
クラシックカーやいわゆる旧車とよばれる古いクルマを除くと、ほぼ標準装備となった車両用クーラー。ただ、自衛隊車両についてはまだまだ未装備のものも多く残っています。それらに乗った際の過ごし方を陸自OBが振り返ります。
陸上自衛隊には戦車を筆頭に非冷房車が多数
平年よりも長い梅雨がようやく明け、いよいよ夏本番となった日本列島では、連日のように「災害級の暑さ」などといった言葉が聞かれます。室内だけでなくクルマでの熱中症にも警戒が高まっています。いわゆる旧車など冷房ナシのクルマもたまに見かけますが、パトカーや消防車、救急車などといった公用車ですら、いまやクーラーなしの車両はほぼありません。 そのようななか、いまでもかなりの割合で非冷房車、クーラー未装備のクルマを数多く運用しているのが陸上自衛隊です。それらに乗車する隊員らは、車内にこもる暑さをどうやって乗り越えているのか。元陸上自衛官でもあった筆者(武若雅哉:軍事フォトライター)が実体験を交えて解説します。
なぜ、陸上自衛隊には冷房がない車両が多くあるのか。それは、古いクルマも整備をしながら長く使い続けるからです。なかでも古い型式の戦闘車両は、ヒーターこそあっても冷房がないなんてことは当たり前です。 戦車に限っても、最も古い74式戦車はもちろんのこと、1990年代から2010年ごろまで生産されていた90式戦車もエアコンなど搭載されておらず、2010年以降に製造されている10式戦車に関してもコンピューターを冷やすための冷房装置しかありません。乗員は、ある意味この「コンピューター用冷房のおこぼれ」によって、若干の恩恵を受けている程度です。 一方、陸上自衛隊員が普段多用する各種トラック、幌付きの車両はかなりの割合で冷房が搭載されています。しかし濃いグレーを基調とした幌は熱を吸収するため、夏場は天井が非常に熱くなります。また、一般的な乗用車などと違って断熱材も貼られていないため、クーラーの冷却効果もイマイチです。 そのため、隊員は長袖の迷彩服の袖口を広げ、エアコンの送風口に手首を持って行き、袖から冷たい空気を服の中にいれて身体を冷やすなんてこともします。ただ、こういったその場しのぎができるのは操縦席や助手席に座る隊員だけで、後部座席にいる隊員は、その冷風のおこぼれをもらうほかないのです。
冷房付き車両でも効きはイマイチ その理由
ただ、それでもまだ良い方です。自衛隊車両というとトラック(ダンプ)の荷台に隊員が乗って移動するのをよく見ますが、これが非常に「苦痛」です。荷台には簡易的な板状の折りたたみベンチしかなく、エアコンなど設置されていません。しかも操縦席や助手席とは完全に隔離されて幌で覆われているため、凌げるのは直射日光のみです。そのため、中は熱せられた空気が常に漂っている状態といえるでしょう。 とはいえ、本当の地獄はクルマが止まった時です。走行中であれば幌の隙間や、ロールアップできる小窓を全開にすることで、まだ荷台にも外気が流れ込むのですが、渋滞などでトラックが止まってしまうと、荷台は一気に蒸し暑くなります。 当然、トラック自身が発する排気熱なども荷台に伝ってくるため、ただ座っているだけなのに熱中症になりそうなほど熱くなります。 後部の幌を閉めれば上着を脱ぐこともできますが、閉めたら閉めたで内部はさらに暑くなりサウナ状態です。そのため、隊員は上着の袖をまくり服に籠る熱気を我慢しながら後ろの幌を開けて、少しでも荷台に空気が流れるようにしているのです。
トラックの荷台は人員輸送のほかにも、さまざまな物資を搭載するほか、場合によっては土砂なども積載します。ゆえに、荷台に冷房装置を取り付けるのは現実的ではないため、自衛官は危険な暑さの中でも、ひたすら耐えなければならないのです。 もちろん、クーラーボックスなどを準備して冷たい飲み物が手に入る環境にすることもできるのですが、2日間以上行動しなければならない時は、全ての飲み物が温められ、水はお湯になります。 結果、大型トラックの荷台などに乗る隊員は、「耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ」しか方法がなくなるのです。 ただ、最近では冷房も「スポットクーラー」のような可搬式のものがあるため、近い将来、そういったものを後付けする形で荷台にもクーラーを備えた自衛隊トラックが登場することを筆者は願望を込めて期待します。