人類が初めて音速の壁を突破したとき、実験機パイロットのチャック・イェーガーは肋骨を骨折していました。伝説のパイロットが成し遂げた偉業と、その驚きの裏話を紹介します。
1度の出撃で敵機5機を撃墜! 音速の壁に挑んだエースパイロット
ライト兄弟が人類初の有人動力飛行に成功してから、航空機は日進月歩で進化を続けてきました。特に大きな進歩となったのは、1947年10月に達成された最高速度マッハ1.06という記録です。これは人類初の有人超音速飛行として記録され、のちの航空機の発展に大きく貢献しました。そして、この人類で初めて音速を超えた人物が、アメリカ人パイロットのチャック・イェーガーです。
チャック・イェーガー、本名チャールズ・エルウッド・イェーガーは、1923年にアメリカで生まれました。アメリカ陸軍航空軍に入隊後、飛行機整備士となり、1943年にはパイロットの資格を取得。第二次世界大戦中のイギリスに派遣され、そこで戦闘機P-51のパイロットとしてデビューすることになりました。
そこで彼は才能を開花させ、「Ace in a Day」ともなりました。これは1度の出撃で5機の敵機を撃墜したパイロットを指す言葉で、彼は1日で5機のメッサーシュミットBf109を撃墜しています。これにより、彼はエースパイロットと呼ばれるようになりました。
第二次世界大戦が終結すると、彼は創設されたばかりのアメリカ空軍に移籍し、NASAの前身であるNACA(国家航空諮問委員会)の高速飛行計画でテストパイロットに選出されました。扱う機体はベルX-1(当時の名称はXS-1)。ロケットエンジンを搭載した、音速を超えるためだけに開発された機体です。
まだ誰も到達したことのない音速に挑むため、機体は18Gまで耐えられるように設計されていましたが、パイロットの射出座席などの脱出装置は装備されておらず、実際に音速を超えた際、どのようになるのかは誰にも想像できないものでした。「大気中には目には見えないが音速の壁が存在するため、物体が音速を超えることは不可能である」と唱える人々もいたほどです。
骨折を隠して音速突破! 偉業を支えた意外な道具とは
しかし、チャック・イェーガーはその音速の壁に挑みました。1947年10月14日、彼が搭乗するX-1は、発進母機であるEB-29の爆弾倉部分に吊り下げられて離陸し、高度約6100m付近で切り離されました。
搭載されたエンジンは出力調整ができず、「オン」か「オフ」の切り替えしかなかったといいます。彼は4つのロケット室を順次点火して上昇し、途中で2つを停止。高度約1万2800m(4万2000フィート)で水平飛行に移り、マッハ0.92に達したところで3基目を再点火しました。
するとX-1は急速に加速し、マッハメーターの針が目盛りの外へ飛び出しました。飛行後の分析によって、最高速度はマッハ1.06、高度は約4万3000フィート(約1万3100m)だったことが判明しました。これが、人類で初めて音速を超えた瞬間となりました。音速を超えたときに発生すると予想されていた衝撃波や振動もほとんどなく、彼はあっさりと音速を超えてしまったといいます。
実は、このとき彼は、2日前に肋骨を骨折していました。この事実がばれれば、X-1への搭乗は延期され、別のテストパイロットが乗ることになってしまいます。ですから彼は、骨折の事実を隠し、音速を超える飛行に挑んだのです。
ただひとつ、骨折の影響があったのは、ハッチを閉める動作でした。ハッチを閉める際、どうしても前かがみにならなければならず、その姿勢は折れた肋骨に負担がかかります。そのため、彼はこっそり箒の柄をコクピットに持ち込み、その柄を使ってハッチを閉めたといわれています。箒の柄が、彼の世界的偉業を支えていたのです。
89歳でも音速突破! 生涯を空にささげた伝説の飛行士
その後も彼は挑戦を続けました。1953年12月、彼はマッハ2.44を記録し、最高速度記録を塗り替えました。
1962年にはアメリカ空軍のAerospace Research Pilot School(航空宇宙研究パイロット学校)の校長に就任しましたが、彼はテストパイロットを引退したわけではありませんでした。1963年にはNF-104の高度記録に挑みますが失敗。翌年には実験機M2-F1の試験飛行も行いました。校長自らがこのようなテストを行うことは、過去に類を見ないといえるでしょう。
1966年には第405戦闘航空団司令に就任し、ベトナム戦争にも参加。1969年には第17空軍の副司令官ともなりました。チャック・イェーガーは1975年にアメリカ空軍を退役しましたが、それでも空軍のテストパイロットとアドバイザーは続けたといいます。
1997年には、彼が打ち立てた音速突破50周年を記念する式典が開かれました。そのとき彼はF-15Dに搭乗し、同じ10月14日に、再び音速を突破しました。さらに、音速突破から65周年となった2012年、89歳になったチャック・イェーガーはまたもF-15Dに搭乗。このときは操縦こそしなかったものの、89歳で音速を超えるという偉業を成し遂げました。
2020年12月、97歳でチャック・イェーガー死去。空を疾く飛ぶことに、ささげた人生だったといえるでしょう。