日本の農業をカッコよく!業界のタブーに切り込む、33歳のゲームチェンジャー

カラフルニンジンで一世を風靡し、メディアからの取材や全国区のテレビ番組出演、各方面からの講演依頼などを受け、精力的に農業の活性化に挑む、鈴盛農園代表・鈴木啓之さん。会社員を辞めて新規就農者として農業の世界に入った理由や、農業界の可能性・変えていくべきことについて伺いました。

山積みの課題は、チャンスだ

僕が農業の世界に足を踏み入れたのは2009年。勤めていた会社を辞めて飛び込みました。最初から農業と決めていたわけではなく、自分で何かビジネスをしたいと考えたとき、たどり着いたのが農業でした。

なぜなら、農業には暗いイメージや後継者問題、野菜や米の価格下落による不景気など、とにかく問題が山積みで、逆にそれはビジネスチャンスだと思ったから。

高齢者が多くて後継者がいないなら若者がやればいいし、価格が下がっているなら自分で価格をつけて販路を確保すればいい。「農業は大いなる隙間産業」で、多くのピンチはチャンスと捉えたのがきっかけでした。

鈴盛農園

新規就農者への最初の洗礼

しかし、意気込んで会社を辞めたのはいいけど、いきなり大きすぎる壁にぶつかりました。

社会的に認められた農家になるには、農地を900坪以上持っていることや、農業委員会の面談を受けて農家としてふさわしいというお墨付きをもらうなど、越えないといけない壁がたくさんあったのです。

僕の祖母が少し農業をやっていましたが、畑は300坪。これでは農家になれません。だからと言って、農地も簡単に借りられない。特に碧南市は農家の後継者が多くて、余っている農地がほとんどなく、「碧南以外の、過疎化が進んで耕作放棄地が多い山間地でやったら?」などと言われることもありました。

メディアで「農家の後継者問題」が騒がれていたから、若者がやりたいと言えばすぐに受け入れてくれるだろうと思っていたんです。でもそれは大きな間違いで、考えが甘かったと思いました(笑)。

行動がピンチをチャンスに変える

だけど、簡単に諦めるわけにはいきません。地域に農家入りを認めてもらえないなら、自分でやるしかないと考え、当時83歳だった祖母のところに弟子入りさせてもらいました。

祖母は僕が本気で農業をやるとは思っていなかったようで、最初は「趣味程度にしておきなさい。休みの日に畑においで」と言っていました。それでもめげずに毎日通うと、この子は本気なのかもしれないと思ってもらえたようで(笑)「この規模の畑じゃ食べていけないから、ちゃんと先生を探して勉強しなさい」とアドバイスをくれました。

農業の先生とは誰なのか——。手探りで探し始め、たどり着いたのが農業大学校です。すぐに電話をすると、申し込み期限は明日の午前中とのこと。その場で申し込みを伝えて入学し、1年弱ほどの研修を経て、市外の大きな農家さんの元で2年間修行させてもらいました。

そうこうしていると、碧南市の農家さんから「市内にある耕作放棄地なら紹介できるかも」と連絡が来たのです。これはとても嬉しかったですね。今思えば、最初はふるいにかけられていたのかもしれません。僕が会社を辞めた当時はリーマンショック直後で、全国的に退職者が多く、一時的に農業ブームが起こったタイミング。ファッション感覚ではなく、本気で農業をやろうとしているのか、見ていたのだと思いました。

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常識にとらわれない、「表に出る農家」へ

地元・碧南市で農地を手に入れた僕は、晴れて農家としてのスタートラインに立つことができました。掲げたテーマは、「日本の農業をカッコよく」です。農業の暗くてよく分からないイメージを払拭し、子供たちが就職したい職業にしたい、農業という仕事をかっこいいものであること伝えたい、そう思いました。

そして、これを実現させるには、従来の常識にとらわれるわけにはいきませんでした。

たとえば、一般的に農家は地域の農業団体に所属します。でも、そこに所属すると、新しい作物を新しい方法で作ることも、メディア取材を受けてかっこいい農業をアピールすることも、自分の判断ではできなくなります。

だから僕は徹底的に「表に出る農家」になろうと、団体には属さずに、一匹狼でやっていく道を選びました。

これは、一人の若い新規就農者が、足並み揃えて同じようにやっている碧南市の約150軒のニンジン農家から外れ、違う道を行くということ。要は「出すぎた杭」なので、そこに目が集まるのは当たり前です。

何をしても叩かれ、悔しい思いもたくさんしましたが、心が折れてしまったらそこで終わりです。買い支えてくれている人たちや応援してくださる人を見て、頑張るのみだと思いました。

具体的には、栽培する野菜の売り先は自分で開拓し、値付けも自分でします。初めてカラフルニンジンを栽培して販売したときは、プレスリリースを出して新聞などに取り上げてもらいました。

栽培方法も、業界ではタブーと言われている、塩を使った農法を採用しています。なぜタブーかというと、「塩害」という言葉に代表されるように、塩を農業に使うと野菜が曲がったり割れたりすることもあるからです。

ですが、甘いニンジンを作るには塩が欠かせません。見た目より味重視。味でしか選んでもらえない僕らだからできる、鈴盛農園にぴったりの農法でした。

野菜

農業にビジネス感覚を取り入れる

農業を始めて痛感しているのは、業界には極端にビジネス感覚が抜けているということ。だから僕は、会社員時代の経験を農業に持ち込むことで、業界の当たり前を変えようとしています。その一つが、新規就農者でもすぐに仕事ができるようにするための作業マニュアルを作ったこと。

もちろん、熟練の技や勘を見て盗むのは大事だとは思います。だけど、新規就農者にとってはとても難しい。僕も、祖母に「いつニンジンの種に水をやればいいのか」と聞いたとき、「お天道様に聞いてみな」と言われたことがありました。これぞ勘ですが、新規就農者はお天道様と会話ができません(笑)。

土の水分をパーセンテージで表現できるなら、できるだけ言語化して水をやるタイミングを可視化した方がいい。それが、農業の分かりにくさや、足の踏み入れにくさを緩和すると思っています。

また、農家さんの多くは、シーズンが終わったタイミングで売り上げを計算しますが、僕らは日時で売り上げ管理をしています。そうすることで目標も立てられるし、前年比もわかるし、雇用も生みやすい。

そうやって農業にビジネス感覚を取り入れていくことが、業界をよくするためのきっかけになると思っています。

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必要なのは、雇用の考え方と受け入れ体制

これから僕がすべきことは、新卒でも中途でも、就職先の選択肢に農業が入ってくるような時代を作ることです。

なぜ現時点で農業が蚊帳の外かというと、希望小売価格やタイムカード、マニュアルなど、一般的な会社に普通にあるものが農業にはなく、それだけ仕事の概念が離れているからだと思うのです。

だけど、仕事の概念を他の業界と近づけようとしている鈴盛農園には今、24歳の正社員と、20〜30代のアルバイト、パートが在籍しています。毎月のように若い方から就農希望の連絡をもらいますが、農地不足の関係で泣く泣くお断りする状況が続いています。

この現実からも、若者が農業から離れているのではなく、農業が若者を離していることがわかります。業界の、停止してしまっている思考は変えるべきです。

理想は、100人の農家がいるとしたら、その中からビジネスマインドを持って人材マネジメントができる人が5人残り、残りの95人を雇用すること。農業経営者と、そのもとで社員として働く人がいる世界を作れたら、「農業をやってみたいけど独立するのは自信がない」「初期投資ができない」という人にも農業の選択肢が生まれると思うのです。

農業界に、いろんなスキルを持った人材が流動するようになれば、業界全体の底上げにつながるし、常識が変わるはず。日本の農業がそう変わっていくのだとしたら、僕は飲み込まれる側ではなく、引っ張っていく側の人間になっていたいと思っています。

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志で業界と社会を変えたい

鈴盛農園を始めて5年がたった今、メールや電話、インターネットからのお問い合わせを多くいただくようになりました。2015年にホームページを刷新してからは、全国区のテレビ番組に取り上げてもらうなど、ホームページとFacebookが農園の営業担当として活躍してくれています。

また、ふるさと納税のお礼の品としても、ありがたいことにたくさんご指名いただいています。電話やお手紙をいただくことも多く、「こんなに美味しいニンジンは初めて食べました」「子どもが食べられるようになりました」など、嬉しい声をたくさんもらっています。一過性のブームにならず、永続的なファンでいてもらうためにも、頑張りたいと思っています。

最後に、僕は農業って本当にかっこいいなとつくづく思っています。かっこいいと思うから、子どもを保育園に迎えに行くときも、農業用のトラクターに乗っていく。しかも、オレンジ色のつなぎを着ているから、子どもたちがフェンスにしがみついて戦隊ヒーローを見つけたかのように興奮するんですよね(笑)。

彼らが大人になったとき、農業が就職の選択肢に入っているよう、これからも農業の良さを広く世に伝えていきたい。かっこいい質の高い職業として、確立させていきたいと思っています。

(取材・文:田村朋美、写真:増山友寛)

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