
鹿児島市内に新駅「仙巌園」が開業しました。日本屈指ともいえる「海に近い駅」ですが、プラットホームからの美しい景色とは対照的に、駅前での“縄張り争い”が祝福ムードに水を差す事態となっています。
日本屈指の「海に近い駅」開業 駅前で“小競り合い中”
JRグループのダイヤ改正があった2025年3月15日、JR九州では日豊本線の新駅「仙巌園」が開業しました。日本屈指の「海に近い駅」のプラットホームから一望できる美しい景色とは対照的に、駅前での“縄張り争い”が祝福ムードに水を差しました。
九州の象徴の1つである桜島と錦江湾が眼前に広がり、「日本有数の絶景駅」となったのが、2025年3月15日に開業した鹿児島市の仙巌園(せんがんえん)です。
日豊本線の鹿児島~竜ケ水駅間に新設され、県内では鹿児島本線の神村学園前(いちき串木野市)以来、15年ぶりの新駅誕生となりました。駅前の整備を含めた事業費は計約12億3000万円に上り、鹿児島県と鹿児島市、民間企業などが負担しました。
駅は単線に沿って1本のプラットホームを設けた無人駅。周囲の景観に配慮した鉄骨造りの建物はダークグレー色の簡素な外観で、切符を販売する券売機と、JR九州の「SUGOCA(スゴカ)」などの交通系ICカードに対応した入場・出場用の自動改札機を備えています。普通列車が1日に上下計57本が停車し、九州新幹線と乗り換えられる鹿児島中央駅までは2駅で約8分、運賃は大人210円です。JR九州は1日当たり200~300人の乗車を見込んでいます。
駅名は、現在の鹿児島県と宮崎県南西部からなる薩摩藩の藩主だった島津家の別邸「仙巌園」が目の前にあることに由来します。世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成遺産の旧集成館も近くにあり、観光名所へのアクセスが優れています。地元の観光業関係者は「(NHKの大河ドラマ)『西郷どん』が放送された2018年に盛り上がった鹿児島観光が再び脚光を浴びるきっかけになればいい」と期待をにじませます。
「西郷どん」の鈴木亮平さんが演じる西郷隆盛と、渡辺 謙さん演じた島津斉彬が相撲をとるシーンは、仙巌園で撮影されました。仙巌園の前では今、その場面をほうふつとさせる勢力争いが繰り広げられています。
「バス停標識は残った」 使われないバスベイ
筆者(大塚圭一郎:共同通信社経済部次長)は仙巌園駅の開業を控えた2025年3月中旬、地元紙「南日本新聞」3月4日付の紙面を携えて駅前を訪れました。記事が指摘した通り、国道10号の鹿児島市街地へ向かう2車線のうち、左折車線上にはバス停「仙巌園前」の標識が残されたままになっていました。
国土交通省鹿児島国道事務所によると、相次いでいた自動車の追突事故を減らすために仙巌園前付近の通行ルートを2024年3月に変更。国道10号の鹿児島市街地方面に約200mの左折車線を設け、車線に沿った歩道に切れ込みを入れて路線バスが停車できるスペース(バスベイ)を新設しました。
ところが、バス停標識は左折車線上の元の位置に残されたままで、今も鹿児島交通と南国交通の鹿児島中央駅行きバスの乗り場となっています。
故山本周五郎氏の小説『樅ノ木(もみのき)は残った』ならぬ「バス停標識は残った」と呼ぶべき光景で、この背景に対立劇があるのも共通しています。
南日本新聞の記事によると、鹿児島交通はバス停の移設に応じない理由として仙巌園駅開業による渋滞悪化への懸念を挙げて「開業で渋滞が発生した際の対応を約束してもらえない限り、標識の移設にも協力できない」とコメントしています。一方、南国交通は「現在より安全性が向上する」として移設に賛成しています。
鹿児島国道事務所は2025年2月14日付で、鹿児島県バス協会に対してバス停標識の移設を求める勧告書を出しました。国は工事に支障がある場合は動かす条件でバス停標識の設置を許可しており、仙巌園駅開業前日の3月14日までの移設を求めました。
これに対し、県バス協会は3月7日付で国交省の勧告書に対して「承諾できない」と回答。バス停標識が元の位置にとどまったまま新駅開業を迎えました。
渋滞対策「不安視されていたのは確かだ」
鹿児島交通が指摘した仙巌園駅開業に伴う道路渋滞の悪化は、「不安視されていたのは確かだ」(地元住民)といいます。
というのも、国道10号の左折車線を進むと日豊本線の踏切があり、鹿児島中央方面への普通列車が新たに仙巌園駅に停車するため、駅開業前と比べて踏切の遮断時間が長くなって道路渋滞が悪化する恐れがありました。
そこで、JR九州は2つの対策を実施しました。1つ目は、遮断機が下りる列車の通過地点を踏切に近づけたこと。通常、踏切は手前のある地点を列車が通過すると遮断機が下りる仕組みになっています。
もう1つは、通勤通学のため道路が渋滞する午前7~8時台に、鹿児島中央方面の普通列車4本が仙巌園駅を通過するようにしました。仙巌園の開園時間は午前9時のため、この時間は駅の利用者が少ないとの判断も働いています。これらの施策で踏切が遮断される時間を短縮しました。
しかしながら、鹿児島交通は今のところ納得していません。南日本新聞の記事によると、鹿児島交通は「国とは法的に争う」ともコメントしているため、国交省側がバス停標識を撤去するような強硬手段に出た場合には提訴して裁判で争うことも辞さないとみられます。
待望の新駅開業に合わせた車線の拡幅も、新設されたバスベイも使われずにポールで囲まれた光景。それは大海原を望む安らかな風景とは対照的で、諍いが収まっていない異常事態が続いていることを物語っています。