
「臨海地下鉄」構想の具体化や「築地虎ノ門トンネル」開通で、東京臨海部へのアクセスが変わりつつあるなか、五輪を契機としてその足を担っている「東京BRT」は当初予定の延伸計画も遅れ気味です。今後はどうなるのでしょうか。
臨海地下鉄、開業まで18年?どうなる東京BRT
2022年11月、東京駅と臨海部を約15分で直結する「臨海地下鉄」構想について、小池百合子東京都知事が正式に発表しました。全7駅で、「月島・勝どき」「晴海」「豊洲」といった埋立地を貫きます。 これらエリアはすでに、月島で交わる東京メトロ有楽町線、都営大江戸線でカバーされています。しかし東京五輪の選手村跡地で建設が進むマンション群「晴海フラッグ」(HARUMI FLAG)など、最寄り駅が遠く、都心に向かう交通はバス頼みというところも。かつては「ゆりかもめ」延伸やLRTなどの構想もあったものの、地元である中央区は「輸送力不足」「都心に直結していない」などの理由から消極的で、かねて地下鉄の整備にこだわり続けてきました。
一方、このエリアと都心は、2020年10月に“プレ一次開業”した路線バス「東京BRT」で結ばれています。「バス・ラピッド・トランジット」の頭文字を取ったBRTは、通常の路線バスより速く(rapid)、乗りやすい(transit)交通機関として、“路線バスと鉄道の中間”的なサービスや利便性が期待されているものです。「東京の地図を塗り替える新交通システム」と謳われてデビューしました。 しかし、その誕生からわずか2年ほどで「地下鉄つくります」が宣言されたわけですが、仮に開業できたとしても2040年以降でしょう。それまで東京BRTはどのような役割を担うのでしょうか。このタイミングでの「地下鉄」宣言に、東京BRTの課題が透けて見えてきます。
新トンネルは活用できず? “rapid”ではない東京BRT
東京BRTの現在の路線は、虎ノ門ヒルズやJR新橋駅から晴海BRTターミナルまでの約6km。途中の停車は勝どきのみという快速運転も行っています。また113人乗りの連節バス車両(いすゞエルガデュオ)が1編成のみながらラッシュ時の輸送にひと役買い、通常の路線バス車両に比べて乗り心地も良好です。 しかし東京BRTの現状の問題は、「そこまで快速ではない」「停留所の利便性がいまひとつ」というところでしょうか。 まず快速運転に関しては、当初の目標であった“表定速度20km/h以上”(通常の路線バスの倍程度)に必要な「専用レーンの設置」や「公共交通優先システム」(PTPS/バス優先に信号を制御する仕組み)が未だ検討中のまま。約6kmで30分弱、表定速度10km/h強という速度は、一般的な路線バスの速度とほぼ変わりません。 2017年に開通したばかりの「環2通り」を走行するルート上でも、特に旧・築地市場の敷地内を抜ける「旧青果門前」交差点の前後では普通に渋滞に巻き込まれます。2022年12月には、この区間の地下を抜ける「築地虎ノ門トンネル」が全線開通を果たしますが、BRTは地上にある新橋駅への停車が必須のためトンネルは走らず。もしトンネルを経由して途中出入口から新橋駅に立ち寄ったしたとしても、第一京浜との交差点などの渋滞スポットは存在し、時間短縮はあまり望めません。
また停留所の設備・利便性では、別ルート・同エリアで路線を展開する都営バスと比べてもいまひとつ。「晴海BRTターミナル」(貨物線の機関区跡)は複合施設「トリトンスクエア」のオフィスゾーンから離れ、その賑わいは、近隣の都営バス「トリトンスクエア中央」バス停などとは対照的です。 晴海・勝どきのバス停は移設が予定されているものの、“プレ開業”ということもあり、上屋や位置情報機器(バスロケーションシステム)などの整備が追いつかず、「連節バス車両が1編成ある」以外の優位性が見出せないのが現状です。
晴海フラッグの浮沈を握る東京BRT
東京BRTの“プレ二次開業”では、環2通り沿いに豊洲・有明・東京テレポートへ向かう路線を新設。すでに国土交通省に申請を提出しており、2023年初頭には動きがありそうです。 そして、五輪選手村跡地に整備中の大規模マンション群「晴海フラッグ」への乗り入れも予定されています。晴海フラッグのウェブサイトでも「新橋・虎ノ門へダイレクトアクセス!」と謳われている東京BRTは、この街の移動手段を担うべく、運転本数なども大幅に増加する見込みです。 晴海フラッグは分譲戸数にして4000戸以上(賃貸棟も含めると5632戸)、想定人口は1.2万人ほど。分譲の規模で言えば、東京都が年間に供給する新築マンションの約3割に相当します。他の湾岸地域のマンションより格安だったこともあり、第1期分譲は平均13.9倍の競争率を記録。2024年3月の入居開始に向けて、あとは最終期(第3期)分譲とキャンセル分の販売を残すのみです。
ここは大江戸線の勝どき駅から2km以上(徒歩20分強)離れているうえ、駐車場設置率も4割少々であるため、やはりバスが主たる移動手段となりそうです。都営バスの乗り入れも予定されているものの、多量輸送となると、連節バスに強みを持つ京成バスが運行を請け負う東京BRTにかかっていると言っていいでしょう。 ただ現状の東京BRTは前述の通り整備が追いつかず、現状では「鉄道はまだないけどBRTはある」ではなく、「BRTと名前の付いた路線バスがある」という、実に名ばかりの状態なのです。
「地下鉄つくります」宣言 本当の意図
国の審議会では浮上していたものの、都からは突然発表された「臨海地下鉄」構想。その有識者会議は都・関連省庁や学識者などで組織され、直通運転先として名前が上がるTX(つくばエクスプレス)をはじめとした鉄道事業者の姿はなく、まだ具体性を欠いたままです。 一方、晴海フラッグも建設が進んでいるものの、東京五輪の開催延期に伴って入居開始も2024年3月に延期された経緯があります。ここに限らず周辺のマンションでは賃貸収入を折り込んだ投機目的の物件購入も多く、購入者からの訴訟トラブルなども起こっています。街としての価値を下げないことが今後の課題でもあり、都からの突然の宣言は、開発を失速させないために「地下鉄の整備に期待してください!」という「何とかするからちょっと待って」的なメッセージに見えないこともありません。 仮に地下鉄が実現するとしても、この街で生まれた子供が成人するほど先の話です。「東京の新・ど真ん中」と謳った晴海フラッグを言葉通りの環境にするには、まず東京BRTに走行レーンやPTPSなどを整備して速達化し、停留所や乗り継ぎの改善を図ることで、たとえ20年弱の間でも持たせたいところです。
振り返れば、東京BRTも計画段階から「五輪開催の遅れ」「市場移転の問題による環2通りの整備遅れ」など、外部の要因に振り回されてきました。選手村を格安で売却し、いまの晴海フラッグを含む街づくりを担ってきた東京都が、入居する人のためにしっかりとフラッグ(旗)を振ることができるのでしょうか。