
現行の旅客機は、前脚が胴体の中心に備わっているのが一般的です。ところがかつて前脚が左側にずれたユニークな形の旅客機がありました。この配置には、同機ならではの事情がありました。
前脚が左にズレてる!
旅客機の機首側についた車輪「前脚」は、多くのモデルで、胴体のほぼ中央に設置されています。しかし、かつてイギリスには、その概念を覆すような珍しい前脚配置をもつ旅客機が存在。1962年1月9日に初飛行したホーカー・シドレー(現BAEシステムズ)のHS121型「トライデント」です。なぜ、一風変わった前脚配置の採用にいたったのでしょうか。
「トライデント」の前脚は、胴体中心より左に約60cmズレてついています。前脚をしまうとき、多くの現行旅客機は前方もしくは後方に引き込まれるのに対し、この「トライデント」は横方向に引き込まれます。 前脚こそユニークなスタイルが採用されているものの、脚をしまった「トライデント」の姿は、3発のジェットエンジンとT字尾翼を備えた、当時のトレンドにのっとったデザインです。ちなみに初期タイプの場合、座席数は標準で約100席。機体サイズは全長約35m、全幅27mでした。 ただ、同時期の競合機と比べると、「トライデント」は突出した機能も持ち合わせた旅客機ており、ユニークな前脚の配置も、それが関係していました。
なぜ前脚がズレたのか?
「トライデント」シリーズは、操縦機能に先進的なシステムを有していました。たとえば、現行の旅客機の多くで一般的となっている自動着陸(オートランディング)装置は、他社の旅客機より先んじて、「トライデント」に導入されたもののひとつです。 ただ、当時、こういった先進的な機能を持つ電装部品を収めるには大きなスペースを要するほか、その置き場も操縦室近くの機首部分に限られました。そのため、前脚を片方に寄せ、横方向に引き込む形式を採用することで、この部品を格納するスペースを確保したとされています。「トライデント」は、1965年6月10日のBE343便(パリ ル・ブルジェ→ロンドン ヒースロー)で旅客機として世界初の全自動着陸を実施。また、旅客機として最初にFDR(フライトデータレコーダー)を搭載したモデルとも記録されています。 一方で、このような先進的な機能を備えた「トライデント」シリーズは、日本の航空会社での採用はなく、イギリスのBEA(英国欧州航空)や中国民航など数社が採用したのみ。ヒット機にはならずじまいでした。 ホーカー・シドレーの後進会社BAEシステムズによると、「トライデント」は、イギリスでは1986年1月に導入された騒音規制の影響をうけ退役、中国でも1990年代初頭まで運用されたものの、その役割を終え、現在は全機が退役しています。