
郊外もトコトコ運転で、道路との平面交差も簡易である「宇都宮ライトレール」ですが、なぜ一部区間を一般的な鉄道として整備しなかったのでしょうか。
「軌道法」で全区間つくられた宇都宮ライトレール
日本初の新設LRTとして2023年8月26日に開業した宇都宮ライトレール「ライトライン」が順調な滑り出しを見せています。10月5日付日本経済新聞によれば、開業から1か月の輸送人員は累計約42万人で、想定の1.4倍に達したばかりでなく、初年度の経常黒字達成すらも見えてきたといいます。
日本ではまだ「ライトレール」という用語に馴染みが薄いため、報道では「次世代型路面電車」と呼ばれることが多いですが、各駅停車のみ1時間あたり日中5本、所要時間約48分の「暫定ダイヤ」は確かに路面電車的です。 とはいえライトラインはまだ完成形ではありません。特許申請の前提となる「軌道運送高度化実施計画」を見ると、「1時間あたり朝夕ピーク10本、日中6本、最短38分の快速運転を実施する」という未来像が示されており、来年以降のダイヤ改正で段階的にサービスを高度化していく計画です。 郊外は専用軌道を高速運転し、都心は併用軌道で中心部まで乗入れることで、建設費のかかる地下鉄道や高架鉄道に頼らず郊外と都心を結ぶ。これこそLRTが従来の路面電車と根本的に異なる点なのです。 ですが、そうであれば都市部は路面電車、郊外は普通の鉄道として建設すればよいのではないかと思う人もいるでしょう。しかし「路面電車」と「普通の鉄道」には、大きな違いと隔たりがあります。
二重の認可法律の「壁」
いわゆる鉄道は「軌道」と「鉄道」の二つに分類でき、法律的な位置づけも異なっています。簡単にまとめると、鉄道は自動車や人が立ち入れない専用軌道を走行するため、信号保安装置のもと大型車両で高速運転が可能です。一方、軌道は原則として道路上(併用軌道)を走りますが、路面を自動車や歩行者と共有するため安全上、最高速度は40km/hに制限されており、運転士の目視に頼って運転します。
これを組み合わせている例が日本にあります。広島電鉄2号線系統は、鉄道である「宮島線」と軌道である「市内線」を直通運転しており、宮島線内では最高速度60km/h運転が行われています。また福井鉄道福武線も鉄道区間と軌道区間から成り立っており、鉄道区間では最高速度65km/hの急行運転が行われています。 路面電車の枠に収まらない本格的な快速運転を行うのであれば、ライトラインも「鉄道と軌道」の組み合わせで整備するという考え方はなかったのでしょうか。 宇都宮市の東西交通整備構想は1980年代後半に浮上し、当初は「モノレール」や「ガイドウェイバス」も検討対象に含まれていましたが、2000年代に入ってLRTとしての整備方針が固まりました。宇都宮市に聞くと、その当初から全区間を軌道法にて整備する方針だったと言います。 というのも、法律上異なる鉄道と軌道を一体的に運用するのには、いくつかのハードルがあるからです。最大の問題は「運転免許」です。鉄道の運転免許は「動力車操縦者免許」といいますが、自動車でも大型免許、中型免許、特殊免許などと分かれているように、鉄道もさらに細かく分類されています。 分類は蒸気機関車、内燃車(ディーゼル車等)、電気車といった仕組みの違いに加え、専用軌道を走る「甲種」と、併用軌道を走る「乙種」があります。つまり軌道と鉄道を直通する路線の運転士は甲種電気車運転免許と乙種電気車運転免許の両方を取得していなければならないのです。 広島電鉄によれば、同社の養成所の講習課程は乙種電気車運転免許の取得を目的としており、甲種電気車運転免許は乙種免許を取得した運転士が中国運輸局で動力車操縦者試験を受験して取得しているため、宮島線直通の運転士と軌道線専任運転士は所属の営業課が異なるそうです。 規模の小さい福井鉄道では、要員養成はさらに大変だといいます。中途採用の社員は多くが甲種免許を取得しているそうですが、乙種免許を取得しなければ乗務ができません。ところが動力車操縦者試験は年2回で、実際に乗務につくには長い時間がかかるため要員確保は容易ではないと話します。 歴史的経緯から鉄道と軌道が直通することになってしまった路線は仕方ないとしても、新たに整備する路線が、わざわざややこしい方式をとる必要はないということでしょう。
将来は「最高70km/hで運行したい」その方法とは
とはいえ中規模都市における本格的な都市交通を目指すLRTにとって、軌道法の制限は大きな障壁です。そこでライトラインが期待を寄せるのが「特認」です。 これは設備等による安全確保を前提として、軌道法が制限する「40km/h以上、編成長30m以上」の運転を特別に認めるものです。既存の事例でも、阪堺電気軌道の50km/h運転や、輸入車であるためわずかに編成長30mを超えてしまった広島電鉄5000形電車の場合などがあります。宇都宮市はライトラインについて、まずは40km/h運転で実績を積んだ上で、特認による速度向上を目指したいとしています。 特許申請では具体的に「将来的に自動車交通との並走区間(平面一般区間の一部)で50km/h、LRTのみが走行する区間(高架専用区間の一部)において70km/h」走行を目指すとしており、実際にライトラインの「HU300形」車両の設計最高速度は70km/hを確保し、さらに全長29.5mの3連節車も車両の増結を想定しているといいます。 好調な出足のままライトラインが成功を収めれば、第二第三の新設LRT構想が動き出すかもしれません。今後は鉄道と軌道の垣根を越えたLRT整備を促進する上で、全てを特認で解決するのではなく、時代遅れな二重行政の解決も検討する必要があるでしょう。