虚しさ漂う「クイーンビートル」の最後 JR九州希望の新造船が5年で“争奪戦”になるまで 「良い船だと今でも思う」

「浸水隠し」などが明るみに出て建造5年で売却となったJR九州高速船の「クイーンビートル」。最後は争奪戦の様相となり、韓国の船社に決まりました。あまりに強い逆風のなかでデビューした“半生”を振り返ります。

クイーンビートル売却 当初は2隻つくる予定だった!?

 JR九州は2025年4月17日、運航から撤退した日韓航路の高速船「クイーンビートル」(2582総トン)を、韓国パンスターグループの「パンスターラインドットコム」に売却したと発表しました。

 契約は1日付で結ばれ、引き渡しは5月中を予定。売却額は非公表で、JR九州は2026年3月期の連結決算に特別利益として計上します。売却に当たって「日韓航路で運航しない」ことを条件として盛り込んでおり、引き渡し後は国外の航路で就航することになります。

 関係者は「安全面を気にしてトリマランにしたのに、会社をたたむことになるとは」と悔しさをにじませます。

「クイーンビートル」はJR九州高速船が博多―釜山航路で投入する新鋭船として、豪オースタルで建造されました。日本では珍しいトリマラン船型(三胴船)を採用しており、「高速船から客船に生まれ変わる」をコンセプトとした内外装のデザインは工業デザイナーの水戸岡鋭治氏が手掛けています。

 船体は軽量のアルミ製。4基のエンジンを使用したウォータージェット推進により、航行速力は36.5ノットとなっていました。船価は57億円。当初はパナマ船籍で船級はノルウェー船級協会(DNV)でした。

 同航路に就航していたジェットフォイル「ビートル」(164総トン)の乗客数は191人でしたが、「クイーンビートル」は船体の大型化を実現したことで、旅客定員はビジネスクラス120人、スタンダードクラス382人の計502人に拡大。高速航行中でもシートベルトを着用する必要がなく、船内を自由に歩き回れる「クイーンビートル」ならでは設備として、飲食物を提供するKIOSKや免税店が置かれ、船尾と両舷には展望デッキが設けられていました。これらにより旅客サービスの向上と輸送力の強化を図っています。

 JR九州高速船はまず「クイーンビートル」を導入し、ジェットフォイル2隻と合わせて計3隻体制で運航。続いて「クイーンビートル」の同型船をもう1隻増やし、博多―釜山航路を「クイーンビートル」級2隻で、対馬―釜山航路をジェットフォイル1隻で運航することを計画していたようです。

 しかし、コロナ禍がこの計画を大きく狂わせました。

ジェットフォイルも売らざるを得ず

「ジェットフォイルでは走れない海の状況でも、『クイーンビートル』は走ることができる。特に日韓航路はジェットフォイルだと日没になると走ることができなかったが、『クイーンビートル』は真っ暗になっても走れるため柔軟なダイヤを組むことができた」(関係者)

 しかし新型コロナウイルスの感染拡大に伴って日韓航路の運航が休止になると、デビューを控えた「クイーンビートル」に暗雲が立ち込めます。2018年に起工した同船がロールアウトしたのはコロナ禍の始まりの2020年2月。資機材の供給不足や技術者の移動が制限されたことで、進水や各種試験も延期を繰り返し、JRへ引き渡されたのは2020年9月でした。

 この時点で収入源が途絶えたJR九州高速船は会社存続の危機に陥っており、ジェットフォイル2隻を売却。「クイーンビートル」は日韓航路への復帰を前提に沿岸輸送特許を得たうえで国内の遊覧運航を行ったものの、2022年からはカボタージュ規制(国内海上輸送の自国籍船限定)による日本船籍への転籍を余儀なくされました。

 JR九州高速船は2022年11月に博多―釜山航路で「クイーンビートル」の運航を再開したものの、船体のクラックを原因とした浸水が立て続けに発生し、再び運航停止に追い込まれます。2023年6月には「クラックが原因の浸水も発生し、臨時検査の受検義務が生じていたにも関わらず、国土交通省へ報告せず未受検のまま航行させた」として、「輸送の安全の確保に関する命令」を受けました。

 さらに2024年8月に国土交通省が実施した監査では、「2024年2月に発生した船体への浸水が、国土交通省へ未報告だった」ことに加えて、そのことを「航海日誌やメンテナンスログ等に記載せず、別途浸水に関する管理簿を作成」したうえ、浸水量が急激に増加した同年5月28日に「浸水警報センサーの位置をずらした」ことが発覚します。この時、「クイーンビートル」の船首先端の右舷側には約 110 cmものクラックが、縦に発生していました。

 これにより同社は国土交通大臣から早急に改善措置を執るべきとした「輸送の安全の確保に関する命令」に加えて、全国初となる安全統括管理者と運航管理者の解任命令を受けます。

建造からわずか5年 国内外から引き合い

 JR九州は再発防止策を発表するとともに、「クイーンビートル」の運航再開を模索していたものの「ハード対策を施しても船体へのクラック発生のリスクを完全に払拭することができず、運航再開のための確実な安全が担保できない」と判断。2024年12月に船舶事業からの撤退を表明しました。

 関係者は事象を報告すると運航を止められるという危機感から「安全に走れるという判断を自社でしてしまった」と振り返ります。

「良い船だと今でも思う。ジェットフォイル以外の選択肢を奪ってしまい、離島の皆さんには申し訳ない」(関係者)

 JR九州の広報によると「クイーンビートル」は国内外のさまざまな会社から引き合いがあり、その中で「早期の引き渡しという双方の条件が一致」したため、「パンスターラインドットコム」への売却が決まったとのこと。ただ、玄界灘の波に耐えられる強度の補修が難しいと判断した経緯もあり、売却の条件で日本と韓国を結ぶ就航は行わないことが盛り込まれています。

 パンスターグループは今月、釜山―大阪航路に新造フェリー「パンスターミラクル」(2万2000総トン)を投入したほか、釜山―対馬航路で高速船「パンスター対馬リンク」を運航しています。同グループでは韓国を拠点としたクルーズ事業の拡大を目指しており、「クイーンビートル」がどのように活用されるか注目されています。

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