驚異の75年現役! フィリピン海軍の旗艦を務めた元「海自の護衛艦」 中国と対峙し続けた数奇な歴史とは

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海上自衛隊の護衛艦として“初めて”フィリピンへの移転が決定した「あぶくま」型。でも50年前、すでに護衛艦がフィリピンに渡っていたのです。

第2次世界大戦の急造艦として生まれる

 2026年7月7日、海上自衛隊「あぶくま」型護衛艦5隻のフィリピンへの移転について、日本とフィリピンが基本合意に達したことが明らかになりました。海上自衛隊は2027年度中に「あぶくま」型全艦を除籍する計画であり、フィリピンは「数年以内の取得」を予定しているとのことです。

 昨年(2025年)に、オーストラリア海軍への新型FFM採用が決定しましたが、それに続く大型防衛装備の海外移転の正式決定として注目を集めています。しかし、フィリピンが“護衛艦”を受け取るのは、実は今回が初めてではありません。それが2018年までフィリピン海軍で現役にあったフリゲート「ラジャ・フマボン」です。

「ラジャ・フマボン」の旧名は護衛艦「はつひ」。約50年前に、同型艦「あさひ」とともにフィリピンに送られました。なお、「あさひ」は「ダトゥ・シカトゥナ」と名付けられています。

 ただし、日本から直接フィリピンに送られたわけではありません。「はつひ」「あさひ」ともに、もともと日本の船ではなかったからです。両艦の最初の名前は、それぞれ「アサートン」と「アミック」。アメリカ海軍のキャノン級護衛駆逐艦です。どちらも第2次世界大戦のさなか、1943年に就役しました。

 キャノン級は、船団護衛や対潜作戦のために大量建造された、いわば戦時急造艦であり、基準排水量1240トンという小さな船体に対空・対潜装備を満載しています。両艦とも大西洋での任務に従事したのち、大戦末期に太平洋方面に転じますが、戦後まもなく両艦とも退役しています。

竣工から75年! 3か国を渡り歩いた艦

 海上自衛隊に渡ったのは1955年です。前年(1954年)に創設されたばかりの海上自衛隊の戦力はいまだ貧弱であり、国産艦艇の整備が進められる一方でアメリカから複数の艦艇が貸与されました。「アサートン」と「アミック」はボストンで日本側に引き渡され、横須賀に回航されました。

 護衛艦(DE)「はつひ(旧アサートン)」・「あさひ(旧アミック)」としての“第2の人生”は、1975年までの20年におよびました。これは海上自衛隊のアメリカ貸与艦のなかでもっとも長いものでした。形式上、アメリカに返還された両艦ですが、その後も日本に係留されていたようです。

 1978年、今度はフィリピンに移管されます。韓国での大規模な改修を経て、1980年にフリゲート「ラジャ・フマボン(旧はつひ)」、「ダトゥ・シカトゥナ(旧あさひ)」として“第3の人生”がスタートします。

 このうち「ダトゥ・シカトゥナ」は1989年に退役します。「ラジャ・フマボン」も1993年に一度は退役しますが、オーバーホールを受けたのち1995年に再就役し、なおも現役にとどまりました。

 中国の脅威が強まる1990~2000年代において、「ラジャ・フマボン(旧はつひ)」はフィリピン海軍最大の戦闘艦として、3隻のハシント級哨戒艇(元・英海軍ピーコック級哨戒艇)とともに主力を担い続けました。また、2011年にアメリカからハミルトン級カッター(巡視船)が供与されるまで、フィリピン海軍の旗艦も務めました。

 2018年3月15日、「ラジャ・フマボン」の退役式典を経て、同国海軍から正式に退役しました。フィリピン海軍での任務は38年におよび、竣工から数えれば75年というきわめて長命な軍艦となりました。

 アメリカ製ではあるものの、日本の護衛艦がこれほど長く、そして重要な役割をフィリピンで担っていたのです。もしかしたら「あぶくま」型も、日本が考えているより長くフィリピンで活躍することになるかもしれません。