
2024年に発生したJAL機と海保機の羽田空港衝突事故。最終報告書が出る前に、国交省が法改正を実施しています。ここから日本の航空行政の課題点も透けて見えます。
「最終報告書が出る前に法改正」なぜ?
2024年1月に羽田空港で発生した海保機とJAL(日本航空)機の衝突事故を受け、国土交通省2025年3月14日、新たな安全対策として、航空法の一部を改正する法律案を閣議決定したと発表しました。これが、今後同じような悲劇が起こらない対策になるのでしょうか。パイロットからは困惑の声も聞かれます。
この改正案において、パイロットのヒューマンエラーを防止するため、混雑空港で離着陸を行うパイロットを対象として「コミュニケーション能力やタスク管理能力を向上するための訓練」が義務付けられました。
法改正に先立つ2024年12月、運輸安全委員会が衝突事故調査の経過報告を公表しています。そこで、事故は以下の3点が重なったことで発生したと結論付けています。
・海保機は管制塔から滑走路手前までの移動を許可されていたが、これを滑走路の中まで移動許可が出ていると認識して滑走路の中に入って停止したこと。
・管制塔では海保機が滑走路の中に入っていたのを認識していなかったこと。
・JAL機は滑走路上で停止していた海保機を認識していなかったこと。
3点目について、管制塔はJAL機に着陸許可を出していました。にもかかわらず滑走路上に別の機体の存在を把握していなかった責任は大きいと言えます。しかし、事故原因の最終的な推定要因をまとめた「最終報告書」はまだ発表しておらず、これを“最終結論”とするのは早計です。
コミュニケーション訓練は三年後をめどに義務化すると発表されていますが、その内容や実施方法はまだ公表されていません。しかしその一方で、「一人で操縦する航空機の場合は何をもって『コミュニケーション訓』練なのか?」「管制官が言い間違えをする場合だってあるだろう」(現役パイロット)など、今回の改正について、本当に安全対策になるのか、という疑問を持つ声もあるわけです。
「最終報告前の法改正」に見る国交省のスタンス
あくまで現状の中間報告や報道からわかる情報の限りですが、今回の羽田の事故を第三者の視点からみると、航空管制と海保機の問題に集約されるといわざるをえないでしょう。
航空管制はJAL機に着陸許可を出しましたが滑走路上の安全確保を怠っています。海保機は管制塔の指示を誤解しながら、滑走路への入る際に同じ滑走路に接近中の航空機の有無を確認した形跡がありません。もちろん確定はできませんが、現状では、海保機は二つの重大なミスを重ねてしまった可能性が拭えないのです。
そして、航空管制と海上保安庁はともに国土交通省管轄の組織。つまり、この事故は2者の国土交通省の傘下組織、対し民間航空機という構図ができあがります。
パイロットが困惑する点はそこにあります。原因が確定する前に法を改正することは、国交省が自分たちの責任は棚に上げておきながら民間機側に新たな負担を要求している、ともとれる点です。
今回の法改定では、国土交通省は新たな訓練を導入することでヒューマンエラーが減ると信じているようですが、これはパイロットの視点から見ると、訓練の業務量が増えるということを意味します。パイロットの負担軽減がエラーを減らすことにつながる、あるいはパイロットの負担を軽減する新技術を導入する視点はないのでしょうか。
この“技術”の欠如は、羽田事故の当初から指摘されていました。
海外メディアは一斉に報じた「あの装置を搭載していなかった」
羽田の事故を報じた海外メディアが最初に注目したことは、日本で最も混雑した空港において、海保機が「ADS-B」という装置を搭載していなかったという点です。
ADS-Bは自機の位置を周囲の航空機に緯度・経度情報とともに発信します。もし海保機がADS-Bを搭載していたら、JAL機は操縦席の画面上で海保機を確認できたでしょう。同時に、海保機がADS-B受信機を装備していたら滑走路に接近中のJAL機の機影を画面上でも確認できたでしょう。ちなみに、航空先進国ではADS-B未装備の機体は混雑空域に入ることができません。
このADS-Bは過密化する世界の空において安全性を確保するための切り札としてICAO(国際民間航空機関)が各国に採用と普及を呼びかけています。ただ、日本はICAOの理事国ですが、ADS-Bの普及に向けた計画を打ち出していません。そして、経過報告の中にはADS-Bに関する記述がないのです。
航空事故を本気で減らすには、パイロットに新たな負担を要求することではなく、世界で証明されている新しいシステムを導入し、負担を減らすことであると筆者は考えています。これについては、パイロット側だけではなく、航空管制のシステムにおいても同じことがいえるかもしれません。