愛知県を駆け抜けた幻の路線「ピーチライナー」わずか15年で消えた“片側ドアの特注車” 現存する個体に乗ってきた

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愛知県小牧市には、わずか15年で営業を終えた公共交通機関「桃花台交通」がありました。利用者の低迷によりわずか15年半で廃止した幻の路線ですが、実は豊田市内に当時使われていた100系車両が保存されています。

「ピーチライナー」で使われた100系電車とは!?

 愛知県小牧市には、かつて「桃花台(とうかだい)新交通桃花台線」、通称「ピーチライナー」という公共交通機関が走っていました。

 1991年3月に開業すると、地元の大きな期待を背負って走り始めたものの、開業直後から利用者数は低迷します。1日の利用者数はおおむね2000人前後で推移しました。これは国鉄の民営化にあたって、廃止が議論された路線の目安であった輸送密度4000人という数字を大きく下回っていました。

 運行元の桃花台交通は、さまざまな改善策を打ち出しますが、抜本的な改善策にはならず、最終的には2006年10月に廃止へと追い込まれました。すでに廃止から20年近くが経っているものの、今も小牧市には走行していた高架橋や駅舎などが残っています。

 ただ、あまり知られていませんが、豊田市のとある建設会社の敷地内には、このピーチライナーで採用されていた車両が保存・展示されています。そこで、筆者(鈴木伊玖馬:乗りもの好きライター)は、この現存車体を見に、現地へ足を運んでみました。

 ピーチライナーで採用されていた車両は「100系」です。製作には日本車輌製造や三菱電機や住友電気工業、ブリヂストンといった、さまざまな大手企業が協力しています。現役時代は、4両固定編成で運用されており、こちらに置かれているのは先頭車です。

 外観は一般的な電車らしい四角いデザインをしていますが、前方には凹凸がほとんどなく、大胆にカットされています。さらに、運転席のフロントウインドウは広く取られており、視界が良さそうです。

 また、電車と大きく異なるのが足回り。クルマのようなゴムタイヤを使用しており、新交通システムらしさが強く出ています。

車内に入ってみたら、激レア「制服」も発見!

 車体側面にも面白い特徴があります。それが乗降扉で、100系は右側のみに配置されています。これは始終端のループで折り返してから走行するため、乗客の乗り降りが片側のみに限られているからです。

 また、運転席だけでなく、側面の窓ガラスも大きめのサイズになっています。そのため、高架橋を走っていたときは、その眺めはきわめて良かったのだろうなと思いました。

 車内は、なかなかゆとりのあるデザインになっています。その理由の1つが、つり革がないからでしょう。これにより天井付近の視界を遮るものがなく、開放感のある作りになっています。ちなみに、先頭車の定員は43人です。

 座席には落ち着いたライトグレーの布地を使用。2人掛けの座席に加えて1人用の座席も設けられており、通勤・通学から複数人での搭乗まで、さまざまな利用者層を見込んでいたように思われます。

 運転席は先頭車右寄りにコンパクトに配置されています。また、運転席左側にも座席があり、ここに座ったときの眺めは、大変良さそうでした。

 後部側には当時の制服のジャケットが展示してあります。紺色のカラーリングと胸元のワッペンはよく調和していて、魅力的なデザインだと個人的には感じました。

 短命に終わった路線というのもあってか、車両や制服はまだまだキレイな状態を保っているように思います。実際、筆者が見学している間も、旅行客と思わしき人が車両を見に来ていました。

 今では数少ないピーチライナーの存在を感じられるこの車両。わずか15年半ほどで運行を終えてしまった短命の列車ですが、それゆえに一見の価値があるかもしれません。