小泉防衛大臣の「原子力潜水艦も選択肢」との発言が注目を集めています。なぜ日本が原潜を持つ必要があるのでしょうか? 発言の背景を考えてみましょう。
小泉発言は原子力潜水艦保有への“布石”?
2026年9月11日、小泉防衛大臣は記者会見の中で、「原子力潜水艦も選択肢として排除せず検討を進める」と発言しました。防衛省は本気で原子力潜水艦(以下、原潜)の保有を考えているのでしょうか。
海上自衛隊における原潜保有の議論は、今回が初めてというわけではありません。2025年9月には、当時の中谷防衛大臣がVLS(垂直発射装置)を搭載する潜水艦の「次世代の動力」には原子力も含まれるとの認識を示し、10月の自民・維新連立合意にも同趣旨が盛り込まれました。小泉防衛大臣は就任後、原潜の保有を選択肢から排除しない旨の発言を各所で繰り返しています。つまり政府は一定の時間をかけて、原潜を正式な検討対象の一つへ押し上げてきたのです。
安全保障政策の決定には一つのパターンがあります。重要な課題については、まず「選択肢の一つ」として提示して、世論の反応を見ながら、政策として実現可能な道筋を探るのです。例えば、自衛隊の「反撃能力(敵基地攻撃能力)」保有が、その典型です。
自衛隊の反撃能力保有については、1956年の政府見解以来、一定の条件下では法理上可能とされていましたが、転機は2020年でした。イージス・アショア計画の停止後、「ミサイルを迎撃するだけで十分なのか」という声が政府や与党で強くなり、2021年には岸田政権が「敵基地攻撃能力の保有も含め、あらゆる選択肢を検討」と踏み込みました。そして2022年には「反撃能力」という呼称が定着し、12月16日の安保3文書で保有が正式に決定されたのです。
今回の小泉防衛相の発言は、少なくとも政府が「原潜を検討すべき」と、公然と言える段階まで来た事実を反映しているのです。
なぜ今、日本に原子力潜水艦が必要なのか?
ここで日本が保有する原潜とは、原子炉で動く攻撃型潜水艦(SSN)に該当するでしょう。通常動力型潜水艦では世界屈指の能力と規模を誇る海上自衛隊ですが、現在の日本を取り巻く安全保障環境に応じるには十分とは言えなくなってきました。
最大の理由は、日本の潜水艦が相手にしなければならない海域が広がったことにあります。中国海軍は第一列島線を越えて西太平洋へ進出する動きを常態化させています。実際、2024年に南西諸島周辺を通過した中国海軍艦艇の公表件数は、2021年の3倍以上となりました。また北方では、ロシア太平洋艦隊が原潜戦力を維持し、中露の共同航行も活発になっています。2026年8月13日に、プーチン大統領が北方領土の択捉島を「訪問」したことで、少なくとも日露関係の修復が一段と困難になったことは明らかです。
このように厳しさを増す日本の安全保障環境のなかで、不可欠なのが日米同盟です。しかしアメリカは同盟国に対して防衛負担増を求める方向性を明確にしています。政権が変わったとしても、このトレンドは続くでしょう。これは金銭の問題だけではなく、防衛担当範囲や任務の多様性につながるものと覚悟しなければなりません。
日本近海での待ち伏せに徹する装備体系を脱して、西太平洋の広域で活動可能な能力を得るには、攻撃型原潜は合理的な選択肢です。現在は保有をめぐる「議論」の段階ですが、本当に必要になったときに防衛力の空白を作らぬように準備する意味合いが、小泉防衛相の発言の真意にあるのです。では、そもそも日本は原潜を建造できるのでしょうか。
立ちはだかるのは技術より法律と予算
結論を言うと、日本には原子力工学と潜水艦建造の技術基盤があるので、理論的には可能です。ただし心臓部である艦艇用原子炉の製造技術と、これを運用、整備から廃棄まで管理できるインフラ、関連の法律が整備されていません。
そのため、短期間での取得は不可能であり、アメリカから最大限の技術供与を得られたとしても、実現するのは2040年以降になるでしょう。議論だけでも急ぐ理由がここにあるのです。
そもそも、原潜保有の最大の壁は、その費用でしょう。米海軍のヴァージニア級SSNの建造には約50億ドル(1ドル=150円で換算すると約7500億円)が見積もられています。そして訓練と整備ローテーションを考慮すると、2隻の前方運用を維持するには最低4隻、3兆円以上の建造費が必要です。日本の令和8年度の防衛関係費に関する概算要求は8兆7248億円なので、3割以上(または3割強)が原潜の建造だけで消えてしまいます。
しかもヴァージニア級を参考にすれば、1隻あたりの年間維持費は優に100億円を超えますし、原子炉整備が可能な専用ドックや核燃料管理、乗員教育、整備、退役処理までを国が管理しなければならないので、原子力基本法をめぐる制度上の整理も必要となるでしょう。
さて、仮に艦艇用原子炉が国産できた場合、原子力空母も建造することができるかもしれない――そんな考えを抱く人がいるかもしれません。しかし、こちらはさらにハードルが高いと言えます。最新のフォード級空母4番艦「ドリス・ミラー」の調達見積額は152億ドル(約2兆2,800億円)です。1隻だけで日本の年間防衛予算の4分の1が必要になります。
そもそも、空母は単体では何もできません。船体とは別に70機以上の艦載機が必須です。そして空母を守るための護衛艦、そして補給艦や潜水艦までそろって初めて能力をフルに発揮することが可能になります。
そして、これだけの規模の空母打撃群を長期にわたって維持していかなければ意味がなく、造ってからも年間数千億円規模で予算が必要です。原子力空母は原子力潜水艦以上に金食い虫なので、もし整備しようと着手するなら、おそらく日本が経験したことのない国家プロジェクトになるでしょう。