「解決が先か、寿命が先か」=被害者の父、募る焦燥―上智大生殺害、9日で30年

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 東京都葛飾区柴又の自宅で上智大4年の小林順子さん=当時(21)=が殺害され、放火された事件は9日で、発生から30年となった。父賢二さん(80)は、まな娘の無念を晴らそうと精力的に情報提供を呼び掛ける活動などを続ける。大病を乗り越えたが、体調は気がかりで、「事件の解決が先か、自分の寿命が先か」と焦燥感を募らせている。
 賢二さんによると、順子さんは甘えん坊な性格だったが、興味のあった英語の専門クラスのある高校への進学を自分で選択。大学も英語学科に進学し、念願だった米国留学を決めた。成長するにつれ日々の会話は減ったが、賢二さんは「ごく普通の家族で、ささやかな幸せがそこにあった」と振り返る。
 順子さんが留学を2日後に控えた1996年9月9日、事件は発生した。「何でわが家が、何で娘が」。賢二さんは娘の死を受け入れられないまま、警察による聞き取りや現場検証、葬儀の準備などに追われた。「泣いている場合じゃなかった」
 警察署の道場に、留学先で使うはずだった荷物が並べられているのを見た際、荷造りしている順子さんの姿が思い浮かんだ。ブーツや本、歌手の中島みゆきさんやミスターチルドレンの曲がダビングされたカセットテープ。「夢と希望と期待、ちょっぴりの不安が入り交じった気持ちで詰めたんだろう」と胸がいっぱいになった。
 月日がたつにつれ「近いうちに解決するだろう」という期待は不安に変わり、時効の壁を感じた。「犯人を絶対に許さない。このままでは娘に申し訳ない」と奮い立ち、2009年、別の15事件の遺族らと共に殺人事件被害者遺族の会「宙(そら)の会」を立ち上げた。翌年、国などに訴えていた殺人事件などの公訴時効の撤廃が決まった。空の上の順子さんから「お父さん、やるじゃん」と言われたように感じた。
 毎朝、妻が仏壇を開け、自分たちと同じ朝食を供えて、「きょうもよろしく」と声を掛けるのが日課という賢二さん。2018年には、がんの手術を2度受けた。「過ぎてみるとあっという間」と話すが、体調の変化を感じることも増えた。「事件の解決が先か、私の寿命が先かと心配するような年齢に差し掛かってきた」。それでも「一刻も早く解決してほしいという思いはずっと変わらない」と力を込めた。 
〔写真説明〕1996年9月に東京都葛飾区の自宅で小林順子さんが殺害された事件で、取材に応じる父賢二さん=8月24日、東京都墨田区