路線バスの「完全キャッシュレス化」が全国で加速しています。これは単なる利便性向上ではなく、路線網そのものを守るための“生存戦略”です。いったい、どういうことなのでしょうか。
年間86億円削減! 路線維持をかけたバス会社の生存戦略
相鉄バスはこのたび、2025年11月1日から一部路線で完全キャッシュレスの実証運行を行うと発表しました。
今年は、国土交通省の後押しもあり、全国各地のバス事業者で同様の動きが相次いでいます。これは単なる利便性向上ではなく、バス路線網を守るための生存戦略です。
その背景には、バス業界が直面する危機的な状況があります。深刻な運転者不足の影響で、すでに約2割の路線で減便の事態を招いており、路線の維持すら困難になりつつあります。
この状況を打破するため、国土交通省はキャッシュレス化による抜本的な経営改善を推進しているのです。
現金取扱いのコストは、事業者の大きな負担となっています。国交省では、全国のバスが完全キャッシュレス化すれば、年間で約86.3億円のコスト削減が図れると試算しています。
この莫大な原資は、運転者不足という喫緊の課題に再投資され、運転者の処遇改善を通じて路線の維持につなげられると期待されているのです。
また、両替などの手間がなくなることは、運転者の負担を軽減し、バスの遅延解消による定時性向上にもつながります。定時性が高まれば、利用者が増え、経営が安定するという好循環にもつながります。
高齢者には新たな壁、外国人観光客には朗報
事業者にとってメリットの大きいキャッシュレス化ですが、利用者、特にデジタル機器に不慣れな高齢者にとっては新たな壁となる可能性があります。
国土交通省の実証実験の報告書によれば、「スマホの電池切れ」や「カードの故障」といった技術的な不安に加え、「家族にキャッシュレス端末を持たせていない」といった声も寄せられているそうで、こうした理由から新たな交通弱者を生むリスクが指摘されています。
一方で、訪日外国人観光客にとっては朗報です。多くの国で公共交通の標準となっているクレジットカードのタッチ決済が使えるようになれば、慣れない現金や小銭のやり取りが必要なくなるため、ストレスなくバスを利用できるようになります。
こうした利便性と公平性の両立を図るため、各社は対策を進めています。
例えば、茨城交通のように、交通系ICカード、クレジットカード、QRコード決済といった多様な決済手段を用意する事業者もあれば、神奈川中央交通の実証実験では、現金しか持たない乗客に降車後払い用カードを渡すといった柔軟な対応も行われています。
バスの現金お断りは、高齢者などを切り捨てる冷たい選別ではなく、むしろ将来にわたってすべての人のための公共交通を守るための、避けて通れない選択です。
その成功は、事業者や行政が、こうした利用者一人ひとりの不安に寄り添い、誰も取り残さない仕組みをいかに構築できるかにかかっていると言えるでしょう。
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