半世紀添い遂げた「最高の恋人」とお別れ! 名機「ハリアー」が残した功績 なぜ米海兵隊は惚れたのか?

NAND型メモリ市場急拡大 要因は

1970年代の導入から半世紀にわたり海兵隊航空部隊の主力であり続けた戦闘機「ハリアー」。なぜ海兵隊はこの戦闘機を必要としたのでしょうか?

敵地で孤立無援となる海兵隊に必須の航空戦力

 2026年6月、アメリカ海兵隊からついにAV-8B「ハリアーII」が退役しました。前身となる初代AV-8A「ハリアー」の採用決定から数えれば、実に半世紀以上にわたって海兵隊を支え続けた名機です。その独特な姿と運用思想は、数ある軍用機の中でもきわめて異彩を放っていました。そして海兵隊にとって、この航空機はただの戦闘機ではありませんでした。いつでも傍らに寄り添い、最前線の兵士を守り続けた、かけがえのない「恋人」のような存在だったのです。

 アメリカ海兵隊はしばしば「殴り込み部隊」と呼ばれます。有事には世界中のどこへでも真っ先に上陸し、橋頭堡を確保します。その任務は本質的に危険と隣り合わせであり、上陸した海兵隊員はしばしば敵地で孤立無援の状況に置かれます。

 だからこそ海兵隊は、常に地上部隊の頭上に存在し、必要な時ただちに火力を投射できる航空戦力を何より重視してきました。しかし従来の戦闘機は長大な滑走路を必要とします。前線が急速に移動する戦場では、航空支援が必ずしも地上部隊に追随できるとは限りません。

強い反発を受けながらも実現したイギリス製戦闘機の導入

 そんな海兵隊の前に現れたのが、1960年代にイギリスで開発された革命的な航空機、「ハリアー」です。推力偏向ノズルによって垂直離着陸(VTOL)を可能にしたこのジャンプジェットは、従来の航空機運用の常識を根底から覆しました。

 海兵隊は「ハリアー」の存在を知った瞬間、一目ぼれに近い衝撃を受けました。小規模な甲板から発進でき、前線近くの仮設飛行場にも展開可能であり、地上部隊のすぐ背後から航空支援を提供できるこれは、まさに海兵隊が長年夢見てきた航空戦力の理想像そのものだったのです。

 しかし当時、外国製戦闘機の採用は極めて異例でした。アメリカには強大な航空産業が存在し、軍用機の調達は国内メーカーが担うのが当然と考えられていました。ゆえに政治的な反発は決して小さくありませんでしたが、海兵隊は強硬に導入を主張し続けました。その熱意は周囲から見れば半ば執念にも映ったでしょう。それでも海兵隊は諦めませんでした。「ハリアー」こそが、自分たちの戦い方を変える唯一無二の存在であると確信していたからです。

 そして、その判断は正しかったと言えます。「ハリアー」は強襲揚陸艦という限られたスペースから飛び立ち、海兵遠征部隊の頭上を守り続けました。さらにその真価は陸上でも発揮されます。アフガニスタンの臨時飛行場など、従来の戦闘機では考えられない場所から出撃し、常に海兵隊員とともにあったのです。

 海兵隊員が危険地帯へ進めば、「ハリアー」もまた前へ出る。その距離感の近さは他軍種の航空機には見られないものです。海兵隊員が空を見上げれば、そこには必ず味方の「ハリアー」がいる。その安心感こそが、半世紀にわたり築き上げられた信頼関係の本質でした。

海兵隊員と苦楽をともに歩んだ半世紀

 1980年代には第2世代のAV-8B「ハリアーII」が登場しました。主翼の大型化、複合材構造の採用によって航続距離や搭載量は飛躍的に向上し、夜間攻撃能力や精密誘導兵器の運用能力も獲得し、もはや単なる近接航空支援機ではなく、多用途戦闘機として第一線で通用する実力を備えるに至ったのです。

 海兵隊にとってAV-8Bは、初恋の相手が歳月を経て理想的な伴侶へと成長したような存在でした。苦楽をともにし、数々の戦場を生き抜き、必要な時には必ず隣にいてくれる。これほど海兵隊の価値観と深く結び付いた航空機は、歴史を振り返っても決して多くありません。

 しかし、どれほど愛された名機であっても、時間の流れから逃れることはできません。機体の老朽化は避けられず、別れの時は刻々と近づいてきました。

 そして後継として登場したのがF-35B「ライトニングII」です。短距離離陸・垂直着陸能力(STOVL)を維持しながら、ステルス性、情報収集能力、ネットワーク戦能力を兼ね備えた第5世代戦闘機は、「ハリアー」の思想を受け継ぎつつ、さらに高次元へと発展させた存在と言えます。

 こうしてAV-8B「ハリアーII」は静かに第一線を去りました。海兵隊は、一目ぼれした英国生まれのジャンプジェットを、やがて最高の恋人へと育て上げました。そして今、その恋人との長い物語に幕が下りたのです。