステップ
指令破壊の判断を下すまでは、3つのステップがあります。・ステップ1:飛行中のロケットが予定外の動きをする・ステップ2:これ以上飛行しても成功の見込みがないと判断される・ステップ3:指令破壊コマンドを送信する
JAXAの場合、一連の流れは全て専門の訓練を積んだ職員が担っています。今回の例で言えば、2段目の点火が確認できなかったことが想定外の動きで、本当に復旧しないか確認の上でコマンド送信という流れになっています。関係者にとっても不意打ちだったようで、記者説明会では「1段分離成功で喜んだ」というコメントもありました。なお、具体的なコマンドの中身や周波数は、高度な機密性から公開されていません。 こうした、飛んでいる際の安全確保の仕組みを「飛行安全」、それに使われる装置や人員などシステム全体を指して「飛行安全系」といいます。これを司る施設は現在、種子島宇宙センター内の総合指令棟(RCC)に置かれています。 指令破壊コマンドがロケットに届くと、機体に搭載された指令破壊装置が起動します。具体的には、火薬で燃料タンクを割るのです。これは日本のロケットに共通する仕組みです。指令破壊の目的は、ロケットを安全に落とすため、飛行を強制中断させる点にあります。そのために必要なのは、推力を断つこと。燃料タンクを割ってしまえばエンジンは止まるしかありません。 なお、火薬はあくまで燃料タンクを割るために使うのであって、搭載された燃料に火をつけ爆破するのが目的ではありません。しばしば指令破壊イコール大爆発、というイメージを抱かれる場合もありますが、実際はかなり違います。
指令破壊後のロケットはどうなるのか
指令破壊後のロケットは、地球上に落下します。この際、安全な場所に落ちるように事前に計画が立てられています。
H3ロケットの場合、SRB3(固体ロケットブースタ)は種子島東方沖、フェアリング(衛星カバー)は沖縄東方沖、第一段はフィリピン沖、というような計画となっています。 ロケットの飛行コースは、人工衛星の目的とする軌道によって事前に決まり、ロケット各段を分離するタイミングも事前に計画が立てられています。すると、分離した各段が落ちる場所が計算でわかります。打ち上げ時は事前に国際機関を通じて海上も空中も航行の安全情報が出され、船や飛行機などはその時間に該当する区域を避けることになっています。 機体は落下中に空気抵抗である程度バラバラになりますが、宇宙空間から再突入するわけではないため、燃え尽きることはありません。海面衝突時のショックで更に細かく破壊されたロケットの破片は、そのまま太平洋に沈みます。H-IIロケットでは海底から回収したこともありましたが、今回はその予定はないと言うことです。 衛星打ち上げロケットの成功率は、世界的に見て90~95%が標準です。ましてや今回の打上げは正式に言えば「試験機1号機」です。とはいえ、搭載衛星の「だいち3号」は、初代「だいち」喪失以来12年ぶりの光学陸域観測衛星でしたから、とても残念でもあります。 筆者(東京とびもの学会)としては、H3ロケットには今回の失敗を糧としてさらなる改良を行い、信頼性の高い機体に育って欲しいと願っています。ロケットは積荷の衛星がいてこその存在ですから、ユーザに選ばれるためには実績作りが大事です。また、打ち上げに失敗してしまった「だいち3号」にも、再打ち上げの機会が早く訪れるように祈ります。