
米国男子ツアーの「ファーマーズ・インシュランス・オープン」は例年通り、今年も水曜日から土曜日の4日間という変則日程で開催された。
最終日となったサタデー・アフタヌーンのリーダーボード上段には、ドイツ、デンマーク、米国といった国際色豊かな顔ぶれが並んでいたが、その大接戦から抜け出して勝利を挙げたのは、フランス出身の31歳の新人、マチュー・パボンだった。
首位と1打差の2位タイで最終日をスタートしたパボンは、1番でボギーを喫したものの、4つのバーディーを奪い返して単独首位へ浮上。2位に2打差を付けて上がり3ホールを迎えた。
終始、表情を変えず、粛々とプレーしていたパボンは、16番でバンカーにつかまりながらも落ち着いたプレーぶりでパーセーブ。しかし、17番では90センチのパーパットを外してボギーを叩き、2位に1打差で最終ホールへ。さすがに緊張の色が見て取れた。
トリーパインズ(サウスコース)の18番(パー5)は全米屈指の難ホールだ。パボンのティショットは左のフェアウエイバンカーにつかまった。
「キャディはレイアップも提案したが、僕はできる限り前へ行くと決めた」というパボンの第2打は、彼の言葉通り、前方には進んだものの、深いラフに沈んだ。しかし、重いラフから力いっぱい振った第3打は、見事にグリーンを捉え、ピン方向へ転がり寄った。そして、3メートルのバーディパットがウイニングパットとなり、勝利を決めたパボンは右拳を握り締めてガッツポーズを取った。
2013年にプロ転向したパボンは、昨年10月にDPワールド(欧州)ツアーの「アクシオナ・スペインオープン」で初優勝。同ツアーのポイントランキング上位10人に入り、今季からの米ツアー出場権を獲得したルーキーだ。
日本の久常涼と同じルートで米ツアーにデビューしたことになるのだが、ほぼ最短距離でジャンプした21歳の久常とは対照的に、パボンはすでに31歳だ。その現実は、パボンがいかに迂回ルートを辿りながら苦労を重ねてきたかを物語っている。
「ハイスクールのときにアメリカに来た。ミニツアーで7年。欧州に戻り、去年、初優勝した。そして今、ようやくPGAツアーで初優勝。これ以上、幸せな瞬間は、きっとない。まさにドリーム・カム・トゥルーだ」
プレー中のポーカーフェイスとは正反対に、優勝後のパボンは笑顔を輝かせ、とても陽気だった。上がり3ホールでの心境を尋ねられると「ただ目の前の一打一打に集中することしか考えていなかった。やるべきことは、ちゃんと食べて飲んでベストを尽くすことだけ。コースに来て、そして勝つことだけ。いいショットを打つことだけだ」と明るく答えた。
そして、パボンが何度も口にしたのは、感謝の言葉だった。
「母国にいる家族は、きっとテレビを見て応援してくれていたはずだ。長年、僕を支えてくれた家族やチームには感謝の気持ちでいっぱいで、何て言っていいのか言葉が出てこない。ゴルフはクレージーなゲームだから、いろんなことが起こる。今日の18番もそうだったけど、僕はとてもラッキーだった」
ニコニコしながら冗舌に語るパボンからは、明るく陽気なフレンチ・スピリッツがあふれ返っているように感じられたが、パボンいわく「今はまだ泣いていないけど、あとできっと泣くと思う」。
プロ転向から11年。たくさん苦労を重ねてきた分、夢がかなったことを実感するまでには少しばかり時間がかかるのだろう。「あとで泣く」とは、きっとそういう意味なのだと思った。
PGAツアーにおけるフランス人選手の優勝はパボンが史上初(注:第2次世界大戦以降)となったが、「(女子の)セリーヌ・ビュティエはフランス人のビッグ・チャンピオンだ。僕は彼女のマネをして彼女に続いた」と、ブティエに敬意を表した。
そして、この優勝によって来週の賞金総額2000万ドルのシグネチャー・イベント「AT&Tペブルビーチ・プロアマ」に出場できることを「ワンダフル!」と喜んだ。
とても陽気なフレンチ・チャンピオンの誕生である。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)