
ロシアが黒海において、ウクライナの港へ向かうすべての船舶を敵とみなすという、西側諸国から見れば事実上の「黒海封鎖」を強行しています。しかしこの「封鎖」という言葉は、正しい使い方ではないかもしれません。
ロシアが黒海の船舶航行を制限
ロシア国防省はモスクワ時間の2023年7月20日午前0時以降、ウクライナの港に向かうために黒海を航行するすべての船舶は、軍事目的の物資を積み込んでいるものとみなし、さらにその旗国(船舶が掲げている旗の国)はウクライナ側に立ってこの紛争に参加したものとみなす、としています。これは7月17日に、ロシアがウクライナとのいわゆる「穀物合意」から離脱したことに端を発しています。
もともと、ウクライナに軍事侵攻を開始した2022年2月以降、ロシアは黒海における船舶の航行を制限し、これにより世界有数の穀物産出国であるウクライナからの穀物輸出が滞ってしまいましたが、同年7月、国連事務総長とトルコの仲介の下でロシアとウクライナは貨物船の安全な航行などに関する合意を結ぶことに成功しました。これが穀物合意です。 しかし、ロシアはこの合意の条件に含まれているロシア産穀物や肥料に関する輸出障壁の撤廃が行われていないとして、このたび合意からの離脱を宣言しました。ロシア側は合意への復帰に関する条件として、これまで国際社会がロシアに課してきた様々な制裁の緩和を求めていることからもわかるとおり、ロシアは譲歩を引き出すための材料として合意離脱を利用している、と見ることができます。 さて、メディアなどで連日報道されているこの問題ですが、その際よく「黒海封鎖」という言葉が目につきます。実は、この封鎖という言葉の使い方には注意が必要です。
ロシアによる措置は「封鎖」なのか
国際法上、「封鎖(blockade)」とは「敵の領土内にある、あるいは敵が占領(管理)している沿岸部や港、空港へのすべての船舶や航空機の入港、あるいは出港を防止する軍事行動」をいうとされています。その目的は、敵の補給路を断つことにあり、言い方を変えれば「兵糧攻め」ということになります。この封鎖を破ろうとする船舶(封鎖侵破船)は、その積み荷や船籍を問わず、拿捕および没収の対象となります。 古く16世紀末にはすでに海上戦の手法の一環として認識されていたこの封鎖は、19世紀半ばから20世紀初頭にかけてこれを規制する国際条約も誕生しています。第1次および第2次世界大戦を経て、2023年現在でも封鎖の措置は各種の武力紛争でとられてきています。しかし、単に海上交通を遮断したからといって、それが封鎖にあたるとはいえません。 まず、封鎖を行えるのは敵国の領水、その先の公海、および排他的経済水域(EEZ)に限られています。また、封鎖は船舶の航行を防止するに足りる兵力(水上艦艇)により実効的に行われる必要がある(実効性要件)ほか、封鎖を行うという宣言および他国への通告が必要とされています(宣言告知要件)。
ロシアの行為はどう評価される?
それでは、今回のロシアの行為はどのように評価されるのでしょうか。まず、これが封鎖にあたるかどうかですが、たしかにロシアは黒海艦隊により実効的な措置をとれる可能性はあります。しかし、ロシアはこれを「封鎖」とは表現しておらず、加えて今回の行為の目的も、ウクライナの補給を断つというより、むしろ国際社会からの譲歩を得るための威嚇に思えます。従って、これは法的な意味における封鎖とはいえないでしょう。
ロシアの“意味深な一文”の真意は
では、ほかにどのような説明が可能かというと、ひとつは「排除水域(exclusion zone)」が考えられます。排除水域は、軍事的な必要性から一定の海域で民間船舶などの航行を制限するもので、もともと第1次および第2次世界大戦時に生み出されました。比較的最近では、1980(昭和55)年に始まったイラン・イラク戦争や、1982(昭和57)年のフォークランド紛争などでこうした水域が設定されています。
ただし、この排除水域において、そこに入ってきたからといって民間船舶を無差別に攻撃できるわけではなく、たとえば敵の戦争遂行努力に資するような行動をとっている場合など、きわめて限定的な場合に限られています。今回のロシアの声明にある「ウクライナの港に向かうために黒海を航行するすべての船舶は、軍事目的の物資を積み込んでいるものとみなす」という一文は、まさにこのような理由から攻撃の可能性を示唆するために盛り込まれたのではないかと、筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は考えます。 しかし、これはロシアが一方的に主張しているにすぎず、単にウクライナに向かって航行しているからといって、その船舶が戦争遂行努力にあたっているとみなすことは困難でしょう。ロシアが、国際法に従って適切な行動をとることを切に願うばかりです。