道路を広げても「誘発需要」が生まれ、渋滞がなくならないことがあります。そこで注目されるのが、交通需要を管理する「TDM」です。その仕組みや国内外の事例を紹介します。
道路を広げても渋滞が解消しない「厄介な現象」
渋滞対策というと、多くの人が「道路を広げる」「新しいバイパスを造る」といった道路整備を思い浮かべるでしょう。実際、右折レーンの設置、立体交差化など、交通を妨げるボトルネックの解消は、大きな効果が期待できます。しかし、道路建設や改良には多くの費用と時間が必要です。
さらに交通工学では「誘発需要」と呼ばれる厄介な現象も知られています。これは、道路が走りやすくなると移動時間が短縮され、利便性が向上すると新たな自動車利用が誘発されてしまう現象です。短期的には混雑が改善しても、長期的には交通量が増え、効果が薄れる場合があるのです。
ニューヨーク都市圏では、橋梁やトンネルなどの道路整備によって一時的に移動環境が改善しても、長期的には都市活動の拡大や交通需要の増加によって混雑が続くという経験がありました。英国の幹線道路政策を検討したSACTRA(交通インフラ評価に関する独立諮問委員会)も1994年の報告書で、道路整備を評価する際には誘発需要を考慮する必要があると整理しました。
そこで、交通集中を緩和する対策として、交通需要管理(TDM=Transportation Demand Management)を組み合わせることが行われています。渋滞は道路容量付近まで通行量が増えると発生するため、需要を少し減らすか時間帯を分散させるのです。
その一つが「ロードプライシング」です。東京湾アクアラインでは、休日の交通需要に合わせ「時間帯別料金」を設定し、最大4倍の差を付けたETC割引により利用時間を分散させています。
無料の道路でもTDMがおこなわれています。広島の都心部で交通規制を伴う国道2号「西広島バイパス」の延伸事業では、工事に伴う混雑を抑えるため企業へ時差通勤の協力を要請するなど、ソフト施策も取り入れられています。
これには公共交通の活用も有効です。40台の乗用車通勤がバス1台へ転換すれば、ピーク時間帯の車両数を減らす効果が期待できるとされています。
2026年5月に埼玉県で公表された「東埼玉道路BRT構想」は、延伸事業中の国道バイパスに公共交通を組み合わせる事例です。沿道の大規模商業施設「イオン越谷レイクタウン」へのアクセスコントロールによる渋滞緩和に主眼が置かれています。パーク&ライド駐車場とバス専用レーンを組み合わせ、自動車流入を抑えつつ大量輸送を実現しようというものです。
「駐車スペース逆に削減」「車通勤やめればインセンティブ」も
TDMは、需要を減らしたり分散させたりするために。クルマを排除するのではなく。自動車が必要な地域や利用者がいることを前提に、さまざまな手段を組み合わせます。
ノルウェーのオスロでは、都心部への自動車流入を抑制するため、ロードプライシング、駐車スペース削減、歩行者空間の拡大などを組み合わせたTDMを実施しています。単一施策ではなく複合的に需要を調整することで、都市中心部の自動車交通を抑えつつ、公共交通や徒歩・自転車への転換を進めています。
こうした複合的なTDMがいま日本で“焦点”となっているのが、熊本の都市圏です。以前から熊本市中心部への通勤交通が集中していました。そこに近年、半導体関連産業の集積が進み、菊陽町や大津町周辺の産業拠点へ向かう通勤需要も増加し、主要渋滞箇所数が3大都市圏を除く政令指定都市でワースト1位という状況になっています。
県や市は、自動車専用道の整備や交差点改良といった道路対策に加え、企業と連携したオフピーク通勤、パーク&ライド、豊肥本線原水駅と半導体産業集積地(セミコンテクノパーク)を結ぶ通勤バスなどでTDMに取り組んでいます。さらに、バス優先レーンで多くの人を運び、道路を効率的に使う議論も進んでいます。
深刻な渋滞に悩む米国では、二人以上が乗車する車両等を優先するレーン(High Occupancy Vehicle)のほか、Parking Cash Outと呼ばれる制度もあります。これは、企業が従業員に無料駐車場を提供する代わりに、駐車場を利用しない従業員には相当額の手当を支給する仕組みです。無料駐車場だけを優遇するのではなく、公共交通、自転車、相乗りなど複数の通勤手段を選びやすくすることで、自動車利用の集中を緩和しているのです。
道路を「造る」から「マネジメントする」時代へ
これからの渋滞対策は、「道路を造るか、クルマを減らすか」という対立ではありません。道路整備によって必要な容量を確保しながら、TDMによって交通が集中する時間や場所を調整する――こうした組み合わせが、人口減少や都市構造の変化が進む時代の新しい渋滞対策になりそうです。
とはいえ、こうしたTDMは日本ではまだ十分浸透しているとはいえません。
道路や橋などの建設は、できあがった物が見えますし、行政単独で実施できます。一方、これまで見たようにTDMは行政単独では行えず、企業や交通事業者、利用者との協力によって効果を発揮するソフト事業です。物が見えにくい点がハードルの一つとなっています。
しかし、財政の制約も進むこれからの時代には、道路拡張だけで渋滞対策を進めることはますます難しくなります。限られた道路空間の活用を考え、インフラを「マネジメントする」TDMに注目です。