安い! 地味! バレない! 各国がナメきっていた気球 高空でこっそりなにしていたの?

「ハイテク」の反対は「ローテク」で、そしてどのような分野においても注目を集めるのはハイテクの方といえるでしょう。中国の偵察気球は、そのような隙をついて大量に飛ばされています。技術と脅威は別のものさし、というお話。

飛ばす側も落とす側もほとんど気にしてなかった…?

「たかが気球」と皆、侮っていたようです。2023年2月中旬、北朝鮮が大陸間弾道弾クラスを含むミサイル発射を行っている中で、米中の外交懸案が気球というのはいささか滑稽です。しかし気球は、そのイメージとは裏腹に結構な曲者です。

 今回の気球事案は、アメリカの民間人が不審な飛行物体を発見して動画撮影し、それを同国のマスコミが報道してクローズアップされたことが発端です。アメリカ政府も領空侵犯を認めて騒ぎが大きくなり、ついに2月4日、軍が撃墜する事態になりました。中国も自国のものであることをあっさりと認めています。米中当局者は共に、たかが気球くらいと軽く考えている節がありましたが、内外の反応の大きさに外交上、引くに引けない状況へ追い込まれているともいえます。 気球によるアメリカ領空の侵犯はこれ以外に、2017年以来4回発生しており、2月の事案も民間が騒がなければそのまま放置されていた可能性が大きいものでした。2月4日以降、アメリカ軍はアラスカ州やミシガン州で立て続けに3機の気球を撃墜します。アメリカ国務省は2月9日に、これらの気球は中南米やヨーロッパを含む5大陸40か国以上を飛行した中国軍の「偵察気球艦隊」の一部であると発表しました。 日本でも気球の領空侵犯対処について議論が持ち上がり、武器使用のルールが見直されようとしています。過去に国内で、アメリカへ侵入したものと類似の気球も確認されており、2月14日になって防衛省は「中国が飛行させた無人偵察用気球であると強く推定される」と発表したものの、いまさら感があります。日本でも「たかが気球」と見過ごされていたのです。

気球の特長とその活用 飛行機が完全にとって代われないワケ

 気球は、空気より軽い気体を袋に入れて浮力を得る「軽航空機」に分類されます。これに対し、いわゆる固定翼機、回転翼機など空気より重いものは重航空機と呼ばれます。 軽航空機はさらに、動力を持たない気球と動力を持つ飛行船とに分類され、これらは文字通り空気より軽いので、長時間にわたり高空にも浮かんでいられる、しかも安価、というのが大きな特徴です。

 現代のジェット機が最も効率よく飛行できる高度は、エンジンの燃焼と空気抵抗のバランスがとれる高度10km前後の対流圏です。低軌道人工衛星は高度500kmの大気圏外を飛びます。気球はそれらのあいだの、高度50kmの成層圏まで上昇し飛行できます。 こうしたことから気球や飛行船は、現在に至るまで気象観測など様々な用途の空中プラットフォームとして使われてきたほか、ネットワーク通信中継や偵察監視でコストパフォーマンスに優れた高高度飛行船を使おうという計画もあります。 また従来、軽航空機は重航空機のように、細かい飛行制御はしにくいものでした。ところが最近の高高度飛行船は、気象データを取得してAIで気流を予測し、適当な気流のある高度へ自律的に浮上や降下をして飛行することができるものも登場しています。

 そうした高空の気流利用は、戦時中に日本が先鞭をつけました。 地球の北極および南極と赤道付近との空気の温度差、そして地球の自転という、ふたつを要因として、平均的に緯度帯30度から65度にかけ、上空を西から東へ偏西風が吹きます。また対流圏の偏西風を特にジェット気流と呼びます。1926(大正15/昭和元)年、日本の気象学者である大石和三郎がこのジェット気流を発見して発表しました。 第2次世界大戦が始まって爆撃機が高空を飛ぶようになると、強い気流の存在が広く認識されるようになるものの、欧米などでは関心を引きませんでした。 一方ジェット気流の存在を学術的に確認していた日本は、日本列島がアメリカ大陸の西側つまり風上にあることを生かして世界初の大陸間横断兵器である「ふ号兵器」、いわゆる風船爆弾を作り出します。文字通り風任せの確実性の低い兵器でしたが、レーダーにも映らず発見と迎撃がとても困難な曲者でした。アメリカは、これが生物兵器を搭載している可能性もあると考え、その対策に頭を痛めます。

スパイ気球の先達「ゲネトリクス計画」とは

 この「ふ号」を参考にしたかはわかりませんが、第2次世界大戦期以降アメリカも、ジェット気流を使った気球の軍事利用を始めます。そのひとつが「ゲネトリクス計画」です。 冷戦で対立するソ連など東側を偵察するために、風上にある西側からフィルムカメラを載せた偵察気球を飛ばすというもので、ソ連軍が迎撃できないとされる高空の偏西風に乗せて、西ヨーロッパからソ連を横断させ、極東日本の周辺で気球とフィルムを回収しようとします。 アメリカ軍は1956(昭和31)年1月10日から2月6日まで、ノルウェー、スコットランド、西ドイツ、トルコの5つの発射場から合計516機の気球を放ちます。極秘計画でしたが、これだけの気球を飛ばしたがためにソ連もさすがに察知して、2月4日にアメリカへ抗議しています。 この計画における偵察気球は、戦闘機では迎撃が難しい高度15kmから30kmを飛行したものの、夜間に気温が下がると高度も下がり、戦闘機でも迎撃できたようです。何機が撃墜されたかは不明ながら、太平洋で回収できた気球は54機で、使える写真は31枚だけでした。その後、高高度偵察機や偵察衛星が運用されるようになりますが、コストはけた違いですし、気球の特性もあり、軍事利用は無くなりませんでした。

 知られざる任務を秘めながら、「たかが気球」と、ローテクでフォローされにくいという隙を突いた格好なのが、今回の気球事案です。偵察気球には低コスト以外に、自己の存在を示す赤外線などのエネルギーの放出、いわゆるシグニチャーも少ないので発見されにくく、さらには人工衛星より高度が低く速度も遅いので精緻な画像や多くの電磁波サンプルを収集できる、といった利点もあるのです。 中国は2006(平成18)年4月から、すでに100基以上の地球観測衛星と称する各種偵察衛星を打ち上げて偵察監視網を構築しています。一方で多数の偵察気球も飛ばしていることがわかりました。先にふれたように気流を使えば飛行コースの制御も可能です。偵察衛星の隙間をカバーしようとしたのでしょうか。FBIによる気球の分析結果が待たれます。 ほかにも、フォローされず密かに威力を発揮している曲者のローテクがあるかもしれません。

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