辻希美、ミニモニ。時代の思い出回顧 “育ての親”矢口真里に感謝伝える「矢口さんがいなかったら…」

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タレントで初代ミニモニ。メンバーの矢口真里と辻希美が5日、都内で開催されたOSHI BLDG.『ミニモニちゃんカフェ』プレオープンイベントに出席。辻がミニモニ。時代を振り返り矢口に感謝する場面があった。

◆矢口真里&辻希美、ミニモニ。時代の思い出回顧

矢口は「25年前にミニモニ。のリーダーをやらせていただいておりました。矢口真里です」笑顔。辻は「25年前にですね、ミニモニ。の足をかなり引っ張っていたと思われる片割れの辻希美と申します(笑)」と語って会場を沸かせた。

チェック柄の衣装について、矢口は「ミニモニ。の雰囲気で来たんですけど、楽屋で髪の毛二つにしないのかってめちゃめちゃ言われて(笑)」と言い、辻は「矢口さんが絶対に2つにすると思ったから、お団子2つを覚悟していたんですけど」とコメント。矢口は「たくさんのカメラの方がいらっしゃるので、43歳にもなりましたので、なかなかできないんですけど(笑)。もし今後ミニモニ。とかのイベントがあったら」とツインテールに意欲を示して、辻は「ネットニュースとかはぜひ使ってほしい(笑)。25年経っても50年後も、その写真を使ってほしいです(笑)」と報道陣に呼び掛けていた。

ミニモニ。時代の思い出を聞かれた矢口は「モンスターが2人いたので。ものすごく、車の中でも怒っていたし、スタジオの収録中でも怒っていたしっていう。私は育ての親だと思う(笑)」と回想して、辻は「あの時はうるせーなと思ってたんですけど(笑)、いざ自分が子育てしてみると、本当にあの時は申し訳なかったなの気持ちです。矢口さんがいなかったら、今の私は『おはようございます』を言えないので(笑)」と感謝した。

矢口は「今や5人のお母さんですよ。すごいよ。本当にしっかりお母さんをやってるなって最近すごく感じるんです。当時は12歳とか13歳だったので。あと私的には、ミニモニ。のグッズがとんでもない量を発売していまして。当時。でも我々はスタジオとかでしか見ないんですよ。おもちゃ屋さんとかに行くとすごい並んでるって聞いて、そうだったんだって。その時はすごい売れてたんでしょうね(笑)」と振り返った。

辻は「最近矢口さんのインスタに、昔のグッズがいろいろ並べられた写真があがっているのを見て」と言い、矢口は「実家の片づけをしていたら、ミニモニ。グッズが500点くらい出てきたんです。これ全部売ったらいくらになるんだろうって思ったんですけど(笑)。誰か買ってくれるかなと思って(笑)。すごく懐かしい気分になりながら」と話していた。

◆辻希美「ミニモニ。ジャンケンぴょん!」誕生秘話明かす

辻は「タンポポにもプッチモニにも入れなくて、唯一初めて入ったのがミニモニ。だったので、それは本当に嬉しかった思い出とか記憶がありますね。あとはもともと、この『ミニモニ。ジャンケンぴょん!』って、A面って言うんですか?メインの曲ではなかったんですよ」と回想。「その裏面にある、えーと、なんとかっていう(笑)。『春夏秋冬だいすっき!』がメイン曲として本当にダンスレッスンまでやっていたんですけど、それが急に『ミニモニ。ジャンケンぴょん!』に変わるっていう風になって。そこから急展開で『ミニモニ。ジャンケンぴょん!』が生まれて、あの曲ができたっていう感じだったので。そこもすごく勉強になったというか、『ミニモニ。ジャンケンぴょん!』でよかったなって」と当時を振り返った。この日はカフェメニューの試食も行っていた。