高松琴平電気鉄道(ことでん)で複線化工事が進んでいます。2000年代以降の地方私鉄では珍しいこの取り組みですが、経営破綻を乗り越え利用者数を回復させた背景には、様々な計画の変遷がありました。
「琴電は要らない」とまで言われた過去
香川県高松市を中心に運行する地方私鉄・高松琴平電気鉄道(琴電)が大きく変化しています。高松市街地と金刀比羅宮最寄りの琴電琴平駅を結ぶ琴平線では、2020年11月1日に三条~太田間が複線化すると、同28日には同区間に伏石駅が開業しました。また2026年3月には栗林公園~三条間が複線化し、2027年2月には太田~仏生山間の複線化と同区間に多肥駅の開業が予定されています。
これにより琴平線の複線区間は高松築港~仏生山間8kmとなり、地方私鉄有数の複線区間を持つ長野電鉄長野線(6.3km)を上回る規模となります。とはいえ地方私鉄の複線区間の多くは、今よりもっと利用が多かった時代の名残りであることが多く、2000年代以降の複線化は珍しいといえるでしょう。この取り組みは、どのような背景で進んでいるのでしょうか。
事業を進める香川県、高松市、琴電が、鉄道のあり方を考え直すきっかけとなったのが2001(平成13)年の経営破綻です。瓦町駅ビル「コトデン瓦町ビル」に百貨店大手そごうグループと共同で開業した「コトデンそごう」が経営破綻し、電鉄本体にも影響が及び、民事再生手続きの申請を余儀なくされました。
当時、自治体、県民、利用者は琴電に冷ややかな目を向けていました。「旧態依然とした経営」で「あいさつも笑顔もない」し、「ストライキが多く」、「設備投資を怠っているため駅やトイレが汚い」。「地域の要望を聞かないし、連携しない」。鉄道は必要だが琴電は要らないとまで言われてしまったのです。
新経営陣は経営再建計画「ことでん100計画」を策定し、50年以上思考停止していた琴電を生まれ変わらせます。琴電を全く信用していなかった行政も認識を改め、香川県、高松市の交通改善を協力して改善することになりました。
増発しないけど複線にするワケ
琴電は地方私鉄有数の利用者を誇りますが、地方の不況、人口減少、モータリゼーションの影響で減少傾向にありました。1987(昭和62)年に1916万人だった年間輸送人員は、経営破綻前の1997(平成9)年度に約1695万人、2001(平成13)年度は約1388万人へと急激に減少しています。
民事再生法に基づく再生計画は2006(平成18)年に完了し、輸送人員も2005(平成17)年度を底に微増傾向に転じていましたが、経営再建には利用者のさらなる増加が必須です。ここで登場するのが、2010(平成22)年11月に策定された高松市総合都市交通計画です。
計画の一つが「鉄道新駅の設置」です。琴電は地方鉄道としては駅間が長いのが特徴です。三条~太田間は2.3km、太田~仏生山間が1.8km、仏生山~一宮間は2kmあり、都市化する沿線の需要を十分に拾えていませんでした。2006年に仏生山~一宮間に新設された空港通り駅の利用が好調だったことから、前記2区間にも駅設置が検討されます。
一般に複線化は線路容量の増加、つまり増発のために行われますが、琴電の場合、複線区間が高松築港~栗林公園間2.9kmのみだった頃から地方私鉄としては多い15分間隔運転を行っていました。単線区間に2駅を新設しても運行は可能であり、これ以上の増発も必要ありませんでした。
しかし新設駅を交換駅にしたとしてもダイヤの都合上、停車時間が20%近く長くなり、速達性が低下します。その結果、ピーク時に運用を1編成増やす必要があり、予備車両が1編成に減少することから、運行の安定性が低下。また駆け込み乗車などで発車が遅れれば、ダイヤ乱れが全線に波及してしまいます。以上のことから、栗林公園~仏生山間の複線化と新駅設置を一体的に進めることになりました。
幻の「LRT化」構想
この計画の背景には、高松市の大西秀人市長が2007(平成19)年に発表した「LRT化構想」がありました。2000(平成12)年に都市計画事業認可を受けた高松築港~栗林公園間連続立体交差事業が、自治体の財政難と琴電破綻の影響で頓挫(2010年事業中止、2023年都市計画廃止)したことから、平面交差による利便性向上を訴えたのです。
瓦町からJR高松駅に乗り入れ、停留場を追加するなど路線を改良し、高松駅前~仏生山間にLRV(低床車両)を運行するなど、いくつかの運行パターンが検討されましたが、琴電は難色を示します。
琴平線は朝ラッシュ4両編成(72m)、それ以外は2両編成(36m)で運行していますが、LRVは最大30mなので輸送力が不足します。LRT専用区間は朝ラッシュ1時間あたり19本以上の運行が必要と試算されており、あまりに過大な投資です。また瓦町、仏生山で乗り換えが必要になるなど利便性が低下します。
福井県のえちぜん鉄道のようにLRTと普通電車を併用する案もありましたが、その場合は高床ホームと低床ホームの両方を整備する必要が生じます。また、LRVの運行本数が限られるため整備効果が低く、国の補助制度の対象外となる可能性がありました。
すでに十分な輸送力があるのに、そこまでの大手術が必要なのか。結局、新駅設置・複線化はLRT化と切り離して行われることになりました。2025年6月改定の高松市「多核連携型コンパクト・エコシティ推進計画」は、持続可能な公共交通ネットワークの再構築として「新交通システム(LRT等)の導入検討」を掲げており、構想が全く消えたわけではないようですが、実現の芽はほとんどなくなったとみてよいでしょう。
琴電の輸送人員は2010(平成22)年の約1246万人を底にして2019年には約1492万人、90年代末の水準まで増加しました。コロナ禍で大きく減少しますが、2024年度は約1431万人まで回復しています。
2024年6月に認定された琴電の鉄道事業再構築事業は、「省エネ性能の高い新造車両の導入及び安全輸送設備の更新」に5年間で72億円を投じるとしており、2026年秋には琴電66年ぶりの新型車両「2000形」2編成4両がデビュー予定です。最終的な導入編成数は明かされていませんが、今後、新車両が続々と導入されていくでしょう。複線化後の新世代の琴電に注目です。