ドイツの鉄道車両大手シーメンスが開発した北米向け車両「シーメンス・ベンチャー」がヒットしています。しかし、そのユニークな設計ゆえに、寒冷地では思わぬトラブルも起きているようです。
北米の都市間鉄道が「動力集中方式」のワケ
先頭部が流線形になったドイツの鉄道車両大手シーメンスの北米向け車両「シーメンス・ベンチャー」が幅広い鉄道事業者に大量納入されるヒット車両となっています。アメリカの全米鉄道旅客公社(アムトラック)、南部フロリダ州のマイアミとオーランド国際空港を結ぶブライトライン、カナダの国営旅客鉄道会社VIA鉄道カナダなどで力走中です。
この列車は、客車のけん引または推進運転に使う機関車「シーメンス・チャージャー」を組み合わせた「動力集中方式」。うち片側の先頭車は機関車となっている一方、反対側の先頭車は運転台のある乗務員室を備えた客車です。
したがって客車を備えた先頭車の外見は、日本で一般的な「動力分散方式」(列車の編成に多くの動力車両を組み込む方式)のように映ります。機関車を編成の中にうまく溶け込ませた“産物”とも言えますが、このようなユニークな設計ゆえに寒冷地では思わぬトラブルも起きています。
日本は動力分散方式が主力なのに対し、なぜ北米の都市間鉄道は動力集中方式を採用しているのでしょうか。背景には、踏切での衝突事故が多く発生していることを受け、アメリカの連邦鉄道局(FRA)が列車の衝突安全管理(CEM)採用を義務づけていることがあります。
CEMとは、自動車と衝突した場合に列車の先頭車がつぶれることで衝撃を吸収し、乗客と乗員の命が守られることを目指しています。
シーメンス・ベンチャーの先頭車も、衝突した場合に先頭部の連結器が後退することでエネルギーを吸収するとともに、先頭部の衝撃吸収ゾーンがつぶれることで乗務員室や客室への衝撃を逃がします。
置き換え前は1946年登場の旧型客車
VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」のメンバーである筆者(大塚圭一郎:共同通信社経済部次長)は2026年5月下旬、VIA鉄道のシーメンス・ベンチャーに乗りました。カナダ最大都市の東部オンタリオ州トロントを8時32分に出発し、首都オタワ行きVIA52号のビジネスクラスでオンタリオ州キングストンへ向かいました。
車体を黄色や黒色で装飾し、カナダらしいメープルリーフの絵をあしらったシーメンス・ベンチャーが走っているのはVIA鉄道の主力区間「ケベックシティー・ウィンザー回廊」です。トロントとオタワ、東部ケベック州の大都市モントリオールをそれぞれ結ぶ列車などが走り、VIA鉄道の年間利用者数のうち9割超を占めています。
VIA鉄道は老朽化した客車列車を置き換えるため32編成のシーメンス・ベンチャーを発注し、2022年11月に営業運転を開始。今は大部分の列車がシーメンス・ベンチャーで運行されています。
機関車1両と客車5両の6両編成で、3両あるエコノミークラスが194席、2両あるビジネスクラスが87席。機関車はカミンズ(アメリカ)の定格最大出力4200馬力の16気筒ディーゼルエンジンで発電し、主電動機(モーター)を動かしています。
運行最高速度は201km/hに達しますが、線路はトロント都市圏を走る「GOトランジット」の列車や、貨物列車などとの共用のためスピーディーに走れる区間は限られます。客室の天井下に掲げた案内表示画面には運転速度を表示していますが、乗車中、200km/hに迫ることはありませんでした。
前後間隔も広々な車内 だが…!
ビジネスクラスの車内は通路を挟んで1列と2列の座席があり、両側に2列ずつあるエコノミークラスよりもゆったりしています。VIA鉄道は「人間工学に基づいて設計された座席により、リラックスして乗車いただけます。体を伸ばせるゆったりした空間で、車窓をお楽しみください」とアピールしています。
筆者の席は2列の窓際で、隣の席との間にあるのは飲み物を置くことができる木目のスペース。スマートフォンなどを充電できる電源コンセントおよびUSB端子も備えています。頭上の荷棚の下部には発光ダイオード(LED)の読書灯があります。足元の前後間隔も広く、テーブルを挟んで座席が向かい合った区画以外にはフットレストも用意しています。
「これだけ前後間隔が広ければ、座席の背もたれを少し下げても大丈夫だろう」と思ってひじ掛けに手を伸ばしました。ところが、想定していなかった事態が待ち受けていました。
これって“逆転現象”!?
ひじ掛けには、座席の背もたれを倒すレバーも、ボタンもなかったのです。座面の下にはレバーがあり、こちらは座面を前に出せる機能でした。
背もたれは倒れないものの、座面および上下に可動するまくらの位置を調整し、フットレストも活用して「お好きなポジションに設定してください」というサービスのようです。
一方、エコノミークラスの座席は背もたれを倒すことができます。リクライニング機能はビジネスクラスにないのに、エコノミークラスにはあるという“逆転現象”が起きているのです。
「日本の新幹線に乗ったことがある」という隣の席になったカナダ人に座席のリクライニング機能がないことを指摘すると、「本当だ、付いていないね」と言ったものの気にしていませんでした。足元の空間が広いため居住性があり、背もたれの角度は気にならなかったようです。
そんなビジネスクラスの最大の特色は、食事と飲み物が振る舞われることです。筆者が乗った列車は朝食を用意しており、カートを押した客室乗務員に「温かい食事と、冷たい食事のどちらにしますか」と尋ねられました。
温かい食事を頼むと、卵と生クリームで作るキッシュ、ミニトマトとキノコ、パン、果物が出てきました。キッシュがおいしく、オンタリオ湖沿いの牧歌的な車窓を眺めながらの朝食でぜいたくな気分を味わえました。
列車はキングストンへ定刻の11時に到着。東海道新幹線ならば「のぞみ」を東京から新大阪まで乗るのと同じ所要時間ながら、距離は約半分の250km余りです。
「年間を通して最適かつ確実に運行」は本当か?
動力分散方式のような外観の先頭車を連結したシーメンス・ベンチャーですが、そのユニークな設計が響いてVIA鉄道では2025~26年冬期に列車の運休や遅延が相次ぎました。
非営利団体(NPO)のトランスポート・アクション・カナダによると、雪が降っている日に機関車を最後尾にした推進運転をした際、雪が先頭車の客室内に入り込むトラブルが相次いだのです。対策として、2026年1月に全ての列車を対象に、機関車を先頭にして運転することを決定しました。
ところが終点に到着後、折り返し列車も機関車を先頭にする必要があります。この作業のため、遅れが頻発しました。
他にも列車の暖房や充電用のUSBポートが使えなくなったり、列車の足回りの車軸が凍結して立ち往生したりするトラブルも発生。ヒット車両のシーメンス・ベンチャーも、厳冬で知られるカナダでの運行には課題を残した格好です。
シーメンスの広報担当者はシーメンス・ベンチャーについて「年間を通して最適かつ確実に運行できるように設計されている」と強弁しました。そのような共通認識を利用者にも、鉄道事業者にも持ってもらえるだけの万全な対策が求められています。