1995年のテレビ放送開始以降、社会現象にもなった「新世紀エヴァンゲリオン」。原作のGAINAXの中核メンバーで漫画版などを監修した貞本義行氏ですが、その出発点が「クルマとバイクの漫画」だったことはあまり知られていません。
1981年に四輪レース漫画でデビューという、意外な経歴の貞本義行氏
1995年のテレビ放送開始以降、日本のアニメシーンのみならず社会現象にも至った「新世紀エヴァンゲリオン」。原作のGAINAXの中核メンバーであり、漫画版の作画・キャラクターデザイン・レイアウトなどの監修を行ったのが漫画家・貞本義行氏です。ヱヴァ以外にも数多くのヒット漫画・アニメ作品を生み出してきた貞本氏ですが、実はその出発点が「クルマとバイクの漫画」でした。
貞本氏は東京造形大学に在学していた1981年に週刊少年チャンピオン新人まんが賞へ、四輪レースの作品『FINAL STRETCH 最後の疾走』で応募し入選、『週刊少年チャンピオン』に初掲載となり、漫画家デビューを果たしました。
さらに、翌1982年には同誌にて描き下ろしのバイク作品『18R(ヘアピン)の鷹』を初連載しました。わずか4週限定の短期連載でしたが、同年には『LONELY LONESOME NIGHT ふりむいた夏』『CRAZY RIDER 大垂水の鷹』と続けてバイク作品を寄稿。『18Rの鷹』以外は1話読み切り作品だったものの、いずれも疾走感だけでなく、人間味あふれる切ないストーリーが魅力となっており、すでに貞本作品の片鱗を覗かせています。
これら貞本氏のルーツである「バイクとクルマの漫画」のうち、『18R(ヘアピン)の鷹』のストーリーはまた独特の魅力があります。
連載時、生産終了から数年が経過していた「古いバイク」ヤマハRD400にまたがる主人公・鷹野は峠に出向き、神出鬼没の暴走族やライバルと小競り合いをしながら疾走します。
一方、峠やストリートでのバトルの中で仲間の事故に直面し苦悩を抱え、バイクにのめり込むあまり生まれてしまう大切な人との距離感など「青春時代を思わせる」描写もふんだんにあります。これは、バイクブーム全盛期だった80年代初頭の空気感をリアルに表しています。
他方、1982年の貞本氏による一連のバイク漫画が発表された翌年、ライバル誌『週刊少年マガジン』で連載が始まった『バリバリ伝説』は、バイク市場にも強く影響を与え、当時走り屋ブームを巻き起こしました。
当時は『あいつとララバイ』(1981年〜)、『AKIRA』(1982年〜)、『湘南爆走族』(1982年〜)といったバイク漫画が続々とヒットした時代です。おそらくはこういった時流も貞本氏が「バイクの漫画」を描いた理由の一つだったと推測されます。
当時も今も通好み「RD400」とは?
『18R(ヘアピン)の鷹』のモチーフになったRD400は、当時も今も「知る人ぞ知るバイク」ですが、実は70年代は「ミドル最速」と呼ばれた2スト最強モデルでした。80年代のヒットマシン、RZ250開発の礎にもなっています。いま中古車相場では状態のいいもので400万円以上も高値がつく車両となっています。
特にアメリカではRD400の圧倒的な速さを前に「まるでロケットのようだ」として「ポケット・ロケット」という威名をとるほど絶大な評価を受けたモデルでした。
このRD400を『18R(ヘアピン)の鷹』のモチーフにすることにしたのが、編集者の発案だったのか、それとも貞本氏によるものなのかは定かではありません。いずれにしても「古いけど、通の間で知られた速いバイク」RD400をモチーフにした点も味わい深く、「大人になった」今のバイクファンでも十分楽しめる内容になっています。
しかし、これら貞本氏のルーツである「クルマやバイクの漫画」はいずれも単行本化されておらず、また貞本氏の人気も相まって、『週刊少年チャンピオン』での掲載号はいずれも高騰し、入手困難な状況となっています。
この背景を受けてか、なんとか掲載号を入手したファンが自作で私家版『18R(ヘアピン)の鷹』を作成したほか、絶版になった書籍や雑誌を投票で復刊させるユーザー参加型サイトでも復刊リクエストが上がるほどでした。
ファンにとっては残念ですが、現状では作品を読むためには、当時の掲載号をなんとかして入手するか、国立国会図書館で閲覧するなどの方法に限られています。