小田急の中核駅のひとつ「本厚木」のお隣「厚木」駅。後者に関しては長年にわたり、駅名の改称が要望されています。
「厚木」に存在しない「厚木駅」
人口22万人の神奈川県厚木市。その代表駅といえば、小田急線の「本厚木」駅です。乗降客数は1日約12.7万人(2024年度)で、この数は小田急の東京都内の代表駅である下北沢駅を上回ります。
その隣が、なにもつかない「厚木」駅。JR相模線との乗換駅ですが、小田急の駅の乗降人員は2万人を下回るなど、本厚木とは大きな差があります。
しかもこの「厚木」駅、神奈川県が長年にわたり小田急やJRへ「駅名を改称してほしい」と要望しています。なぜならば、この駅は本厚木から相模川をはさんだ対岸、神奈川県海老名市に位置しているからです。
「厚木駅は、海老名市に位置しているにもかかわらず、厚木駅という名称のため、遠来者や旅行者が厚木市の本厚木駅と錯誤し、降車する等の状況が多数見受けられます」
「市民等からも名称変更の強い要望がありますので、厚木駅の名称を変更されるよう要望いたします」
神奈川県は2025年度、小田急にこう要望しています。これは今に始まったことではなく、1970年代からずっと続いているのだとか。そもそもなぜ、海老名市にもかかわらず「厚木」駅なのでしょうか。
もともと厚木駅を設けたのは1926年、相鉄線の前身である神中鉄道と、相模線の前身である相模鉄道(初代)でした。厚木町(現・厚木市)へは相模川を徒歩で連絡させることとし、駅名には「厚木」を採用したといわれます。
しかし、翌年には小田急が開通し、相模川の対岸に相模厚木駅(現・本厚木駅)を開業。同時に小田急は厚木駅近くにも「河原口」という駅を設けました。その後、神中鉄道は海老名駅への線路を新設し、海老名から小田急に直通する形で厚木町への乗り入れを実現しています(1964年廃止)。これに伴い神中鉄道(相鉄)はもとの厚木駅へ乗り入れなくなりました。
1944年には、河原口駅と厚木駅が統合されて小田急・相模線の共同駅になりましたが、これに伴い相模厚木は「本厚木」に改称。これは「本来の厚木」の意味だといわれます。
その後、隣の海老名駅はそれ以上に小田急・相鉄・相模線のターミナルとして発展し、本厚木駅も小田急の中核駅として成長します。その中間の厚木駅は、海老名にありながら「厚木を目指した歴史」を反映した名前が残り続けて現在に至っています。
ちなみに、2010年には厚木駅の近くに圏央道の「海老名IC」が開通しています。これとは関係しませんが、小田急は神奈川県の要望を受けて2012年から、厚木駅の駅名標に「神奈川県海老名市」という所在地を表記するようになりました。
しかしながら、2025年度の県の要望に小田急は「駅名変更については、すでに駅名が定着していることに加え、様々な影響が広範囲に及ぶことから現段階で具体的な計画はございません」と回答しています。