越えた一線、領土で譲らず=プーチン氏の択捉島訪問

紫外線対策「目の防護」も重要に

 ロシアのプーチン大統領が北方領土の択捉島を初めて訪れた。約4年半続くウクライナ侵攻で日ロの平和条約締結交渉が中断する中、米欧と足並みをそろえて対ロ制裁を科す日本を試すかのような訪問強行。領土問題では一歩も譲らないという意志と、日ロ関係のさらなる悪化をいとわない強硬姿勢を改めて内外に示してみせた。
 プーチン氏は2000年の大統領1期目就任後、四島に足を踏み入れたことはなかった。自身は首相として実権を保持していた10年、メドベージェフ大統領(当時)が国家元首として北方領土(国後島)を初訪問。プーチン氏はその後もミシュスチン首相ら政権幹部の現地派遣を続けた。
 政権として北方領土が「第2次大戦の結果、ロシア(ソ連)領になった」という立場は一貫しているが、プーチン氏は自ら訪れるのを避けることで、対日関係の断絶を避けるべく一定の配慮をしているという見方があった。故・安倍晋三元首相とは信頼関係も築いた。
 転機はウクライナ侵攻。日本が対ロ制裁にちゅうちょしなくなった。プーチン氏は24年、将来の経済関係改善を視野に「(日本に)戻ってきてほしい」と発言。もっとも「主権」や安全保障に関わる北方領土については「必ず行ってみる」と意欲を失わなかった。
 安倍路線の継承者を自任する高市早苗政権となり、ロシアは日本側の出方を注視したが、友好国・中国を敵視した防衛力強化を志向していると判断したもようだ。訪問前日の太平洋艦隊の演習視察に際しては、ロシアの北方領土領有は「国際文書に明記されている」と改めて公言していた。
 日ロ関係を巡っては7月21日、マニラで行われた東南アジア諸国連合(ASEAN)関連外相会議に合わせ、茂木敏充外相が約5年ぶりにラブロフ外相と直接接触した。プーチン氏はこれを日本側のわずかな「軟化」と捉え、北方領土訪問という一線を越えて揺さぶりをかけた格好だ。
 プーチン氏はかつて、北方領土のうち歯舞・色丹の2島引き渡しを明記した日ソ共同宣言の有効性を確認したことがある。しかし、ウクライナでわずかな領土獲得のために兵士に血を流させることをいとわない現在、歯舞群島や色丹島も「ロシア領」だという立場は揺るぎないもようだ。
 第2次大戦の歴史観を愛国心高揚に利用するプーチン政権は、1945年8月のソ連による対日参戦を正当化する狙いもあったとみられる。高市政権批判を強める中国の習近平国家主席がプーチン氏と共闘して日本をけん制する場面も増える可能性があり、10月の日ソ共同宣言調印70年を前に、領土問題は岐路に立たされている。 
〔写真説明〕13日、択捉島の水産加工場を視察するロシアのプーチン大統領(手前から2人目)(AFP時事)
〔写真説明〕13日、択捉島の病院を訪れるロシアのプーチン大統領(右)(AFP時事)