瀬戸大橋そっくりの巨大併用橋から「コの字型」頭端駅、トラムまで 空から見た“ヨーロッパの果て”の鉄道美

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ヨーロッパの果ての国ポルトガル。首都リスボンにはトラムや1668mm広軌のポルトガル鉄道が活躍します。空から見た南欧の鉄道風景をご覧ください。

「ヨーロッパの果て」の鉄道を空から

 イベリア半島の西に位置するポルトガルは、ヨーロッパで最も西にある国のため、しばしば「ヨーロッパの果て」といわれることがあります。国土の西側は大西洋に面し、大航海時代に栄華を極めました。世界中の旅人が一度は訪れたい国の一つです。

 首都はリスボン。テージョ川の河口部に位置する丘陵地帯に広がる都市です。鉄道の視点で見ると、隣国スペインと同じイベリア軌間(1668mm)のポルトガル鉄道(CP)主要駅のサンタ・アポローニャ駅、オリエンテ駅、カイス・ド・ソドレ駅や、歴史地区のアルファマの路地を縫うリスボントラムなどが見どころの筆頭に挙げられます。

 リスボンの鉄道風景は、地上での記録は数多く見られますが、空撮の視点はなかなかお目にかかれません。2018年と少々古い記録となりますが、筆者(吉永陽一:写真作家)がリスボンでヘリコプターから空撮した記録を紹介します。

 リスボンは、アルファマ地区の北側にリスボン・ウンベルト・デルガード国際空港が存在しているため、飛行許可が下りた範囲はテージョ川沿いとなり、空撮は北東側のヴァスコ・ダ・ガマ橋から西側の4月25日橋(Ponte 25 de Abril)の間としました。CPの主要駅やリスボントラムの主要路線が集まるためです。

 テージョ川に沿うサンタ・アポローニャ駅は頭端駅で、スペインやフランスを結ぶ国際列車やIC(インターシティー、都市間特急列車)、近郊電車が発着します。開業は1865年5月で、日本ではまだ慶応元年を迎えた頃でした。リスボンで最も歴史あるターミナル駅であり、3階建ての駅舎はコの字形にホームを囲みます。鉄道でリスボンを訪れる際の玄関口となり、頭端式構造のホームから駅舎のアーチを抜けると、南欧の太陽がさんさんと降り注ぎ、旅の高揚感が湧いてきます。

 対照的な頭端式構造は、サンタ・アポローニャ駅からコメルシオ広場を挟んだ西側のカイス・ド・ソドレ駅です。こちらもCPの駅で、近郊路線カスカイス線の起終点となります。サンタ・アポローニャ駅と同じようにテージョ川に沿い、駅舎部は大きなアーチを描きます。発着する列車はほとんど近郊電車で、撮影時はシリーズ3150という3両固定編成の電車が停車していました。このシリーズは正面非貫通の一面窓で、顔つきは日本の101系に似ています。

トラムや鉄道道路併用の吊り橋も見どころ

 さて、リスボンといえばトラムです。坂の多いリスボンにはトラムの他に、街中を行き来するケーブルカーも有名ですが、前述のように飛行許可が下りたのはテージョ川沿いのため、街の中の鉄道空撮は残念ながら捉えられませんでした。

 テージョ川沿いから望むトラムは、四方に軌道が張り巡らされ、観光客に知られているアルファマ地区を縫う28系統、コメルシオ広場の通りからプラタ通りへ進む15E系統、カスカイス線と併走する24デ・ジューリョ通りの15E系統や18E系統など、リスボンの足として軌道があちらこちらに延びているのが分かります。

 そして、世界遺産ベレンの塔に近い4月25日橋は、テージョ川対岸の都市アルマダを結ぶ吊り橋で、上側を道路、下側を鉄道が通る鉄道道路併用橋です。外観は朱色をまとい、構造は瀬戸大橋と似ています。

 日付というストレートな名称は、1974年4月25日に発生した軍事クーデターのカーネーション革命から命名されました。ポルトガルは軍事クーデターが発生するまで、アントニオ・サラザールによる保守権威主義エスタド・ノヴォの長期独裁体制でした。この革命は「リスボンの春」とも呼ばれ、その日付を冠した併用橋には、ちょうど4両編成のダブルデッカー車が颯爽と駆け抜けていました。橋の色は違えども、どこか瀬戸大橋線のマリンライナーとオーバーラップするのは、日本人鉄道ファンの視点だからでしょうか。この列車は民間の鉄道会社「フェルタグス」が運行しています。

 リスボンの鉄道はトラムだけでなく、特急から近郊電車まで、首都の生活を支える鉄道が行き来しています。彼の地へ訪れる際は、トラム以外の鉄道も体験してみると面白いでしょう。