常石造船で新型のバルカー(ばら積み船)「PAIWAN DIAMOND」が進水しました。全長180mの巨大な船ですが、それでもバルカーの世界では「ハンディサイズ」に分類されます。バルカーの「サイズ感」って、どうなっているのでしょうか。
「渋谷ヒカリエ」級の船が進水! でも…小さい方!?
常石造船の常石工場(広島県福山市)の第一船台で2025年11月6日朝、4万2200重量トン型バルカー(ばら積み船)の命名・進水式が行われました。船名は「PAIWAN DIAMOND(パイワン・ダイアモンド)」で、発注したのは台湾船主のウィズダムマリン(慧洋海運)です。
ウィズダムマリンはバルカーを中心とした船隊を保有しており、多くの船を日本の造船所に発注していることで知られています。新造船の全長は180mで、全幅は32.2m。深さは15.4mで、喫水は10.75mです。
全長だけに注目すると丸の内ビルディング(丸ビル)や渋谷ヒカリエといった高層ビルを横に倒した高さに相当しますが、常石造船が手掛ける外航バルカーのラインナップの中では、比較的小型の「ハンディサイズ」と呼ばれる船型になります。
同船の組み立てが行われていた第一船台の規模は長さ241m、幅41.5mとなっていますし、常石工場におけるもう一つの新造設備である建造ドックの規模は長さ275m、幅46mです。いずれも「PAIWAN DIAMOND」より大きい、全長200m超えの巨大船を建造できることがわかります。
では、バルカーの「サイズ感」とは、どのようなものなのでしょうか。最大級のバルカーは一体どれほどの大きさなのでしょうか。
バルカーは貨物船の“圧倒的なシェア”
常石造船の主力製品であるバルカーは、鉄鉱石や穀物、石炭などのドライカーゴ(乾貨物)を、コンテナなどで梱包することなく、貨物艙に積載(ばら積み)して大量に輸送する船種です。多種多様な貨物を運ぶ汎用性と、需要に応じてさまざまな航路に投入できる強みから、外航海運における船腹量と造船所における建造量でバルカーは圧倒的なシェアを占めており、資源輸送の主力として全世界の経済活動を支えています。
大量の貨物を需要地へ効率的に届けるため、当然ながらバルカーも経済性を追求し大型化が進んでいますが、それを受け入れる港は岸壁の長さや水深、荷役設備の規模などに違いがある上、パナマ運河など通過できる船体の規模に制限がかかる海域が存在します。このため貨物の量や寄港地の規模、航路などに合わせてさまざまな船型が誕生しました。
「パナマ」「ケープ」 地名で表す船のサイズ
まず一番汎用性が高いのが今回の「PAIWAN DIAMOND」も該当する「ハンディサイズ」です。世界のほとんどの港に入港できることが特長で、甲板上にクレーンを装備することで、港湾設備が整っていない港でも荷役ができるようになっています。
ハンディサイズバルカーの中でも大小があり、3万8000重量トンあたりまでの船型を「スモールハンディ」、それ以上の船型を「ハンディマックス」、さらに5万重量トンから6万重量トンは「スープラマックス」とも呼びます。いずれも全長は200m未満で、取り回しやすいコンパクトな船型です。
その上の大きさとなるのが「パナマックス」(約8万2000重量トン)です。パナマ運河の通航可能サイズに準拠した船型となっており、長らく世界標準として機能し、大西洋と太平洋を結ぶ穀物・石炭輸送などを担ってきました。さらに新パナマ運河を通航できる「ポスト・パナマックス」(約10万重量トン)が登場しています。
それより大きく、鉄鉱石や石炭を大量に運ぶ「ケープサイズ」(約18万重量トン)は、パナマ運河やスエズ運河を通れません。南アフリカの喜望峰や南米のホーン岬を回る必要があることから、「ケープ」と付けられています。
常石造船の十八番「カムサマックス」とは?
そして、常石造船が開発し、現在では事実上の世界標準となったのが「カムサマックス(Kamsarmax)」です。同社では大型化した8万8500重量トン型の「ワイド・カムサマックス」と、8万2400重量トン型の「カムサマックス」をメニューに揃えています。
「カムサマックス」は、パナマックスの全幅制限を維持しつつ、西アフリカ・ギニアの主要ボーキサイト積出港である「カムサ港」に入港可能な最大全長(229m)まで船体を延長しました。従来のパナマックスに比べて積載量を大幅に増加させたことで、輸送効率を劇的に改善。燃費、汎用性、積載性能の最適解が支持され、常石グループで400隻を超える竣工実績を持つ大ヒット商品です。
なお、現時点で世界最大級とされるカテゴリーが、40万トン重量トン型の「ヴァーレマックス」に代表されるVLOC(超大型鉱石専用船)です。船型の名前はブラジルの資源大手ヴァーレ社に由来し、鉄鉱石輸送の長期輸送契約に投入されています。
デカけりゃいいってわけじゃない!
今回、常石工場で進水した「PAIWAN DIAMOND」は、こうした数あるバルカーの中でもクレーンを備えた標準的なハンディサイズバルカーで、常石のバルカーブランド「TESS」(Tsuneishi Economical Standard Ship)シリーズの4万2200重量トン型「TESS42」に当たります。
鉄鉱石、穀物、石炭の三大バルク貨物に加えて、木材、ホットコイル、硫黄なども積載ができる上、鉄鋼製品の輸送にも適したセミボックス型ホールドも採用しており、こうした汎用性の高さが主なセールスポイントとなっています。貨物艙容量は5万2400立方メートルとなっており、穀物のように比重が軽い貨物の大量輸送に対応しました。
国際海事機関(IMO)による国際海運のCO2(二酸化炭素)排出削減を目的とした新造船燃費規制のEEDI(エネルギー効率設計指標)フェーズ3に対応。NOx(窒素酸化物)やSOx(硫黄酸化物)による大気汚染や油流出などによる海洋汚染の防止などの環境対策技術が盛り込まれている上、波浪抵抗を低減する船体形状や風圧抵抗低減居住区、省エネ効果のある船体付加物、独自設計のプロペラなどで燃費の向上を図っています。
現在の新造船マーケットは好調で3年先の船台も埋まっている上、商談の中心は2029年や2030年納期へと移っています。ただ、国際海運ではGHG(温室効果ガス)削減が課題となっており、環境に優しい燃料としてLNG(液化天然ガス)の導入が進むほか、本格的な脱炭素燃料としてメタノールやアンモニア、さらには水素を燃料として使用する舶用エンジンの実用化に向けた研究・開発が各社で行われています。
こうしたなかで常石造船はLNG燃料タンクの内製化を実現するとともに、メタノール燃料船や、水素燃料船も開発しており、環境対応船の需要を確実に取り込めるよう投資を行っています。2025年7月には世界初のメタノール二元燃料カムサマックスバルカーを、フィリピンのフィリピン工場(Tsuneishi Heavy Industries〈Cebu〉)で進水させました。技術力で日中韓がしのぎを削る中、新たな世界標準がここから生まれるかもしれません。
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