「えっ、線路の終わりは海!?」 JR九州の“異端の超海辺終着駅”、その数奇な運命とは

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熊本県宇城市にあるJR九州・三角線の終着駅「三角駅」は、駅前に港が広がる珍しい特徴を持っています。観光列車「A列車で行こう」の終点でもあり、船に乗り換えて天草へ向かう観光ルートとして人気を集めています。

列車を降りると、すぐ目の前は“海”でした

 熊本県宇城市にあるJR九州・三角線の終着駅「三角駅」。観光列車「A列車で行こう」の終点として知られるこの駅には、ほかの終着駅にはあまり見られない特徴があります。それは、駅前に港が広がっていることです。

 実際に駅舎を出ると、目の前には海が広がり、そこにある三角港からは天草方面へ向かう高速船「天草宝島ライン」が発着しています。

 この航路は、上天草市の前島港までを約20分で結んでおり、「A列車で行こう」と接続する観光ルートとしても人気です。列車を降り、そのまま港へ歩いて船へ乗り換える――。そんな旅のスタイルが、現在も成立しています。

 現在の駅舎は、南欧風のレトロなデザインが特徴で、高い天井や大きな窓を備えた開放的な造りとなっています。海辺の港町らしい雰囲気も強く、終着駅というより“海への玄関口”であるような印象を与えます。

 しかし、三角駅が“海とつながる駅”となったのは最近の話ではありません。実はこの駅、開業した明治時代から、港と鉄道を接続するための交通拠点として整備された歴史を持っているのです。

近代港湾と鉄道を接続 明治に生まれた“海の駅”

 三角駅が開業したのは1899(明治32)年。当時、近くの三角西港では近代港湾としての整備が進められており、三池炭鉱の石炭輸送や海運物流を支える港として期待されていました。三角線もそうした港と鉄道を接続するインフラとして建設された側面が強く、貨物輸送や海上交通との連携を担っていました。

 一方で、当時の天草地域は現在のように橋や道路網が整備されておらず、人の移動にも船が重要な役割を果たしていました。そのため、三角駅は物流だけでなく、“鉄道から船へ乗り換える駅”としても機能していきます。

 ただ、近代港湾として整備された三角西港は地形的に狭く、鉄道駅を港の近くへ直接設置することが難しかったため、駅は現在地周辺に建設されました。そのため、現在のような“駅を降りてすぐ船に乗る”形ではなく、港までは徒歩や馬車で移動する必要がありました。

 その後、昭和期になると駅前に三角東港が整備され、三角駅は天草方面へ向かう海上交通の拠点として発展。また、天草地域も観光地として人気が高まり、最盛期には駅前に定期船や高速船が並び、列車から降りた乗客がそのまま船へ向かう光景が日常となっていました。

 しかし1960年代以降、天草五橋の開通によって状況は大きく変化します。道路交通の発達により海上航路は徐々に縮小し、三角駅も“海の玄関口”としての役割を失い、駅自体の利用も減少していったのです。

観光列車と高速船で再び脚光 “鉄道と船”の関係はいまも続く

 一時は静かな終着駅となっていた三角駅ですが、2011年に大きな転機を迎えます。それが、冒頭に紹介した観光列車「A列車で行こう」の運行開始で、現在の駅舎もこの時にリニューアルされました。

 「A列車で行こう」は、「16世紀大航海時代のヨーロッパ文化と古き良き天草」をテーマにした観光列車で、黒とゴールドを基調にした車体やクラシカルな車内デザインが特徴です。三角駅もこれに合わせて整備され、南蛮文化や港町を感じさせる空間へと生まれ変わります。

 さらに、駅前の三角港から発着する「天草宝島ライン」との接続によって、“鉄道から船へ乗り換える旅”も復活しています。現在では、「A列車」で海沿いを走り、三角駅からそのまま高速船で天草へ渡る――。そんな“鉄道と船を乗り継ぐ旅”が、再び観光客を集めています。

 明治時代には物流インフラ、昭和時代には天草への交通拠点、そして現在は観光ルートとして――。役割を変えながらも、三角駅では今なお“鉄道から船へ乗り換える旅”が続いています。