
フィリピンが本格的な戦闘機の導入を計画しています。最終候補はアメリカ製のF-16とスウェーデン製の「グリペン」だとか。これら新型機の本格運用が始まれば、南シナ海における軍事バランスも一変しそうです。
約10年にわたり戦闘機ゼロだったフィリピン
21世紀に入り中国が南シナ海における領有権の主張を強め、人工島の造成や軍事拠点化を急速に進めるなか、フィリピンは重大な地政学的現実に直面しました。自国の空域が他国の軍事的影響下に置かれつつあるという、主権国家として看過できない現実です。
フィリピン空軍は、2005年に最後のF-5A「フリーダムファイター」が退役して以降、約10年にわたり実質的に戦闘機がゼロの状況となっていました。スクランブルはもちろん、領空防衛を担うべき存在が消失し、同国周辺の空はほぼ無防備のまま放置されていたのです。
好転のきざしが見え始めたのは2015年、韓国製のFA-50PH軽戦闘機を導入してからです。これによって、フィリピン空軍はようやく防空能力の一端を取り戻しました。同機は合計12機が導入され、現在は11機が実戦配備中です。
しかし、FA-50は、そもそもT-50高等練習機の改良型であるため、本格的な空対空・空対地戦闘を想定した設計ではなく、本格的な戦闘機と比べるとその能力には限界があることは明白です。レーダー性能、兵装搭載量、航続距離、電子戦能力のいずれを取っても、先進国が運用するF-16「ファイティングファルコン」やF/A-18「ホーネット」といった第4世代戦闘機に比べると見劣りします。
こうしたことを鑑みて、近年注目を集めているのが、フィリピン政府が進める「MRF(Multi-Role Fighter)」構想です。日本語に訳すと、「多用途戦闘機導入計画」となるこのプロジェクトは、機体更新にとどまらず、同国空軍全体の戦力構造を抜本的に刷新する試みと位置づけられています。
検討対象には、アメリカ製のF-16VとF/A-18E/F、JAS39「グリペン」、ロシア製のMiG-35やSu-35といった機体が名を連ねましたが、最終的にはF-16と「グリペン」の2機種に候補が絞られました。
フィリピン政府の導入予定数は12~20機で、実現すれば戦闘機の数は単純計算で2倍以上となり、その戦力的インパクトは質・量の両面において極めて大きいと言えるでしょう。
中国に対する抑止力となるか?
F-16および「グリペン」は、いずれも第4世代戦闘機として完成された設計を有しながら、搭載するアビオニクスやセンサー統合能力など、一部システムや性能については第5世代機に比肩し得るレベルを備えています。他方で、AESAレーダー、高度なグラスコックピット、戦術データリンク、新型の電子戦装備を有するため、最大で40~50年に及ぶ耐用年数も考慮すると、コスパ良く空軍力の質的飛躍を可能にすると見込まれます。
このクラスの機体を装備することは、単なる戦力アップに留まらない、国際戦略的にも大きな意義を持っています。南シナ海を挟んで対峙する中国空軍は、多様な高性能戦闘機を運用しており、それに質の面で対抗し得る航空戦力を持つことは、抑止力の観点からも極めて重要です。そうした点から、フィリピンが「グリペン」もしくはF-16を導入するのは、この空域においても一定の発言力と存在感を持つ国家へと脱皮することを意味します。
しかし、この選択には相応の代償が伴うでしょう。機体価格は構成・装備内容・付随する支援パッケージによって左右されますが、1機あたりおおむね1億ドル(約145億円)に達する可能性があります。
仮に20機を導入すれば、総額は20億ドル(約2900億円)規模にのぼり、これはフィリピンの国家財政にとって決して軽い負担ではありません。さらに、導入後の維持整備費、パイロットおよび整備員の訓練、兵站・運用基盤の整備といった継続的なコストも無視できないものとなります。
ゆえに、この計画は軍備増強というだけではなく、国家としての安全保障観、外交姿勢、そして経済的覚悟を問う、“総合的な国家戦略”であると言えるでしょう。
民主主義国家かつ中国の脅威を受けているという共通の価値観を持つ、日米豪をはじめとする地域安全保障の枠組みの中で、フィリピンがいかなる立ち位置を確保するのか、MRF計画はその答えを示すものになろうとしています。