山形の秘境に実在「軍事要塞も驚愕の“超閉塞構造駅”」なぜ? 異様な形になるまでの“特殊な経緯”とは

”視界良好”造船業界の次の一手

山形県の山中に、全長約200mの屋根に覆われた駅があります。山形新幹線も通過する内部は構造材がむき出し。なぜこのような形になったのでしょうか。

山中に現れる「軍事施設」のような駅

 山形県の山中に、全長約200mもの巨大な屋根に覆われた駅があります。構造材がむき出しの内部を、山形新幹線「つばさ」も通過します。しかも屋根は途中で二股に分かれています。なぜ駅がこんな形になったのでしょうか。

 その駅は米沢市にある「峠駅」です。福島駅と米沢駅の間、板谷峠の山中にあるJR奥羽本線の駅です。この駅でまず目を引くのは、ホームと線路をすっぽり覆う、全長約200mの巨大な屋根です。内部は薄暗く、構造材がむき出しになっており、山の中に現れるその無骨な姿は、鉄道駅というより軍事施設のようにも見えます。

 建物の側面に掲げられた「峠駅」の看板の下から入ると、奥へと続く屋根の中に2本の線路と島式ホームがあります。通路からホームへ向かうには、構内踏切で線路を横切る構造です。普通列車は福島方面、米沢方面ともに1日6本が停車しますが、同じ線路を走る山形新幹線「つばさ」は通過します。普通列車が停まり、「つばさ」が通過していく光景は、まるで巨大な屋根が車両を丸呑みしているかのようです。

 この屋根の正体は、雪から鉄道設備を守るための「スノーシェッド」です。峠駅は標高約622mという、冬には雪が多い場所にあります。それにしても、なぜこれほど大きく、そして途中で二股に分かれているのでしょうか。

 峠駅が設けられたのは、福島・米沢間の鉄道が開業した1899(明治32)年のことです。この区間は急な坂が続く難所で、当時の列車は坂の途中で停車・発車するのが困難でした。そこで峠駅では、本線から外れた平らな場所にホームを設け、列車が前進と後退を組み合わせる「スイッチバック」で出入りしていました。乗客の乗り降りに加え、蒸気機関車の時代には水や石炭の補給も行われていたといいます。

こんな山奥で、誰が列車を降りる?

 当時のホームは屋根のない露天式でしたが、線路の進路を切り替える分岐器などは、雪で動かなくなると列車がホームに出入りできなくなってしまいます。スノーシェッドは、そうした重要な設備を守るために設けられたのです。

 現在のスノーシェッドはY字形に分かれており、一方が現在の線路とホームを、そしてもう一方の木造部分が、かつて旧ホームへ向かっていた線路を覆っています。山形新幹線の開業に向けた改修工事でスイッチバックは廃止され、ホームは本線沿いに移設されました。

 旧ホームは解体され、そこへ続いていた線路もほとんどが撤去されました。ただ、木造のスノーシェッドは今も残り、現在は保線車両や資材の置き場として使われています。この二股の屋根は、かつて列車が前進と後退を繰り返していた駅の形を、現代に伝えているのです。

 周囲に住宅がほとんど見当たらない峠駅ですが、筆者(布留川 司)が訪れた際には、普通列車から複数の乗客が降りてきました。駅のそばにある茶屋「峠の茶屋 力餅」の関係者に尋ねてみると、「大勢は温泉利用客」とのことです。

 実は峠駅は、さらに山奥にある滑川温泉と姥湯温泉への玄関口となっています。滑川温泉の「福島屋」と姥湯温泉の「桝形屋」は、いずれも宿泊客を対象に、予約制で峠駅からの送迎を行っています。秘境駅と二つの温泉はともに人里離れた場所にありますが、宿の送迎を利用すれば、マイカーがなくても訪ねることが可能です。また、夏や秋には登山客も訪れ、ハイキングや温泉を日帰りで楽しむ人もいるそうです。

 一方で、車で峠駅へ向かう場合は、途中の山道に注意が必要です。筆者が訪れた際には、軽自動車でも対向車とのすれ違いが難しそうな場所や、路面に穴が開いた場所がありました。また駅には、付近で作業中の社員がクマに襲われたとして、利用客に注意を呼びかける掲示もあったといいます。

 巨大なスノーシェッドの下を新幹線が通り、普通列車からは温泉へ向かう人々が降り立つ峠駅。二股の屋根にスイッチバック時代の姿を残しながら、いまも静かに利用客を迎えています。