旧日本軍機が見られる博物館は日本国内にもいくつかあります。ただ「河口湖自動車博物館・飛行舘」はそうした施設のなかでもかなり異質な存在です。
零戦3機に「隼」2機!? 8月だけ開く博物館
富士山の北麓、山梨県鳴沢村にある「河口湖自動車博物館・飛行舘」は、原田信雄館長が収集してきた自動車や航空機を展示する私設博物館です。約100台の自動車を展示する「自動車館」と、旧日本軍機を中心に展示する「飛行舘」に分かれています。大きな特徴がその開館期間で、飛行舘が一般公開されるのは8月1日から31日までの1か月間だけ。期間中は休館日なしで、午前10時から午後4時まで開館しています。
筆者が2026年8月に飛行舘を訪れると、館内には旧日本軍の航空機がところ狭しと並べられていました。まず目を引くのは、零式艦上戦闘機、いわゆる「零戦」です。もちろん、展示されている零戦は1機だけではありません。
零戦21型と52型の完成機に加え、内部構造を見ることができるスケルトン状態の21型も展示されています。その近くには陸軍の一式戦闘機「隼」1型と2型が並びます。さらに一式陸上攻撃機22型や、復元作業が続く艦上偵察機「彩雲」11型などもあり、現存数の極めて少ない旧日本軍機を一度に見ることができます。館内を歩けば歩くほど、さらに珍しい機体が次々に出てくる。飛行舘はそんな博物館なのです。
零戦も「隼」も実物を見比べられる!
飛行舘を実際に歩いて面白いと感じたのが、希少な航空機を1機ずつ見るだけでなく、同じ系列に属する異なる形式の機体を並べて比較できることでした。たとえば零戦なら21型と52型があります。21型のうち1機は90%以上のオリジナル部材を使用して復元された機体ですが、もう1機は内部構造が分かるように外板を張らず、スケルトン状態で展示されています。
航空機に詳しくなくても、形の異なる零戦が並んでいれば「同じ零戦でもこんなに違うのか」と気づくことができます。完成状態とスケルトン状態の機体を見比べれば、普段は外板に隠れている内部構造まで観察できます。
その近くに並ぶ一式戦闘機「隼」も1型と2型の2機があり、神田支配人によると「この2つの形式をそろって見られる施設はここだけ」だといいます。詳しい形式の違いを知らなくても、同じ名前を持つ戦闘機を実物同士で見比べられること自体が、飛行舘の面白さのひとつです。
一式陸上攻撃機22型は太平洋戦争期に日本海軍が使用した双発の陸上攻撃機(日本陸軍の重爆に近い役割を持つ爆撃機)で、飛行舘に展示されている12017号機は、残されていた機体後部を生かし、失われていた前半部分を新たに製作して復元したものです。胴体のみの展示ですが、長大な姿を間近で見ることができます。飛行舘によると、復元・現存する一式陸攻は世界でこの機体だけだといいます。
さらに、注目なのが現在も復元作業が続けられているのが艦上偵察機「彩雲」です。太平洋戦争末期に実戦投入された日本海軍の高速偵察機で、現存例は極めて限られています。飛行舘に展示されている1290号機は、長年ミクロネシアのジャングルに残されていた機体です。
来館者から好評なのは機体だけではないそうです。館内には「栄」「誉」といった航空機用エンジンのほか、計器、機銃、燃料タンク、通信装置なども個別に展示されています。
飛行館の責任者である神田支配人によると、エンジンなどを見て「80年以上前にこんなものが作られていたのか」と驚く来館者も多いそうです。
完成した機体では内部に隠れてしまうエンジンや部品も、単体ならその構造を間近から観察できます。航空ファンだけでなく、クルマや機械が好きな人なら、こうした展示だけでもかなり楽しめそうです。
展示機は「最初は残骸」だった!
では、これほど多くの旧日本軍機が、なぜ富士山麓の博物館に集まっているのでしょうか。実はこれらの機体の殆どは、かつての日本軍の戦地であった南方などで取り残され、朽ちた状態で打ち捨てられていたものです。
展示されている旧日本軍機の多くは、どれも同博物館ではその現地を訪れその所在を調査し、機体や部品を回収して日本へ持ち帰ってきたものです。回収された時点で現在のような飛行機の姿を保っていたわけではありません。
神田支配人は「最初は残骸といった状態でした」と話します。公式サイトに掲載された復元前の写真を見ると、その意味がよく分かります。錆びて変形し、現在の展示機からは想像できないほど原形を失った状態のものもあります。
そうした残骸を日本へ持ち帰り、博物館のスタッフが機体や部品を調査。使用できるオリジナルパーツは可能な限り生かし、失われていて入手できない部品については新たに製作して、往時の姿へと復元してきました。いま館内に並ぶ機体の多くは、単に昔の飛行機を一から作り直したレプリカではなく、残された実物を出発点として長い時間をかけて姿を取り戻したものなのです。なお、現地で見つけた残骸や部品の回収にかかる費用は、驚くべきことに館長の原田信雄氏が私費を投じて負担しています。
館内では、こうした機体の回収や復元を記録したオリジナルの書籍やDVDも販売されています。なかでも書籍は、どのように復元されたのかの資料として購入する来館者が多いそうです。また、Tシャツやトートバッグなどのオリジナルグッズも人気で、こうした物販も博物館の運営を支えています。
なお、前述しましたが河口湖自動車博物館・飛行舘の2026年の開館期間は8月31日までとなっており富士山の夏山開山期間よりも短期間です。同博物館は、限られた人員で民間運営されている博物館であることが関係しており常時スタッフを置いて通年営業する体制がとれないことがこの運営期間である理由のひとつになっているようです。8月に富士五湖方面へ出かけるなら、富士山や河口湖とともに観光で訪れるのもありかもしれません。