記録的な熱波に襲われている欧州では、鉄道インフラも悲鳴を上げています。温暖化の救世主とされる鉄道が、実は酷暑に弱いという皮肉な現実に対し、各国はどのような対策を講じているのでしょうか。
温暖化に弱い温暖化の救世主
記録的な熱波に襲われている欧州。温暖化の深刻さが増す中、鉄道は、自動車や航空機と比較して二酸化炭素の排出量が少なく、大量輸送が可能なため、環境に優しい交通手段として注目されています。しかし皮肉なことに、温暖化の救世主とも言える鉄道が、実は酷暑に弱点をさらしています。
暑さでレールや架線が膨張して変形したり、線路脇に設置された信号設備が故障したりして、各国で鉄道運行に影響が出ているのです。筆者(赤川薫:アーティスト・鉄道ジャーナリスト)が住む英国は、2050年までに二酸化炭素の排出量の実質ゼロ化を目指していますが、そのような英国でも、事故を防ぐため、各地で鉄道の速度制限や運休が実施され、鉄道各社が「不要不急の鉄道利用を控えてください」と協力を呼びかけざるを得ない事態となりました。
死者が5000人を超える酷暑となっているドイツでは、さらに深刻な熱波被害が発生しました。瀧廉太郎(1879‐1903年)が音楽留学したことでも知られる東部の古都ライプチヒでは、路面電車が何日にもわたり運休を余儀なくされました。線路の周りの溶けたアスファルトを路面電車が巻き上げながら走行してしまい、30km以上の区間でレールがアスファルトでコーティングされてしまったのです。
冷えて固まったアスファルトをレールからこそげ落とすため、鉄道職員1500人に加えてボランティア550人も道路にうずくまり、各々が持参したスコップや油絵用のペインティングナイフなどを振る、前代未聞の光景が繰り広げられました(独公共放送zdfによる)。
日本でも、鉄道にとって夏の暑さは大敵です。2018年から東京メトロの中野駅でレールを冷やすためにミストが散布されるなど、鉄道の暑さ対策は大きな課題になっています。しかし、夏も比較的涼しかった英国では、鉄道インフラの維持として猛暑をあまり想定してきませんでした。無理もありません。英国南部のイングランドでさえ、一般家庭のクーラー設置率は未だに4.3%といいますから(エネルギー需要研究センター、EDRCによる)、人々の意識の中でどれだけ暑さ対策が遅れているかが分かります。
レールを白く塗って暑さ対策
そのような英国でも猛暑日が増え、2024年には熱波由来の鉄道遅延が延べ35万分も発生したそうです(英国の鉄道路線の大半を管理するネットワーク・レイルによる)。熱波は一時的な現象ではなくなったと覚悟を決めた同社は2022年、「酷暑に対して後手に回っていた」と反省の弁を述べ、英国気象庁の元主任科学者などで構成される「酷暑特別委員会(Extreme Heat Task Force)」を立ち上げました。
また、2030年までに28億ポンド(約6100億円)を投じて、様々な暑さ対策を講じることを発表しています。
同社によると、熱に脆弱な古い架線を新しい素材に置き換えたり、架線の膨張具合に応じて架線の高さを自動調整するシステムを導入したり、また、一部の区間では、熱に強いコンクリートの上にレールを敷く方式を導入していくそうです。従来の枕木と砂利の上にレールを敷く方式よりも高コストですが、これは、最高気温40℃超えが珍しくないドバイの地下鉄でも採用されている方式です。
このような長期的・抜本的なインフラ更新計画以外に、低予算で即効性がある対策も講じられています。レールを白く塗って太陽の熱を吸収しにくくさせるのです。太陽で熱せられたレールは外気温よりも20℃ほど熱くなりますが、白く塗ると表面温度が5~10℃も下がるといいます。
こうした白塗り対策は、イタリアから始まったというのが定説のようですが、ドイツやスイス、ブラジルなどでも広がりつつあります。ネットワーク・レイルも2025年春には1500リットルもの白いペンキを使ったそうです。温暖化により、「レールは白い」というのが世界の常識になる日も近いかもしれません。
ネットワーク・レイルは、線路沿いに設置された信号機器にも目を向けています。信号設備を収納した金属製キャビネットの内部は、直射日光の下で温度が70℃を超えることがあり、電子機器の故障によって信号トラブルや列車遅延につながっています。
この問題を解決するために同社は、電源やファンを使わず自然に放熱する新しい冷却システムを共同開発したそうです。キャビネットの屋根に液体が封入されている冷却システムを乗せて固定するだけで、その液体が蒸発・凝縮を繰り返す際の気化熱を利用してキャビネット内部の最高温度を21%以上低減させることが可能といいます。
キャビネット自体を加工する必要がない上に、作業員2人であたれば設置に1時間もかかりません。おまけに、設置後のメンテナンスはほぼ不要といいますから、北米や中東からの問い合わせも殺到しているそうです。
ロンドンを起点に南東部のケント州やイースト・サセックス州を結ぶ英国の鉄道運行会社・サウスイースタン(Southeastern)で2025年に実証導入が始まり、高リスク地点へ順次展開されています。
温暖化の救世主と注目される鉄道ですから、温暖化に負けないシステムの開発が求められています。