正月とは日本人が死生観を意識し、最も神仏と近づく日である

正月はそもそも「歳神様」を家に迎えて一年の安寧を祈る神事である。歳神様は先祖の霊を敬う祖霊信仰と、その年の豊作を祈念する農耕民族の切実な思いが密接に結びついている。祖霊とは自身の未来の姿であるし、穀物の収穫の行方は生死がかかっている。本来の正月とは日本人が死生観を意識する日であるともいえる。

■正月

現代でも正月は一年の始まりということでおめでたい日である。年末には各地で各地でカウントダウンが始まり、普段は神社仏閣に立ち入ることとない人たちも、この日ばかりは良き一年を願い、初日の出を拝み初詣に訪れる。この日に幸運なことがあったり、粗相があれば、新年早々縁起がいい悪いとゲンを担ぐ。令和になっても変わらない光景である。年に一回とはいえ寒空の下で行列に並び神前(仏前)で手を合わせる瞬間は、それなりに敬虔な心持ちになっているのではないか。クリスマスやハロウィンを受容吸収して楽しむ日本人も、一年の最初は手を合わせることから始まる。そうと意識しなくても正月が神仏に祈りを捧げる宗教行為として日本人の心に根付いていることがわかる。

■歳神様

正月の家の玄関には門松が飾り付けてあり居間には鏡餅が供えられている。これらは「歳神様」を迎えるための儀式の道具である。門松は歳神様が来訪するための目印であり、家に滞在する間の依代でもある。鏡餅は歳神様へのお供え物である。歳神は「年神」「お正月様」「歳徳神(としとくじん)」などとも呼ばれ、正月元旦に新年の幸せをもたらすためにやってくる来訪神ということになっている。しかしどのような神なのかはっきりしない。「歳神」「年神」の神名は古事記をはじめ様々な古典に見られ、「年」は穀物や稲を意味するもので穀物の神とされている。これに祖霊信仰と、あらゆるものに魂が宿るアニミズムなどが融合して自然宗教的な神になったようである。理論立てられてはいないが、人間の魂は肉体が滅ぶと、一族の祖先の霊として、田の神や山の神となり、子孫の繁栄を見守ってくれるとされている。その神が一年の初めにその年の健康や豊作を約束してくれるために子孫の家を訪ねてくる。それを出迎える儀式が正月である。正月とは一年の五穀豊穣、無病息災などを神に祈る神事だった。ここで言われる歳神は「天照大神」や「大国主命」といった、神話に基づくはっきりした人格、性格を持つ具体的な神々ではない。歳神の性質を考えると、正月が「神道」として確立される以前からの日本古来の宗教行為であることがわかる。

■死と無常を超えて

一休宗純(1394〜1481)は正月に人間の髑髏を刺した竹竿を持って練り歩いたという。歳神さまを迎える門松も一休に言わせれば新年を迎えることは、年を重ねることで、死にまた一歩近づいた一里塚(目印)ということになる。一休は新年に浮かれる庶民に仏教の立場から世の無常を説いた。ゾロアスター教では生まれたばかりの赤ちゃんが泣くのは、やがて死ぬことを悲しんでいるのだと伝えられている。生まれれば必ず死ぬのだからその通りではあるが、一休もゾロアスターも中々にシビアである。しかし一休の皮肉も日本人の心に浸透はしなかった。彼の逸話は今や知る人ぞ知るが、日本人にとって新年とはやはり歳神様を迎える祝い事である。歳神は穀物の死と再生を意味するともいう。私たちが死んだその先は、歳神様となって家を守る役目が待っている。死をケガレとして嫌う神道の祭祀として根付いている正月は、世は無常でなく死後のこれからも祖先と子孫の歴史が紡がれていくことを教えてくれる日でもある。

■神仏に近づく日

現代は門松も鏡餅もその謂れを知っている人の方が少ないだろう。初詣に訪れる人たちも手を合わせるその先に何が鎮座しているのか理解しているのか怪しいものである。寺と神社と違いを説明できる人の数も思ったより多くないかもしれない。そんな現代の日本人は無宗教無信仰と言われ、今どきは葬儀にしろ結婚式にしろ無宗教の形式を取ることが多い。そうした時代にあっても、本来神事である正月は私たちが最も神仏と近づく日であるといえる。真摯に手を合わせたい。

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