F-16ついにベトナムにも? かつての敵アメリカと最大規模の武器取引 “脱ロシア兵器”の本気度

東南アジアの大国ベトナムが、かつての敵であるアメリカとの距離を急速に縮めています。“史上最大規模”という武器取引の交渉も開始。ロシア系兵器からの脱却は果たして“本気”なのでしょうか。

かつての敵は今日の友? ベトナム・アメリカ・中国の関係

 2023年9月2日付のロイター通信は、アメリカのバイデン政権がベトナム社会主義共和国(以下ベトナム)と史上最大規模の武器取引に関する交渉を開始したと報じました。歴史的経緯から、ロシア系兵器に依存していたベトナムが大きく変わりつつあるようです。

 ベトナムの前身であるベトナム民主共和国は、中国(中華人民共和国)から多大な軍事的な支援を受けてアメリカを相手とするベトナム戦争を戦い抜き、勝利をおさめています。しかし南北統一後、ベトナム社会主義共和国が1979年になってカンボジアに親ベトナム政権を樹立するため侵攻したことで、カンボジアの対立勢力を支持していた中国との関係が急激に悪化。同年2月に武力衝突(中越戦争)が発生しています。 中国は一時ベトナム北部の都市を占領し、戦争そのものは中国が勝利したとみなされていますが、その一方でベトナム人民軍の攻撃により中国軍(人民解放軍)は大きな損害を受けたとも伝えられており、アメリカ軍に続いて中国軍をも苦しめたベトナム人民軍は精強な軍隊というイメージが定着しています。 その後ベトナム社会主義共和国と中国は1991年に国交を正常化していますが、両国の間には南沙(スプラトリー)諸島の領有権争いなどの領土問題が残されていました。 近年、中国は人工島を建設するなど南沙諸島の領有化を進めており、その領有権を主張しているベトナムは中国に対して神経を尖らせています。 このためベトナムは中国の力による現状変更を認めない、かつての宿敵であるアメリカと軍事的な結びつきを強めており、2018年3月にはアメリカ海軍の原子力空母「カール・ビンソン」、2023年3月にはやはり原子力空母の「ロナルド・レーガン」が、ベトナム戦争でアメリカ空母の拠点となったカムラン湾に寄航しています。

数年前から始まっていた「F-16いかがですか」プロモーション

 アメリカとベトナムの軍事的な結びつきは武器にも及んでおり、アメリカ政府は2019年6月に、ボーイングの子会社であるインシツが製造している偵察用UAV(無人航空機)「スキャンイーグル」6機の売却を決定しています。 またアメリカ空軍は2021年6月にベトナム人民空軍との間で、地域安全保障協力と支援の戦略的プログラムの一環として、同空軍も練習機として使用しているテキストロン・アビエーションのターボプロップ練習機T-6「テキサンII」の供給でも合意しています。 スキャンイーグルやT-6は直接戦闘に参加する武器ではありませんが、ロイター通信は今回アメリカとベトナムが行っている交渉には、直接戦闘に参加する武器であるF-16戦闘機が含まれていると報じています。 ベトナム人民空軍は現在、ロシアから導入したSu-27「フランカー」戦闘機を11機、Su-27をベースに開発された多用途戦闘機Su-30MKVを35機、旧ソ連時代に導入したSu-22戦闘爆撃機を34機保有しています。ベトナム人民空軍では長年に渡って、ベトナム戦争にも投入されたMiG-21が主力戦闘機として運用されていましたが、2015年に退役しています。

 同空軍はそのMiG-21を後継する新戦闘機の導入を検討しており、F-16は、スウェーデンのサーブが開発したJAS39「グリペン」と共に有力な候補機として名前が挙がっていました。 このためF-16 のメーカーであるロッキード・マーチンは、アメリカとベトナムが正式な交渉を行う前からベトナムへF-16のプロモーション活動を行っています。その一環として2019年10月にベトナムの首都ハノイで開催された防衛装備展示会「DSEベトナム」と、2022年12月にかつてMiG-21が配備されていたハノイのザーラム空港で開催された防衛装備展示会「ベトナム・ディフェンス2022」で「F-16V」の大型模型を展示しています。 F-16Vは高性能コンピュータの搭載や、探知距離の長いAN/APG-83 AESAレーダー、大型液晶ディスプレイを使用するグラスコックピットの導入といった改良が加えられたF-16の最新仕様機で、台湾やスロバキアなどにも採用されています。

F-16導入、ベトナム人はどう思ってるの?

 筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)はDSEベトナムの取材で初めてハノイを訪問しましたが、市内の博物館の展示などを見て、ベトナム戦争でのアメリカに対する勝利は、一般的な日本人、少なくとも筆者が考えていた以上にベトナム人にとって大きな意味を持つものだと感じました。 それ故に、DSEベトナムでF-16Vのプロモーションがしれっと行われていたことに筆者は違和感を覚えました。 そこでDSEベトナムの会場を訪れていたベトナム人のマニアに、アメリカ製戦闘機をベトナムが導入することの是非を問うてみると、彼らは一様に「もしアメリカがF-16Vをわが国に売却してくれるのであれば、それは空軍戦力の強化はもちろん、アメリカとの結びつきを示すことで中国に対する防衛力が総合的にアップするので歓迎する」と述べ、筆者はその言葉に驚かされました。

 ベトナムは元の宗主国であるフランス、日本(大日本帝国)、アメリカ、中国といった軍事大国に一泡吹かせた歴史を持つ国ですが、それを成し遂げた原動力の一つは、不倶戴天の敵であったアメリカと、アメリカを象徴する戦闘機の一つであるF-16ですら、自国の利益になると思えば躊躇なく利用できる、良い意味での狡猾さにあるのではないかと思いました。

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