レーダー× 無線も×「闇夜に無言でステルス機へ空中給油」の神業 イラク戦争20年 元米軍兵振り返る

イラク戦争開戦から20年を迎えました。開戦初日にイラク本国を攻撃したのがステルス爆撃機B-2。同機に夜間、空中給油を行った空軍兵士の言によると、無線が使いえないなか、ライトを頼りに行うなど、厳しい状況だったようです。

イラク戦争開戦からちょうど20年の節目の年

 2001年9月のアメリカ同時多発テロを契機に始まった、アメリカの「テロのとの戦い」それから2年半後の2003年3月20日、アメリカを主体とした有志連合がイラクに対して進攻を開始し、のちに「イラク戦争」または「第2次湾岸戦争」と呼ばれる戦いが始まりました。

 開戦初日は有志連合が保有する陸海空の様々な兵器によって攻撃が行われましたが、そのなかにはアメリカ本土から出撃したB-2「スピリット」ステルス爆撃機も含まれていました。 筆者(布留川 司:ルポライター・カメラマン)は以前、イラクへと向かうB-2に空の上で燃料補給を行った空中給油機のオペレーター(通称ブーマー)から、そのときの模様について話を聞いたことがあります。作戦遂行中であるがゆえの緊迫感漂う状況を、改めて振り返ってみましょう。 そもそも、ステルス爆撃機であるB-2は、数の少なさと機密保全の関係からアメリカ本国のミズーリ州ホワイトマン空軍基地で一括運用されており、イラク戦争開戦初日の攻撃に加わった機体もここから無着陸飛行でイラクまで遠路、攻撃へ向かっていました。 アメリカ本国からイラクまでの飛行時間は、往復で約40時間(記録上の最長時間は44時間)もかかるものでしたが、アメリカ空軍の爆撃機がこのような本土からの無着陸飛行を行うことは、決して珍しいことではありません。ただ、いずれの場合もそれをサポートする存在として、空中給油機は不可欠でした。 仮にB-2が地球1周できるような長距離飛行能力を持っていたとしても、燃料搭載量には限りがあるため、無着陸で飛び続けるには空中給油機からの燃料補給が必須です。ゆえに、イラク戦争の開戦初日の爆撃でも、B-2はその途中で5回もの空中給油を受けています。

空中給油機の「ブーマー」なる仕事の中身

 前出の、イラク戦争における開戦初日に、イラクへと赴くB-2ステルス爆撃機に対して空中給油を行ったのが、KC-135空中給油機です。「ストラトタンカー」との愛称を持つ同機のブーマー(給油ブーム操作員)として、各種任務に就いていたのが、アメリカ空軍に20年以上所属していたフィル・ランドラム氏です(現在は空軍を退役)。 2003年当時、アメリカ空軍のKC-135のブーマーであったフィル氏は、中東地域に派遣されており、偶然にもイラク爆撃に向かうB-2に空中給油する任務を担当することになりました。フィル氏はその当時を振り返って次のように教えてくれました。

 よく知られているように、B-2は高いステルス性を備えているため、レーダーでこの機体を捕えるのは非常に難しいことです。加えて、飛行中には自身の存在を知らせるようなレーダーや無線の使用を制限していますが、これはステルス爆撃機に給油する空中給油機にも当てはまることなんだそう。このため空中給油でB-2とKC-135が接近するときも、お互いが無線交信を行うことはできず、そういった場合はあらかじめ申し伝えた時間を基準にするのだといいます。そのため、彼がB-2に給油した際も沈黙のなか、行われました。「私たちのKC-135が中東地域で空中給油をした時、現地の時間帯は夜でした。当時は月も出ていなかったためまっ暗で、私たちの乗機も存在を知られないようにすべての灯りを消した状態で飛んでいました」 航空自衛隊が現在運用しているKC-767やKC-46といった空中給油機もブームを装備していますが、その操作はテレビモニターを通じた遠隔操作となっています。それに対してKC-135は機体下部にあるブーマー席から、捜査員が肉眼で機体後方を注視しながらブームを操作する方式です。 フィル氏は任務で指定された時間が来ると、空中給油の為にブーマー席へと移動。その時の様子については次のように述べてくれました「私がブーマー席に移動し、ブームを下げて作業用のスポットライトを付けると、そこには美しいコウモリ翼の爆撃機(B-2)の黒い輪郭が見えました」 つまり、この時すでにB-2はKC-135を見つけており、無言でその後方に接近して空中給油を待っていたのです。

無線使えないなか、誘導どうする?

 給油作業も無線は使われず、B-2への接近の指示はKC-135の下部にあるパイロット・ディレクターライトと呼ばれる信号で指示を出したそう。パイロット・ディレクターライトは2組の縦長のライトで、給油機と受油機の位置関係を知らせるための装置です。

 空中給油は2機の航空機が接近した状態で行うため、フィル氏によると非常に神経を使う作業だといいます。また、空中給油機側もブーマー1人がそれを行うのではなく、機体を操縦する機長と副操縦士との連携が必要となってきます。「受油機(燃料を貰う側の機体、この場合はB-2)が移動しているときは、ブーマーは自分の乗る給油機のパイロットにインカムでその位置を知らせます。具体的には10フィート単位で教え、『50…40…30…20…10…コンタクト』という感じです。ブームと受油機が接続すると、パイロットに知らせて燃料ポンプを操作してもらい、燃料補給を始めます」。 こうしてみるとブーマーの仕事は忙しく大変なようです。ブーム自体の操作はもちろんのこと、受油機には無線(今回のB-2では使われなかった)とパイロット・ディレクターライトで指示を出し、同時に自機のパイロットへの連絡も行うのです。 フィル氏によれば、アメリカ空軍で新人隊員が一人前のブーマーになるまでには、約2年半の訓練期間が必要なのだそうです。「燃料補給が終わると、私はブームの接続を解除しました。するとB-2はゆっくりと後退していきます。私は機体をよく見ようとスポットライトを操作した下に向けましたが、もうB-2の姿は暗闇に溶け込んでいて、その夜はB-2を二度と見ることはありませんでした」。

出撃回数からわかる空中給油機の重要性

 こうして、フィル氏が乗るKC-135は任務を終え、基地へと帰還します。出撃前に彼を含めた乗員たちは、自分たちが給油したB-2がどのような任務に就いているのか概要程度は知っていたものの、基地に戻ってくると、別の形でその任務の重大さを再確認することになったといいます。

 彼が基地で見たのはテレビのニュース番組。そこでイラク戦争が始まったことを知ったのだとか。彼いわく「私はあの夜、実戦に向かう前のステルス爆撃機を給油した数少ないブーム・オペレーターとなりました」。 アメリカ空軍の統計によれば2003年3月20日から1か月の間に、同空軍の戦闘機・軍用機が出撃した回数は9333回にもなるのだそうです。一方で、それらを支援する空中給油機の回数も同期間で6193回にものぼっており、現代の航空作戦において、いかに空中給油機が重要な存在であるかを示しているともいえます。 世界中での任務を目的としているアメリカ軍は、戦闘機などの正面で戦う兵力だけでなく、この空中給油機のような支援機やインフラが充実しているのが特徴です。今回紹介したB-2爆撃機の長距離任務飛行も、それを可能にしたのは機体の性能やパイロットの練度だけでなく、多数の空中給油機や支援体制を準備できるアメリカ軍の組織力の高さが理由だといえるでしょう。

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