岐阜県にある1887(明治20)年から使われてきた旧揖斐川橋梁。建設してから100年以上経過した今でも利用できる、貴重な鉄橋です。その歴史を感じに、現地へ行ってみました。
高架を走る電車も眺められる旧揖斐川橋梁!
岐阜県には1887(明治20)年から使われている橋があります。それが大垣市新開町と安八郡安八町西結を結ぶ旧揖斐川橋梁です。この橋は木曽川水系、いわゆる木曽三川の一つである、揖斐川に架かる鉄橋です。東京と神戸を結ぶ主要な鉄道路線、東海道本線のなかで唯一、開通当時のままで現存する貴重な橋で、2008(平成20)年には重要文化財の指定も受けています。
また文化庁からも、明治時代の面影を残す「近代化遺産」として評価されています。140年近く前に組まれた古の建造物ですが、驚くべきはこの橋が今でもちゃんと利用できるという点です。レトロで趣のある橋を堪能しようと、現地へ行ってみました。
東海道線は、日本の大動脈として今も活躍する日本屈指の基幹路線で、1872(明治5)年に品川~横浜間で開業して以来、拡張を続けてきました。美濃地方では1883(明治16)年に関ヶ原駅、1884(明治17)年に大垣駅が開設。旧揖斐川橋梁は、大垣駅からさらに東へ路線を延ばすために建設され、1886(明治19)年12月に竣工しています。
旧揖斐川橋梁の上部構造はイギリス人技術者、C・ポーナルの設計に基づき建設されました。橋全体の長さは325.1mで、三角形の鉄骨を組み合わせた英国式のトラス橋方式を採用しています。
このトラス1連分の長さは63.6m、いわゆる200フィートとなっています。当時の一般的なトラスの長さは100フィートであったため、完成当時、旧揖斐川橋梁は最大級のものでした。
そんな旧揖斐川橋梁は、1908(明治41)年に鉄道橋としての役目を終えました。その後、道路橋に転用。2000(平成12)年には車両が通行禁止となりましたが、二輪車と歩行者の通行は現在も認められています。
明治に導入されたイギリス鉄道技術の特色を表していること、全国で建設された大規模鉄道橋梁の規範を示す物として、その貴重さが評価され、前述したように2008年には重要文化財の指定を受けました。
保存状況は、床板と橋脚の補強以外は当時の原型のまま。そのほか、塗装塗替え等の修復工事を行った程度で、非常に良好な状態を保っています。
今なお輝き続ける旧揖斐川橋梁の姿
旧揖斐川橋梁の100年以上の歴史を感じに、今回筆者(鈴木伊玖馬:乗りもの好きライター)は実際に現地を訪れてみました。すぐ近くの道路は歩道の境目も曖昧な様子で、行き交うクルマに注意しながら、橋まで進みました。
到着した瞬間に感じたのは、橋の綺麗さです。再塗装されたのもあり、色落ちしている部分はほとんど見られません。その美しさから、まるで完成してからまだ10年ほどしか経っていないようにも見えます。
また、橋を渡っている際には、トラスの力強さに目を引かれました。現代の橋に比べて、トラスの鉄骨が太く見え、その太さから渡っていて安心感を得られるようでした。
何よりも楽しかったのが、すぐ隣にあるJR東海道線橋梁の存在です。橋を通る電車の車両の形状がわかるほど近い位置を、並行して歩くことができるのです。川を渡る高架の電車を、同じ目線の高さで見られる機会は初めてでした。こういった景観を持つ橋は、そう多くはないでしょう。
貴重な体験ができた旧揖斐川橋梁。地元住民もよく利用しているようで、自分が橋を渡っている最中に、学校帰りと思われる学生たちが多数自転車で行き来をしていました。鉄道ファンや橋マニアだけでなく、歴史好き、さらには映えスポットを探している人まで、機会があれば一度行ってみることをオススメします。
ちなみに、先に記したように1886(明治19)年12月に竣工しているため、今年(2026年)12月でちょうど140年になります。