災害時に被災者を癒やす自衛隊の「野外入浴セット」。なぜ自治体ではなく自衛隊が担うのでしょうか。設営の苦労や「○○の湯」の粋な計らい、被災者優先で活動する事情など、入浴支援の知られざる舞台裏を解説します。
被災者の心も洗う入浴支援、その舞台裏
2026年7月28日に発生した「令和8年熊本地震」では、熊本県17市町村で大規模な断水が発生し、それによって多くの住民が普段の生活を送ることができなくなり、自治体や自衛隊などによる生活支援が実施されています。こういった光景は、過去の災害現場では幾度となく発生していることで、断水による生活環境の変化は、被災者たちにとって大きなダメージとなります。
一般的に入浴とは、人々が健康な生活を送る上で欠かせないことです。断水やガスの停止などによって数日間は我慢することができても、長期にわたって入浴することができない環境は、衛生的にも精神的にも被災者に負担を強いることになり、多くの被災者が疲弊してしまいます。
そこで登場するのが、陸上自衛隊が持つ「野外入浴セット」です。「令和8年熊本地震」では、陸上自衛隊が熊本市の火の君文化センターや宇城市の小川防災拠点センターに簡易シャワーを、海上自衛隊が宇城市の三角港緑地公園にシャワーと浴槽を、航空自衛隊が氷川町立氷川中学校にシャワーセットを設置し、それぞれ運営しています(8月3日現在)。
筆者(武若雅哉:軍事フォトライター)も過去の災害現場で、陸上自衛隊が設営する入浴施設に多くの被災者が訪れている場面を、たびたび見てきました。
多くの避難所で開設されている自衛隊の入浴施設ですが、なぜ自治体では用意できないのでしょうか。それは、設営から維持、管理にかかる労力と、普段の管理が非常に大変だからです。
自衛隊では、各地に所在する後方支援連隊などの部隊に所属する補給隊などが、この「野外入浴セット」を保有しています。構成品は大きなテントにあたる「業務用天幕」、1万リットルを蓄えることができる「貯水タンク」、お風呂には欠かせない「シャワースタンド」、そしてメインの「野外浴槽」などです。ほかにも、脱衣所で使用するスノコやカゴなども含まれています。また、トレーラーとしてけん引される「ボイラー」や「ポンプ」、「発電機」なども構成品として組み込まれています。
なぜ自治体にはこうした入浴支援が無理なのか?
この「野外入浴セット」を開設、維持管理するのは、担当部隊の自衛官7名程度で、入浴所開設までには平均で6時間程度の準備時間が必要だともいわれています。こうした表に出る行動以外にも、入浴所を撤収して部隊に帰ってからの整備も大変です。大型の装備品のため清掃も大変で備品も多く、それらを保管しておく大型の倉庫も必要です。
ほかにも、これらの備品を持ち出す大型トラックも必要で、そのトラックを運転するための運転手には大型自動車運転免許とけん引免許も必要になります。また、給水に必要な大型水タンク車や、燃料運搬のためのトラック、その燃料を蓄えておく施設も必要になるなど、これらが、自治体での保有・運用が難しいと考えられる主な理由です。
なお、使用する水は水タンク車などによって給水されるほか、場所によっては自治体が管理する水道を使用することもあります。つまり基本的に現地調達なのですが、もし断水の影響で水道水が使えない場合は、水道が使える最寄り駐屯地や協定を組んでいる農協などの取水場などから調達してきます。また排水に関しては、事前に各自治体と調整をして、あらかじめ下水などが使用できる場所を確保し、その場所に入浴所を展開しているとのことでした。
大規模災害では、全国各地の部隊が「野外入浴セット」を被災地に展開させます。その時には、部隊が置かれた土地の名勝などを名付けた「〇〇の湯」というのれんが掲げられます。この「のれん」は、部隊で用意したものであったり、部隊のOBなどが寄付していたりするそうです。上述のように基本的に水道水で温泉成分も入っていませんが、こうした粋な演出が利用者からは好評で、なかには周辺に展開しているいくつかの入浴施設を巡る利用者もいるそうです。
大地震や水害などの大規模災害は発生しないのが一番の理想ですが、しかしいつどこで発生するかわかりません。もし、被災してしまったら、ぜひ近くの自衛隊入浴施設に足を運んでください。部隊によっては、自ら移動できない被災者のために、避難所からシャトルバスを運行している場合もあります。
では隊員はどうしているのか、というと…?
この自衛隊の入浴施設ですが、被災地では被災者の利用を最優先しています。そのため自衛官たちは、入浴支援時間終了後にあまったお湯を使ってお風呂に入っているそうです。それでも、状況によっては毎日入浴することができない場合もあるといいます。これは、被災者優先であることと、準備に時間がかかること、そして災害派遣に参加している隊員たちの活動時間が関係しています。
災害派遣に参加している隊員たちは、早朝から夜間まで各種の作業をしています。すると、比較的ゆっくりできるのが20時や21時ごろとなります。浴場の運営時間は遅くても21時くらいまでになりますので、結果として残り湯を使うことになるのです。場合によっては、24時間態勢で活動している時もあるので、お風呂に入っている時間が無いという声も聞こえてきます。
そうした、自衛官の入浴を支援してくれるのが、実は海上自衛隊の護衛艦です。その日の災害派遣活動を終えた陸上自衛官たちが、トラックに乗って護衛艦などの艦艇までお風呂に入りに行くのです。
2004(平成16)年10月に発生した中越地震の当時、現役自衛官だった筆者も、海上自衛隊のおおすみ型輸送艦の艦内風呂に入ったことがあります。ちなみに、この時の筆者は、被災地での給食支援に参加し、避難所で食事を作っていました。
余談になりますが、この入浴施設の受付や休憩所には「自由帳」が置いてある場合があります。利用者たちが自由に書き込めるようになっていて、ここに書かれた言葉は、自衛官たちの励みにもなっているとのことでした。見かけた時にひと言、何か書いていくと、隊員さんたちが喜んでくれるかもしれません。