
航空自衛隊が導入を予定している新型の対艦ミサイル「JSM」。北欧生まれのこのミサイルは射程こそ長いものの、速度は平凡なのだとか。ただ、F-35戦闘機と組み合わせることで高性能を発揮するようです。
空自史上最長の射程を持つ対艦ミサイル
日本も、航空自衛隊が運用するF-35用のミサイルとして導入を決めた「JSM(Joint-Strike-Missile:統合打撃ミサイル)」は、ノルウェーの防衛企業コングスベルグ・ディフェンス&エアロスペース(KDA)社がノルウェー軍と共同で開発する新型の対艦ミサイルです。
航空自衛隊では、F-35を新規導入するのに合わせて、この機体で使う新しい搭載兵器を複数導入していますが、その中でもこのJSMはこれまでにない装備品として注目を集めています。
最大射程は空自が現在運用する空対艦ミサイルよりも長い275km(高高度飛翔の場合は500kmとの説も)もあり、ミサイル自体が優れたステルス性を持っているため敵側からの迎撃が受けにくいという特徴まであります。また、対艦攻撃だけでなく、陸上目標への攻撃にも使用することができ、その長射程能力を活用すれば巡航ミサイルとしても使うことが可能です。
また、F-35での運用で一番の特徴といえるのが、F-35のウェポンベイに収容できる点でしょう。F-35はレーダーで捉えにくい高いステルス性を確保するために、搭載兵器を機内に収納するウェポンベイがありますが、一般的な対艦ミサイルの場合、サイズがネックとなってそこに収納することができません。
しかし、JSMは設計段階でF-35A(陸上型)もしくはC型(艦載型)のウェポンベイに収納できるサイズにすることが考慮されたため、ステルス性を阻害するような機外牽吊する必要がないのです。結果、2025年4月時点でF-35の機内に搭載できる唯一の長距離対艦・対地ミサイルでもあります。
島国である日本において、仮に武力衝突が発生したときに最初に対峙するのは敵の航空機と各種軍艦であり、その際にJSMは強固に防御された敵艦隊に対して、有効な打撃力になると見られています。
KDA社は2025年3月、オーストラリアのメルボルン近郊で開催された「アバロン・エアショー」にブースを出展、そこでJSMの実寸サイズの模型などを展示していました。このエアショーを取材しようと現地へ向かった筆者(布留川 司:ルポライター・カメラマン)は、会場内のブースで関係者からこのミサイルについての説明を受けることができました。
軍艦の防空網を突破できる力がアップ!
KDA社の社員によると、JSMの優れた特徴は2つあるといいます。ひとつは軍艦の防空網を突破できる能力で、社員はこれを「penetrate(貫通)」という単語で表現していました。
兵器の貫通力といえば、一般的には兵器の弾頭の多さや破壊力を連想します。しかし、ここでいう貫通とは物理的な意味ではなく、目標の防御を突破できるミサイルの能力を指しています。
「現代の軍艦は複数の防御網によって守られていますが、JSMはその防御網を突破できるだけの能力があります。これをどうやって行うかは具体的には言えませんが、本ミサイルは『低空飛行性能』『ステルス性』『パッシブセンサー』『高い機動性』を備えており、これら能力によって実現しています」(KDA社社員)
軍艦は、基本的に複数の対空ミサイルや対空砲を装備しているため、攻撃しようと近づく対艦ミサイルは命中する前に迎撃される可能性が高いです。そのため、近年の対艦ミサイルは撃墜されないよう、高速で飛行する弾道弾化や超音速での飛翔能力が付与されており、ミサイル自体も大型化する傾向にあります。
しかし、JSMはF-35に機内搭載するために大型化できず、飛行速度も従来のミサイルと同じ亜音速(数値は非公開)です。ただ、目標のレーダーやミサイルを回避するために優れたステルス性や機動性を備えており、本ミサイルを開発するノルウェー政府の公式発表よると、ミサイル本体は複合素材で作られているためレーダー反射が低くなるように設計され、飛行制御も「小型自律航空機として機能する」としています。よって、状況に応じてミサイルが自律的に防空網を避ける飛び方をする模様です。
弾道弾や超音速飛翔する対艦ミサイルが防空網を突破するのを、スピードによる「力業」と表現するならば、JSMはテクニックでこれを回避するといえるでしょう。
ミサイルといえば「撃てば命中する」という漠然としたイメージがありますが、対艦ミサイルの場合は迎撃や妨害によって攻撃が阻止される可能性が常にあります。そのために、多方向からの複数同時攻撃といったさまざまな攻撃戦術が必要となり、JSMにはミサイル自体にそのような能力が兼ね備わっているようです。そういう意味ではこのミサイルは防衛能力を高める有効な手段となることは間違いないようです。
ステルス機から放たれるステルスミサイルの脅威
KDA社の社員が挙げるJSMのもうひとつの特徴は自律的な目標探索能力です。JSMはミサイル先端のセンサー(シーカー)が目標付近で自律的に敵艦や地上目標を捜し、それを識別することができます。たとえば、命中地点付近に複数の艦艇がいた場合、その中から正しい目標を捜して正確に攻撃することができます。これはミサイル自体の命中率だけでなく、長距離攻撃では特に重要となる要素だと社員は説明します。
「みなさんはこのミサイルの射程の数字ばかりを気にしますが、それよりもその遠方で何ができるかが重要です。つまり、攻撃を成功させるにはその長距離を飛翔後に、敵を見つけて正確に識別し目標を特定する必要があります。JSMはこれらプロセスを自律的に行えるだけの目標探索能力があります」(KDA社社員)
また、目標を捜し出すセンサーにも特徴があり、その探索方式は自らの存在を露呈しないパッシブ型となっています。現在運用されている多くの対艦ミサイルは、ミサイル先端に搭載されたレーダーを使って目標を探索します。しかし、レーダーは電波を放出するため、それが警報のようになって敵側にもミサイルの飛来を知らせることになります。
JSMでは「完全なパッシブ型のデュアルユースのセンサーを搭載」(KDA社員)とのことで、命中するまではミサイル側からは存在を露呈することはありません。これはF-35のステルス機という利点にもプラスになることで、目標が警戒態勢に無い場合は、接近から攻撃・命中までの全行程を奇襲的に行うことができます。
このようにJSMはF-35に合わせた新世代の対艦ミサイルといえる存在であり、F-35という戦闘機の対艦・対地攻撃能力を飛躍的に高める装備だといえます。特に四方を海に囲まれた島国の日本にとっては、防衛政策において重要な存在となるでしょう。