たった24回でポイ捨て!? 英国“幻の超音速機”開発中止のウラ…その後は戦闘機共同開発への道に

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日本と次期戦闘機を共同開発するイギリスには、先進的な超音速機を、わずか24回の試験飛行で断念した過去があります。博物館に残る「TSR-2」は、航空大国の挑戦と、実用化まで開発を続ける難しさを伝えています。

日本と次期戦闘機を造るイギリス かつて挑んだ独自開発

 日本がイギリス、イタリアと進める次期戦闘機の共同開発事業「GCAP」。その一角を担うイギリスは、多くの軍用機を独自に生み出してきた航空大国ですが、その一方で先進的な超音速機をわずか24回の試験飛行で断念したという苦い過去もあります。

 その機体が、1960年代に開発された「TSR-2」です。細長い白い胴体に小さな主翼を備え、翼端は下向きに折れています。全長約27mに対して翼の幅は約11m。博物館に残る姿からも、その独特な形が見て取れます。

 製造したのはイギリスの航空機メーカーが統合して誕生したブリティッシュ・エアクラフト・コーポレーション、略してBACです。「TSR」は戦術攻撃・偵察を意味する英語の頭文字で、「2」はマッハ2を表しています。鋭い機首は戦闘機を思わせますが、その役割は地上攻撃と偵察でした。

 当時のイギリス空軍はキャンベラ爆撃機の後継として、敵の防空網を低空・高速で突破できる機体を求めていました。地表近くを高速で飛び、敵地の目標を攻撃して離脱するだけでなく、戦術核兵器による攻撃も想定されていました。TSR-2には、将来のイギリス空軍の攻撃能力を支える役割が期待されていたのです。

 その実現には、単に速く飛ぶだけでなく、目標まで正確に到達して攻撃する能力が必要です。このため、エンジンや機体に加え、高度な航法・レーダー・照準システムも開発する大規模な計画となりました。

 試作機XR219が初飛行したのは、1964年9月27日。しかし、その約半年後となる1965年4月6日、イギリス政府は開発中止を発表しました。飛行したのはこの1機だけ。飛行試験の途中で計画は終わり、部隊に配備される日は訪れませんでした。

自主開発の中止と 国際共同開発という選択

 TSR-2は、少なくとも機体の基本的な飛行性能が破綻したために中止されたわけではありません。飛行試験では将来性を示していましたが、エンジンや降着装置に問題が残り、航法・攻撃システムを含む実戦能力も、まだ十分に検証されていませんでした。

 そして、重い負担となったのが費用です。イギリス政府の当時の説明によると、1960年に約9000万ポンドとされた開発費は、1965年2月には3億ポンド近くまで増える見通しとなりました。当時の固定相場で単純換算すると、約907億円から約3024億円に増えた計算です。

 不具合を解消し、装備を仕上げ、量産につなげるには、さらに資金と時間が必要でした。政府は膨らむ費用に加え、国防計画の見直しや、アメリカ製F-111を代替機として導入する選択肢も踏まえ、開発中止を決断しました。

 ただし、これによってイギリスの独自開発能力が失われたわけではありません。

同時代に開発が進んでいた垂直離着陸機ハリアーは、1969年にイギリス空軍への配備が始まりました。一方、イギリス航空産業では、フランスと共同開発したジャギュアや、その後のトーネードやユーロファイターなど、他国と協力する事業の重要性が増していきました。

イギリスにおいて国際共同開発は以前からもありましたが、TSR-2の中止は、その道をより重視する転換を象徴する出来事のひとつでした。

 共同開発の利点は、まず開発費を分担できることです。一国だけでは重い負担となる事業も、複数国で支えられます。また、各国の得意な技術や生産能力を持ち寄ることで、難しい技術開発にも協力して取り組めます。

 さらに、複数国が同じ機体を購入すれば、生産数を確保しやすくなります。開発費や生産設備への投資をより多くの機体で負担でき、1機当たりの費用を抑える効果も期待できます。

国際共同開発のメリットとデメリット

 もちろん、求める性能や仕事の分担を各国で調整する難しさもあります。共同開発なら必ず安く、早く完成するわけではありません。それでも、高度化する軍用機の開発を支える有力な方法となっています。

 現在のGCAPは、日本の次期戦闘機計画と、イギリスを中心にイタリアも参加していた将来戦闘航空システム「テンペスト」の取り組みを一本化した事業です。技術の結集や費用・リスクの分担に加え、生産規模の拡大や技術者の育成も重視されています。必要な機体を得るとともに、次の世代も軍用機を開発し続ける力を確保する狙いがあるのです。

 もちろんTSR-2の中止が、直接GCAPを生んだわけではありません。しかし、技術と資金を持ち寄って大規模な開発を成立させる考え方は、イギリスが重視してきた国際協力の歩みに重なります。

 現在、TSR-2で現存している機体は2機しかなく、それらはコスフォードの英国空軍博物館とダックスフォードの帝国戦争博物館で展示されています。その白い機体は、イギリスが独自の超音速軍用機に託した期待と、それを実用化する難しさを伝えています。日本とともに次期戦闘機を造る航空大国には、こうした挑戦と断念の歴史もあるのです。